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51.人生のヒロイン

 中庭のベンチでうたた寝していたヒロイン・アリスは、ぐっすり眠った後に首の痛みで目を覚ました。思い切り首を傾けて寝ていたせいで寝違えてしまった。


「いた、いたたた」


 辺りはとても静かで生徒の姿も無く、まさかもう放課後なのかと一気に血の気が引いた。


「ぜ、全部の授業サボった感じ……?」


 アリスは青ざめてキョロキョロと辺りを見渡した。


「あ、アリスさんですね? どうしました?」


 特別クラス用薔薇園の園芸家見習の少年が、品評会に出品しなかった鉢を運んでいるところだった。


「あ、園芸家さん。い、今って何時間目かな? まさか放課後?」

「え、まだ3時間目の途中ですよ? ちょうど11時になるところです」

「そ、そっか! 静かで焦った!」

「どうしたんです? こんなところで」

「中休みにちょっとうたた寝しちゃって」


 ばつが悪そうに俯いたアリスに少年は愉快そうに笑って言った。


「あはは、アリスさんでもそんなことがあるんですね。一般クラスの方達は薔薇園で自分の鉢を荷馬車に乗せているところです。だから静かに感じたんですね。アリスさんの薔薇は出品中なので3時間目は遅れても大丈夫かもしれませんね」

「良かった……。ただでさえ失敗続きなのに、授業までサボっちゃったら先生達にまで見放されて終わるところだった」

「失敗続き? アリスさんの薔薇は出品作品に選ばれたじゃないですか」

「賞を獲れると思ってたから……」

「僕もアリスさんの薔薇が受賞すると思ってました。それくらい本当に見事な咲き姿でした。それは僕が保証します。賞を逃したってそこは自信を持って下さい」


 少年の何も計算のない素直な言葉に、アリスは自分の萎れていた心が水と栄養を与えられて生き返っていくのを感じた。


「そ、そうかな?」

「そうですよ!」

「そうだよね!」


 アリスは光の魔法で自分の寝違えた首を治した。金の光の粒子がキラキラと自分自身に降り注ぎ、首の痛みがすぅっと消えていった。


「ちゃんと治るのにな」


 光魔法が効かなかった昨日の薔薇を思い出しアリスが呟くと、少年はまた何の計算もなく見たままの光景に感動して叫んだ。


「わぁ! 光の魔法! 初めて見ましたけど綺麗ですね!」


 少年の賛辞に気を良くしたアリスは、ちょっとサービスしちゃおうかと調子に乗り始めた。


「園芸家さんはどこか治して欲しいところはない? 褒めてくれたお礼に私が治してあげる!」

「え、いえ特に」

「重い土とか肥料とか運んでどこか痛めてたりしないの?? 遠慮しないで!」

「いえ、僕の体はとても健康で丈夫で満足してます。だからお気持ちだけで」


 見せ場がなくて残念なアリスは思わずポツリとこぼした。


「やっぱりヒロインになんてなれないのかな……」

「え? ヒロインになれない?」

「あ、ごめん。ただの弱音。失敗続きでちょっと落ちてて。あはは」

「女性は誰でもその人の人生でヒロインなんだと思いますよ」

「え、園芸家さん……!」


 ここしばらくずっと踏んだり蹴ったりだったアリスは、さっきから少年の言葉に救われっぱなしで感極まった。


「一般クラスの薔薇はこれから王都の中央薔薇園に植栽予定ですから、皆さんそろそろ出発されると思います。もしアリスさんがお手伝いするなら一緒に行ったらどうでしょう」

「そうだね、そうする。ありがとう園芸家さん!」


 アリスはすっかり元気を取り戻して駆け出した。


『あんなに打算も何も無く褒めてくれる人っているんだ……! 前世ではかれぴっぴ達は優しくてプレゼントもたくさんくれたし、たくさん褒めてもくれたけど、皆下心があったのくらい私も分かってる。別にそれでいいと思ってたし。でも下心がなくても褒めてもらえることってあるんだなぁ……』


 ヒロインは前世を思い出すと、余計に今日の言葉にじんわりと胸が温かくなった。


 薔薇園に行くと一般クラスの同級生たちが『あれ? 遅かったね、どうしたのー?』と聞いてくる。『ベンチで寝ちゃって、さっき起きたよー』と応えると『あはは、ほんとにー?』と皆でアリスの肩をポンと叩いて笑ってくれた。


 何気ないこのやりとり。些細なひとつひとつに元気をもらっているのを感じた。


『ここは現実だってルイ殿下が言ってたな……』


 乙女ゲームの世界だと思ってどこか遊び感覚だった自分。でもシナリオ通りにいかない、ままならない日々。特に昨日はガツンと頭を殴られたような気分だった。


『女性は誰でもその人の人生でヒロインなんだと思いますよ』


 昔本気で好きになりかけた人も似たようなことを言っていた。クリスマスイブに自分を振った酷い男。イケメンでいい会社に勤めててお金持ち。でもそれだけじゃなかった。


 父親がいない前世のアリスは、子供のころからずっと男性に甘えたい気持ちが強かった。アリス本人もそれは分かっていて、甘やかしてくれる人を求めていた。そして甘やかしてくれる男は案外大勢いた。かれぴっぴ達もそうだった。


 でも本命かれぴは甘やかしてもくれるし叱ってもくれた。無神経なことを言ってしまった時には『今のはダメだよ羽音』。マナーを間違えた時は『こうやるんだよ。そう、上手だね羽音』。我儘が過ぎた時は『本当はそんなことよりどこまで許してくれるか知りたいんだろう? 全部許すことが羽音を大事に思ってるってことじゃないよ』。


 かれぴにも『私はヒロインになりたいの』とよく言っていた。するといつも『羽音は羽音の人生のヒロインだと思うよ』と返された。


 アリスが求めていたのは、ヒロインのように周りの男の子たちに溺愛されて幸せになるハッピーエンド。寂しい分たくさんの愛情で満たされたい。乙女ゲームの溺愛逆ハールートはまさにアリスの夢だった。


 でも本当は、その中の一番いい男たった一人に求愛されて結ばれるハッピーエンドも素敵だと思ってた。自分の人生でそれはかれぴかもって。


 この人は本当に自分を大事にしてくれるかもしれないと思ってたのに、よりによってクリスマスイブに振ってきた。イブなんて酷いと思ってやけ酒を飲んで運転してしまったくらいショックだった。それまでは去る者追わずだったのに。


 転生して記憶が戻り、かれぴのことを思い出す度に逆ハーを極めてやると闘志が湧く。自分が求める愛情量が満たされる程の大きな愛情を、たった一人に期待すると上手くいかないって分かった。逆ハーで満遍なく愛されて、その総量で満足すればいい。モテるのは気分がいいし自分が価値ある女になった気分になる。かれぴに振られて死んだ自分をそうやって慰めたい。だから逆ハーにこだわった。


 でももう何もかも上手くいかなくて、転生してさえかれぴに拘っている自分にも溜息が出る。


 ここは現実。


 シナリオと現実はとっくに食い違っている。


『この後起こることを私は知ってる。もうすぐ農作物の病気が問題になるイベントが起こる筈。でもまた最優秀賞のあの子が関わってくる気がする。光の魔法が効かなかったらなんて考えず、やれることをやるしかない。このゲームのヒロインじゃなくなっても、私は私の人生のヒロインだもんね! 負けない!』


 アリスの廃人モードは一日で終了した。


 その日も帰りは校門で攻略対象者達に笑顔で挨拶しまくった。それを見たエミリーは『やっぱり核パスタ』と笑ってから、アリスに『今度ゆっくり話をしよう』と言って第二王子と馬車に乗った。







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