50.ひとつ屋根の下
次の日から私は塁君と一緒にお城から登校することになった。朝になってやっと色々自覚したけれど、緊急事態とは言え、これってすごい状況なのではと朝から私はドキドキしている。
昨夜は塁君がハートリー家から帰ってくるまで起きて待っていた。セリーナが何かしたなら知っておこうと思ったから。
でも帰ってくるなり塁君は、『えみりが待ってる家に帰るてめっちゃ幸せやー!』『おかえりなさいて言われてもうた! ヤバい!』『寝る直前におやすみ言えるなんて何のご褒美やねん!』とニコニコで騒いでから、『今日の報告は明日馬車でするな。おやすみ!』とおでこにキスするや否や、あっという間に出て行って、目の前でパタンと扉を閉められてしまった。
呆気にとられたまま眠りについて、今朝目を覚ましたら見慣れない風景で、やっとそこで我に返った。
い、一緒に住んでる……!
おかえりなさいって普通に言っちゃったけど奥さんみたいじゃない? 本当に寝る直前におやすみって言い合ったの初めてだよ! いつも夜送ってくれてもおやすみの前に『また連絡する』とか『また明日学園で』とか付いてた。でももう同じ屋根の下なんだ。同じ屋根の下で、しかも隣の部屋で、『おやすみ』を言い合うことの破壊力。
うつ伏せで枕に顔を埋めてうーうー言っていたら、リリーが起こしに来てくれた。
「エミリーお嬢様、お目覚めですか」
「お、おはようリリー」
「今朝の朝食はクリスティアン殿下もご一緒だそうですよ」
「わぁ、早く用意しなきゃ」
「はいお任せ下さい!」
リリーがテキパキと支度をしてくれて、急いでダイニングルームに向かうとクリスティアン殿下が座っていた。
「おはようエミリー。聞いたよ、大変だったね」
「クリスティアン殿下、おはようございます。お世話になります」
「何かあったら遠慮なくルイか僕に言ってね」
「ありがとうございます。充分して頂いて感謝しております」
私の目の前に美味しそうな朝食がどんどん運ばれてくる。侍女たちが皆ニコニコしてくれていてホッとする。
「エミリー、兄さん、おはよう」
「ルイ殿下、おはようございます」
「ルイおはよう、目の下にクマがあるね」
「……俺の修行不足だ」
「ふふ、そうかもね」
三年前も我が家の本邸に泊まった時に同じやり取りをした気がする。何の修行か聞こうとしたらクリスティアン殿下と目が合って、口元に人差し指をあててウインクされたので聞かないことにした。何だろう。まぁいいか。それより同じお城から登校することで頭がいっぱいだ。
馬車に乗ると塁君は我が家の様子を教えてくれた。
両親はセリーナが無事だったことに安堵していたこと、薔薇の最優秀賞受賞を喜んでいたこと、それに気を取られて三年前のハートリー領での横暴な振る舞いや、本邸の金品を全て持って消えたことは何処かに吹き飛んだようだったこと。我が親ながら甘い。
そしてセリーナの手紙に書いてあった信頼できる方とは大神官のことだった。ゲームでは幼かった独りぼっちのジュリアンを育てた慈愛の人だった。この世界では神殿にジュリアンがいないから、その代わりセリーナがそこのポジションに上手く納まったのかもしれない。
「菜園やけど、やっぱり一部にセリーナの魔力が残っててん」
リリーの話では、セリーナは菜園の横を通り過ぎただけと言っていたのに。その一瞬で何か魔法をかけたというのなら、どれだけ今まで訓練していたのだろう。頑張りどころが絶対おかしいよ。そんなに色々出来るなら、本当に世のため人のためにその力を使って本物の聖女になればいいじゃないか。光の魔法が使えなくても、知識があればこんなに役に立つんですよって、後に続く人達の先駆者になればいいじゃないか。なんか本当にモヤッとする。
「ジャガイモにはソラニンとチャコニンいう有毒物質のステロイドグリコアルカロイドがあるんやけど、これの生合成に関わる遺伝子がPGA1とPGA2やねん。普通はこの遺伝子を抑制して毒の無いジャガイモを作ったりするんやけど、あいつの場合は遺伝子増やして活性化させとってな。毒増えるようにしとった。地味でこっすい手や」
「それ食べてたらどうなるの?」
「芽も取るし皮も剥くやろ? せいぜい食中毒やな」
「じ、地味だな……」
「他にも人参とかナスとかトマトとか色々えみり作っとったけど、魔力が残ってたんはジャガイモだけやった」
「そっかぁ、でも他も食べない方がいいよね」
「大丈夫やとは思うけど、念のために止めといた方がええな。ちなみにそのジャガイモは日に当てて長期保存してお望み通り毒素増やしてから、本人に遺伝子組み換えの成果を実感してもらおう思てるから」
「え、どうやって」
「まぁそこは後のお楽しみやで」
◇◇◇
学園に着くと、正門にいつもいるアリスの姿が無かった。毎日好感度上げのために挨拶だけはしてたのに。こんなの初めてだ。
品評会で賞を逃したことと、自分以外が聖女として騒がれたことにショックを受けてるのだろうか。でも、あの核パスタメンタルのアリスだから、すぐに次のイベントに向けて元気になるよね。
そう思っていたけれど、中庭のベンチで抜け殻のように姿勢悪くもたれるアリスを見つけてしまった。初めて見る廃人のようなアリスに流石に私も心配になった。私の隣で塁君は舌打ちしているけれど。
「ア、アリス、大丈夫?」
「……は、ははは……何で生まれてきたんだろ」
「そ、そんなに!?」
「何でやろなぁ」
ヒロインの天敵・第二王子は弱っている天敵にさえ容赦ない。
「……何でヒロインになれるなんて勘違いしたんだろ……うふふふ、おかしいよねぇ」
「しっかりして!」
「おかしいよなぁ」
アリスの魂が口の端っこから出てきている気がする。ずっと『ふふ、うふふふ』とか笑ってて怖い。
「あの子、『シナリオは変わったのよ。ヒロインは私』って言ったの。私のこと『本当に聖女なのかしら』って」
アリスはもう何の感情も無い表情と声で淡々と呟いた。
「ってことは転生者だよね。私ヒロインならシナリオ通りに絶対なるって思っていい気になってた。でも実際は攻略対象者の誰も私のこと好きになってくれないし、頑張って咲かせた薔薇まで賞取れないし、唯一無二だと思ってた光の魔法まで効果ないし、目の前でその子が聖女だって皆騒ぐし、なんか何もかも上手くいかないんだ……。今度こそ上手く幸せになろうって思ったのに……」
そしてアリスは大きなため息をついてからうたた寝し出した。悩んで夜眠れなかったのかな。寝かせておいてあげた方がいいのかな。
それに……その相手は私の妹なんだって教えた方がいいのかな。
「こんな寝にくいとこで寝れんなら大丈夫やで」
なんという雑な診断。でも確かに一日寝れなかったくらいなら大丈夫。塁君の方がクマ出来てるしね。
アリスが落ち着いたらちゃんと話そう。そう決めて私は塁君と特別クラスに戻った。
多忙につき二週間程不定期更新になります。
よろしくお願い致します。




