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52.あいつのせいやったんか

「え、妹!?」


 今日は久々にアリスが私の家のサロンに来ている。


 薔薇の品評会で最優秀賞を受賞した神官の少女、あれは私の妹のセリーナだって言うために呼んだのだ。流石に王城には呼べないから実家のサロンに来てもらった。


「や、やっぱり転生者なんだ! しかもすごい年上じゃん。私みたいな社会に出たことない小娘が敵うわけなくない!?」

「私も八歳だった妹が突然バブリーメイクしてるの見た時は衝撃だったよ……」

「バブリーメイク……?」

「前世でもしてたみたい」

「……えぇ?」

「何?」

「いや……まさかね……」


 アリスはバブリーメイクに反応して急に押し黙った。


「何かあんならはっきり言えや」


 ずっと黙っていた塁君がテンション低く言う。


「いや確信が無いのに言って勘違いだったら困るからさ」

「それ前提で聞くからはよ言えや」


 アリスはムッとしながらも私の方を向いて話し始めた。


「前に言ってた、二人が死んだ後のことなんだけど」


 私と塁君が十六年越しの両片思いを実らせた日、アリスは『せっかく二人が死んだ後のこと教えてあげようと思ったのに!』と言って空き教室から出て行った。気にはなっていたけど自分から話してくれるのを待っていた。


「えみりちゃんが電車のホームから落ちる前に、誰かが押したでしょ」

「押されたというか思い切りぶつかられた感じだった」

「その犯人がバブリーメイクのおばさんだったってネットで見たの」


 私と塁君は思わず顔を見合わせた。


「たまたまホームの少し離れたところで動画撮ってた人がいて、その動画の端におばさんがえみりちゃん押した瞬間が映ってたみたいでさ。検証動画とか言ってネット掲示板に投稿したもんだから、ちょっと騒ぎになったんだよね。『邪魔よ!』って怒鳴る声も、塁君がえみりちゃんに向かって走ってくとこも映ってて、ネットでは泣けるとか純愛とかヒーローとか書き込まれてた。勿論電車が入る瞬間は映ってないよ」

「まさかセリーナが私を押したの……?」

「最初は警察も事件と事故の両面で調べるって言ってたみたいだけど、結局事故で処理されたの。でも何ヵ月かしてからどっかの研究者だって、知ってる人達が何人か声を上げ始めてもう一回騒ぎになったんだよね。ネットで炎上して、バブリーメイクの顔写真も出回って結構叩かれてたみたいだけど、私も死んじゃったからその後のことは分かんないや」


 あの時暑さでふらふらで、多分熱中症になりかかってた。いつもならぶつかられても足で踏ん張って転んだりしなかったと思う。でもあの時は何もかもタイミングが悪かった。


「あいつのせいやったんか」


 塁君の瞳が見たことないくらい鋭く暗く光った気がする。


「ど、どうにかする気?」

「別に。何かしてきても、もう容赦せんでええなってだけ」


 暗い瞳のまま塁君は口元だけでふっと笑った。


「聞いていいのかどうか分かんないけど、聞いてみていい?」


 アリスが塁君に遠慮がちに声をかける。


「分からへんなら聞くなや」

「線路に落ちたえみりちゃんを助けに行って電車が来た時、塁君えみりちゃんに覆いかぶさったって本当?」


 アリスの言葉を聞いて私の喉がひゅっと鳴った。


 覆いかぶさった?


「どうやったかな。忘れた」


 塁君は即答したけど絶対忘れてないよね。私は一瞬で血の気が引いたけど、どうしてもそれは聞かなきゃいけない気がした。


「塁君。本当のこと、教えて……?」


 塁君は諦めたように小さく溜息をついて、落ち着いた口調で話し始めた。


「えみりの服が何かに引っかかっとって外れへんかってん。ホームにいたおっさん達が俺だけでも戻れて叫んどったけど、俺だけ戻ってえみりだけ死なすなんてあり得へんから、どうせ死ぬなら電車の前に立ちはだかるか、えみりに覆いかぶさるかの二択で咄嗟にえみりに覆いかぶさる方選んだだけや」


 私は椅子に座っているのに力が入らず、椅子からずり落ちそうなくらい全身の力が抜けてガクガク震え始めた。


「ご、ごめん、ごめんね塁君。ごめんなさい。私が鈍くさくてぶつかられたくらいで落ちたから」

「えみり、前も言うたけど、何も後悔してへんから」

「私は気絶してたけど、塁君怖かったでしょ? うぅ、ごめん、ごめんね……」

「怖いゆうか、必死やったのと、えみりに覆いかぶさった瞬間は『うわ(ちっ)さ、かわい!』って思て、それが人生最期の感情。我ながら悪くない思うてる」


 アリスは一瞬引いた顔をした後、追加で情報を出してきた。


「その後週刊誌のインタビューか何かで、塁君の先輩って人が、塁君がえみりちゃんのことずっと好きだったから、何も考えずに体が動いたんだと思うって答えたの。それでネット中心に泣けるニュースって騒ぎになった感じ」

「ほっといてくれや……」


 塁君は呆れたように呟いて、私のところまで来て震える体を抱きしめて落ち着かせてくれた。


「もう十六年前の話や。今は新しい人生でこうやって二人で婚約者になって過ごせてるんやから、えみりは何も気にせんと笑うとって」

「うぅー」

「えみりが俺のこと好きやて笑てくれたら、それが俺は一番嬉しい」

「好き。塁君大好き。うぅ、助けようとしてくれてありがとう。塁君のおかげで、わ、私の人生、最後にすごく幸せだったと思う」

「なら良かった」

「うー、塁君ーー! 好きー!」

「俺もえみり大好き」


 塁君は私を抱きしめながらほっぺに何度もキスを落とす。


「あのー。また私がいるの忘れてない?」

「あー、忘れとった……邪魔やな……」

「ちょっとぉ!!」

「は、羽音ちゃん、ごめん。教えてくれてありがとう」

「ううん。私もセリーナのこと教えてもらったしね。なんか敵う気しないけど、まぁやれるだけやってみる。クリスティアン殿下ルートに入れたらいいけど、無理ならもうやけ酒する」

「兄さんルートはもう無理やと思うで」

「やめてよーー!! まだこれからじゃんー!!」

「既にグレイスかユージェニーの二択やで」

「そこに私が颯爽と現れるの!」

「ふーん。まぁキバったら?」


 塁君はもう興味なさそうに私の髪を自分の指にくるくる巻き付けて遊んでいる。


「見てなさいよー! 私が義姉になったら……」

「あっそ」


 アリスが帰った後、私と塁君はまた二人で馬車に乗り王城へ戻った。二人で同じ場所に帰れるってすごく特別でときめく。セリーナの話を聞いてなければもっとこのシチュエーションを堪能出来たのに、心の半分はさっきの話で埋められてる。


「えみり押したのがセリーナやとして、それに本人も気付いとったら俺とえみりに逆恨みしとる可能性もあるかもしれへんな」

「り、理不尽過ぎる!」

「それがあいつやねん」


 農作物の病気イベントが起こるのは来月。私達が恨まれているならそれまでの間に何かされるかもしれない。


「来月の農作物イベントまではセリーナは自分のことで忙しい思う」

「え? そうなの??」

「ちょっとした種を撒いといたからな」


 意味深に微笑む塁君の瞳は、また暗く鋭い光が宿っていた。







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