53.セリーナの思惑
セリーナ視点です。
「ジュリアン、今朝も早いですわね」
「セリーナ様、おはようございます。習慣で早く目が覚めてしまうのです」
先週から王都の大神殿に入ってきた美しい神官ジュリアン。毎朝早くから神に祈りを捧げている。
ゲームのジュリアンは幼い頃から大神官の元で育つ設定だけれど、この世界ではずっと故郷の小さな神殿に仕えていたらしい。
ゲームと違うのはそれだけではない。ジュリアンの家族全員が死ぬ筈だった流行り病も、この国で蔓延することはなかった。流行り病は遠く離れた異国の地で猛威を振るい、多くの犠牲者が出たようだけれど、この国で犠牲者は一人も出なかった。
だからジュリアンの家族は今も故郷で元気にしていて、先週までジュリアンは家族と共に故郷で暮らしながら神殿に仕えていたのだ。
流行り病は私が生まれた頃のことだし、何故この国が災厄から逃れたのかは分からないけれど、この世界は多くの点でゲーム通りに進んでいないからその一つなのだろう。
何より私自身が一番ゲーム通りではない。
私はモブ中のモブだったけれど、今ではゲームの中心人物。ヒロインで聖女なのだから。
先週ジュリアンの故郷にも『王都に聖女が現れた』という噂が届き、彼は王都の大神殿に異動を希望したのだとか。そう、私に仕えるために。ふふっ。
若く美しい男が大好きな私にとって、最優秀賞を獲ったご褒美のような状況だ。
「セリーナ様の青い薔薇は今日もまだまだ美しいですね。さすが聖女様の御業です」
隠しルートで攻略できる神官ジュリアン。攻略対象だけあって本当に容貌も仕草も美麗で、毎朝見る度にうっとりと見惚れてしまう。それにジュリアンは神官だけあって婚約者もおらず女の影もない。心から私を崇拝しているようだし、有難く私のものにする予定だ。
メインの攻略対象者達は第一王子以外全員婚約者がいて、しかも一人は私の姉。私だってせっかく若く可愛らしく生まれ変わったのに、まだ子供だというだけであの第二王子は全く私に興味を示さなかった。あの田舎臭い料理ばかり作っている鈍くさい姉から奪ってやろうと思ったのに。
先週の品評会では第一王子以外の攻略対象者達と婚約者の仲睦まじい様子も見かけた。ゲームでは冷めた関係だった筈なのに、どうせあの第二王子の影響だろう。
だから私はこのジュリアンを愛でながら第一王子の婚約者になってみせる。
ゼインルートは回避する。殺されるのも、美しい容貌だからと言って地位も名誉も無いならず者の相手になるのも御免だ。私はいずれは聖女として、国王以上に国民に敬愛されながらこの国に君臨する。今世では地位も権力も、美しい夫も愛人も、全て手に入れてやる。
前世では優秀な女は生意気だからと出世には苦労したし、結婚も諦め恋人も出来なかった。周りの同年代の女達がディスコだのアッシーだのメッシーだの言ってる時に、私は遊びも知らず勉強ばかりしていた。やっと地位を手に入れた時にはもう周りにはおばさんと言われる歳だった。
それでも遅すぎる青春を満喫しようと、したかったメイクをして、クラブに行き、ホストにも通い、SNSでリア充アピールをし、部下達にも羨まれていたけれど、どこか空しい日々だった。
最悪なのは、電車のホームで鈍くさい小娘にぶつかったら線路に落ちて死んだこと。更に助けようとした小僧まで一緒に死んでしまった。運悪く動画を撮っていた人間がいて、検証動画とネットにアップしたものだから大変な目にあった。
小僧は私が年に一回講義をしに行っていた大学の医学部四年生で、日本の宝を死なせたと私はネットで袋叩きにあった。
職場でも周りの目は厳しいものだった。動画のあの女子大生にぶつかった人物は私だと声を上げた人間が、私に憧れていた筈の部下達だったと知った時は怒りと憎悪で我を忘れた。
まさかあの鈍くさい小娘の妹に転生するとは思わなかったけれど、今世でも姉は変わらず鈍くさいし、前世で自分が死んだ原因が私だとも知らず、私を妹だと可愛がってくるから笑える。
あの第二王子もあの時一緒に死んだ小僧だと気付いたけれど、二人とも真相を知らずに死んでるから何の脅威でもない。前世の私のことなど知らない筈。第二王子は私の講義を受けたかもしれないけれど、数百時間の講義の内の一つなど覚えている筈は無い。
三年前、我が家の本邸で姉の遺伝子を焼いた筈なのに、次の日いつも通り呑気な笑顔で挨拶してきて心底驚いたけれど、あの時はまだ私も魔法の練習を始めたばかりで失敗したのだろう。今の私は三年間巡礼先で平民相手に研究してきて、病気の遺伝子部位も大体は把握している。何より植物ならあらゆる遺伝子を操作出来るつもりだ。私の専門だから。
この三年間、外国へ巡礼に行く関係者に手紙を託し、国外で我が家への手紙を出してもらった。両親は私を探していただろうけど、私の居場所を特定出来なかったようで、一度も神殿に捜索の手が伸びたことはなかった。おかげで私は品評会で華々しく名乗りを上げられた。あの時の元ヒロインの表情。今思い出しても笑いがこみ上げる。思い知ればいい。ヒロインは私なのよ。
まずは来月農作物に自然発生する病気が問題になる予定だけど、シナリオを変えてやるつもりだ。農作物の問題は私が作る。何をどうしようかなんてとっくに計画してある。元ヒロインの光魔法でも遺伝病は治せないと確認したし、また華麗に私が聖女の御業を見せてあげる。
だから一ヵ月後までは多少時間があるのよね。また巡礼先で人間の違う遺伝子部位を焼いてみようか。まだ全ての部位をコンプリート出来てないものね。それとも姉に何かしてやろうか。あの小娘が線路なんかに落ちたせいで私が悪者にされたのだ。嫌がらせで思わせぶりな手紙を出してやったから悩んでいればいいと思ったけれど、やはり品評会では第二王子と仲良くしていた。面白くない。前世からの恋を成就させたつもり? 下らない。
あの日ちょうど王城に居を移したらしいから、いつもあの第二王子と一緒にいるのが面倒だけれど。だけどあの第二王子だって魔力暴走を起こすくらい魔力が強いのに、その実制御しきれていないのだから脅威ではない。それに比べて私は記憶が戻ってから三年間も研究し続けたのだから負けはしない。
「セリーナ様、朝食のご用意が出来ております」
「ありがとうジュリアン。頂きますわ」
美しいジュリアンが私に傅く。なんて満ち足りた時間。ジュリアンが作る料理はとても美味しく、姉と違って料理の見た目も美しい。
「まぁ、今日も美味しいですわ。ジュリアンは何をしても上手ね」
「セリーナ様にお褒め頂くなんて大変光栄です」
「ふふふ、こういうお料理が好きなのよ」
この三年間、大神殿とはいえ料理は豪華というほどではなかった。見た目も味も良いもので育ってきた私には楽しみのない日々だったけれど、先週からはジュリアンが大神殿の料理担当の一人になっているため劇的に食事が改善された。
「このビシソワーズも滑らかでとても美味しいですわ」
「お口に合って良かったです」
今日はジュリアンと一緒に王城の薔薇園に植栽する青薔薇の準備でもしましょうか。植栽する日に国王夫妻は難しいとしても、第一王子には会えるかもしれない。年齢が違うせいでまだ学園にも通えない私は、そうそう攻略対象者達と会えないのだ。だから会えるチャンスを逃しはしない。
そう思っていたのに、体調を崩した私はその日一日ベッドの中で過ごす羽目になってしまった。




