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55.ジュリアン②

『肺病に使った薬の副作用で難聴や眩暈が出ていないか、高貴なお方が大変案じておられる』


 にこやかに男が発した言葉に、俺はルイ殿下の遣いだと直ぐに気付いた。何故もらった薬を肺病に使ったことを知っているのか。その疑問より先に感謝を伝えたい思いが勝る。


『大丈夫です! おかげ様で兄は以前のように過ごせております! 同じ病に苦しんでいた村の仲間も救われました! 皆もそのような症状は出ておりません!』

『そうか、肺病は再発することもあると、次からはこれを飲むよう預かってきた』


 男に渡された箱の中には四種類の薬。そして針のついた器具と透明な液体もまた入っていた。畳まれた紙には『ペスト用に渡した薬だったが、肺病に使うならもっといい薬がある。全て作るのに時間がかかって悪かった。今度からはこの通りに使ってくれ』


 王子ともあろうお方が自分ごときに『悪かった』と。そして続く文章は『妹が八歳なのにテトラサイクリンを使ったな。すぐに服薬を止めて良かったが、今度からそういう時は俺に連絡しろ。風魔法を付与した伝書用紙を入れておくから遠慮なく使え』


 何もかもを御存知でいらっしゃる。これが王家の力。その力をこんな小さな村の自分達に使い、案じて救って下さる。


 俺は伝書用紙に感謝の言葉を綴り、風に乗せて送った。意外にもすぐに返事が届き、それから俺とルイ殿下の不思議な文通が始まった。


 そして俺のような者を幼馴染と言ってくれる関係になり、俺は王家の諜報員を希望し、十二歳で村を離れて穏やかそうな年配の男に弟子入りした。驚くことにその男は年配でも穏やかでもなく、若く逞しく鋭い雰囲気の手練れだった。訓練は厳しかったが、訓練を離れればまだ子供の俺にも優しい第二の兄のような存在だ。


 ルイ殿下の指示で大神殿に入ってからは、師匠は時折信者を装って礼拝に訪れる。来る度に姿が違うが、俺は心優しい神官を演じて声をかけ情報を渡す。


 今日は標的の女にジャガイモ料理を出したら、ルイ殿下の仰っていた通り体調不良に陥った。エミリー様に食べさせようと標的が魔法で細工した芋だ。まさか自分の口に入る羽目になるとは思いもしなかっただろう。朝から嘔吐と腹痛で部屋に居ないため探り放題だ。


 殿下の仰っていた『ラボノート』というものを探すと、鍵のかかる引き出しの底板の下に隠されていた。読めない字だがおそらくこれだろう。内容を写して師匠に渡さなくては。



 しばらくすると標的の女が部屋に戻ってきた。


「ジュリアン、シーツを替えてくれたのね」

「はい、汗で濡れておりましたので。こちらに湯と布を用意致しましたので、お体が楽になりましたらお使い下さい」

「何から何までありがとうジュリアン」

「いえ、聖女様のお世話は私の喜びです。どうか早くご回復されますように」

「少し休むわ」

「恐れながら、ご自分に治癒魔法を施しては如何でしょうか」

「そ、そうね」

「聖女様がお元気でいてこそ神もお喜びになりましょう。どうか治癒魔法を」

「じ、自分のためにはおいそれとは使わないわ」


 ルイ殿下の仰っていた通り、女は聖女などではないのだろう。種も仕掛けもある魔法の取り消し。


「ジュリアン、神の御業は民のためにこそあるのですわ」

「なんという自己犠牲の精神なのでしょう……。セリーナ様、それでは一日も早くご回復されるよう、私も誠心誠意看病させて頂きます」

「ふふふ、分かってくれればいいのよ」


 顔色の悪い女のために消化の良いスープを作ろう。()()を柔らかくなるまで煮込んだものを。




 女の体調不良は長引き、食べることが好きな女は少し回復しては趣向を凝らした料理を希望した。白身魚をジャガイモのピューレと共にパイで包んだもの、ジャガイモのグラタン、ジャガイモのガレット、ローストビーフにたっぷりのマッシュポテト、チーズクリームソースたっぷりのニョッキは特にお気に入りだ。


 例の芋を使う量は調整し、死ぬほどではなく、かと言って出歩くのは難しい程度に体調を管理した。回復する時もあるため、女は芋が原因だとは露ほども思っていない。


 それでもある日、どうしても農村部を巡礼に回りたいと言い出した。ルイ殿下の仰っていた通りの展開だ。自分が作物を救うと見せかけるための『仕込み』とやらがあるのだろう。


「セリーナ様はまだ本調子ではありません。どうかご自愛下さい」

「私は農民の様子も作物の様子も心配なのです。何かあれば私の力で救えますわ」

「農民達から何か困ったことがあるとは届いておりません。なので大丈夫ですよ」

「じ、自分の目で見て確かめたいのです」

「では私がセリーナ様の代わりに見て参りましょう。貴女の目になります」

「……行かせて。行かなきゃいけないの」

「何か起こると神のお言葉が?」

「そ、そうよ! 今すぐではないけれど嫌な予感がするの!」


 よく言うものだ。己がその問題を起こす計画を立てているのに。


「承知致しました。では馬車を用意致しますが、くれぐれもご無理のないようお願い致します。まだセリーナ様の救いが必要な者がこれからも現れるのですから」

「ありがとうジュリアン! さすが私の第一の(しもべ)だわ」


 ルイ殿下からは、人間への攻撃こそを防ぎたいから作物への細工は目を瞑るよう言われている。どうせ一ヵ月後に自分で取り消し、作物の被害はなくなるからと。今殺してしまえばいいのではと何度も思ったが、簡単には死なせないとのルイ殿下のご意志を感じる。



 女は神殿の馬車で王都周辺の農村部をくまなく視察した。ただ横の道を通るだけだが何かしているのだろう。集中して畑を凝視している。


 そして予想通り一ヵ月後、農民達から全ての作物が芽吹かないとの声が届いた。大勢が神殿を訪れ必死に祈りを捧げる。俺の家族も故郷で農業を営んでいるから、これだけで俺にとっては万死に値するのだが。



 農村部の悲劇は王都中に広まり、王家も対策を講じている。表面的には。ルイ殿下がすぐに解決するから待っていろと部署に命じているからだ。


 薔薇の品評会で光魔法を使った娘が、『私が何とかする』と畑という畑を回って光魔法を使ったらしいが何一つ変化は無かった。ただ金色の粒子が舞い散る様は美しいようで、それ故結果を伴わない行為に農民達の落胆も大きく『何しに来たんだあのキンキラ娘は』と言われている。せっかくの厚意なのに気の毒なことだが、ルイ殿下への不敬な言動で俺もあの娘は気に入らない。実は思わず殺しそうになったことが何度かあるのは師匠だけが知っている。



「ジュリアン、私の出番が来ましたわ」

「セリーナ様、農民達をお救い下さるのですね」

「ええ、私は聖女ですもの。作物は私が芽吹かせます」

「はい、どうかお救い下さい」


 世紀の茶番が始まるようだ。







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