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5.コテコテだった

「あー! めっさビビったわ!」

「……もしかしなくても元日本人の転生者の方ですか?」

「そうや!」


 さっきまで死んでいた目は嘘のようにキラキラと輝いている。


 ルイ殿下は両拳を握って真っ直ぐに私を見た。


「もー前世思い出して長いこと経ったら俺がおかしいんかな思うて!」

「……分かる」

「俺の頭が変になりよったんかと思てん」

「……うんうん」

「せやから今な、ごっつ嬉しうて」


 そう言ってルイ殿下は微笑みながらぽろりと一粒綺麗な涙を零した。


 私は五歳で思い出して、七歳で日本の味を再体験することで気持ちを繋いできた。でもルイ殿下は食事も行動も全て管理されているし、自分の記憶だけを頼りにしてきたのだろう。自分一人の記憶を根拠にすることの不安は私にもよく分かる。


「この世界のこと、知ってますか?」


 男性は乙女ゲームなどしないだろうから、全く未知の世界に転生してしまったのだろうと予想していた。


「よう知っとる」

「え」

「大学の先輩がな、ゲーム実況しとってん。その手伝いで俺が担当したのがこのゲームやねん」


 私とルイ殿下の視線がぴたりと合う。


「「十字架の国のアリス」」

「「……王国の光!!」」


 息ピッタリで全部声がハモッた。


「ほんまに完全攻略してん。せやから俺、兄さんにも怪我させてへんし」

「え! そうなの!」


 もう敬語を使う気もなくなっている私がいる。


「じゃ、じゃあ何でそんなに暗いの?」

「暗……」

「だって何もかも知ってる上にクリスティアン殿下に怪我もさせてなかったら、何も気にすることないし、ゲーム通り暗いのはおかしいでしょ?」

「く、暗い言ぃなや……」


 なんかちょっとしょんぼりしてる。私のせい?


「ご、ごめん。言い過ぎたかい?」

「暗いとか、おもんないとか、すべるとか大阪人に言うたら大ダメージやで……」


 そうなんだ……。


「兄さん怪我させる分かっとってシナリオ通りになんかようせんわ。魔力暴走起こさんよう(ちっ)こい頃から自主練してきてん。ほんで魔力もコントロール出来るようなったんやで。俺、結構努力家やねん」


 そういえばクリスティアン殿下は何も問題なくティーパーティーに参加していた。カトラリーを落としたりもしていない。


 王子達の方向は見ないようにしていたからちゃんとは見ていないけど、視界の端にいるクリスティアン殿下は確かに左手にソーサー、右手にカップを持って紅茶を飲んでいた気がする。


 じゃあ本当に魔力暴走は無かったのかもしれない。


「魔力暴走防いだんだ……! 本当にすごいね!」

「お、おおきに……」


 ルイ王子は顔を赤らめている。こんな顔見た事がない。


 このクールな外見に頬を赤らめ照れる姿。尊い。このクールな外見に関西弁……。ギャップがえげつない。


「私もね、五歳の頃に前世を思い出して、やっぱり段々自分が病気なんじゃないかって思ったことあったよ」

「せやろ! 思い出したん五歳の時なんや。俺は生まれた頃からやねん」

「えっ、そうなの! それはきっと大変だったね! 私は七歳くらいには自分の脳みそが作り出した世界を前世だって思い込んでるんじゃないかって不安になったな」

「せやねん。思てまうねんな」

「だから七歳の時に専用キッチンを作ってもらってね、前世のお料理を作っては『ああ、この味知ってるー!』ってなって『思い込みなんかじゃないぞ!』って思ったりして」

「……な、なんやて」


 ルイ殿下がワナワナと震えて私に手を伸ばしてきた。


「な、なに?」

「前世の料理言うた?」

「う、うん……」

「俺も食べたい!!!!!」


 私の両腕をがっしりと掴んで、ルイ殿下は今までにないくらいの元気な声で叫んだ。


「待って待って! 私手料理をお城に持参する勇気はないよ!」

「なんでなんで!?」

「この世界の料理と違って見た目が悪いみたいで恥ずかしいよ」

「そんなん俺が気にせぇへんよ」

「それに毒味とか色々あるでしょ? 係の人に謎料理持ってきた曲者だと思われちゃう」

「ん~~~」


 ルイ殿下は私の言葉に『確かに』みたいな顔で熟考し出した。


 だってお城のお料理は我が家以上に豪華絢爛だろうから、私の手料理なんて見せられない。


「自分ち行ってもええ?」

「え?」


 今何かおかしな提案が聞こえた。


「ハートリー家行ってもええ?」

「ちょっと待って。それどういうことか分かってる?」

「分かってんで。今日のパーティーで俺が自分選んだいうことになんねんな?」

「そうだよ! ルイ殿下はユージェニー嬢を選ばないとでしょ!」

「なんで? そないなことあらへんよ」


 え。だってシナリオでは……。


「俺、攻略されんのも揉めんのも嫌やねん。せやけど何しても婚約者はユージェニーになりそうやったやんか。さっきも隣の席やったし。そりゃ暗うもなるで。俺の人生どうなんねん思うやん。そこに日本語使いの自分が現れたんやもん」


 ああ、私と違って主要キャラクターだからバックグラウンドの設定が多い。自分の人生がその通りになっていく怖さは想像出来るかもしれない。


「もし自分が俺のこと嫌やなかったら選んでもええやろか?」


 ちょ、ちょ、ちょっと待って。


「いきなりゲームのど真ん中に出て行く覚悟も度胸も私には無いので……」

「俺、絶対ヒロイン好きにならへんし、揉め事にならんようすんで!」


 子犬のような瞳で推しが私に詰め寄ってくる。ううぅ。


「いやでも断罪とかほんと無理なんで」

「絶対させへん!」


 縋るように私の両手をとってギュッと握られる。


「えみりちゃん大事にすんで」

「えっ!」

「名前えみりちゃんやろ?」

「まさか……」

「俺もるいや」


 私の前世の名前は羽鳥えみり。


 今の名前はエミリー・ハートリー。


 ルイ殿下はルイ・クルス。


「まさか『くるするい』君?」

「正解! 来るいう字に木へんに西で来栖、るいは野球ベースの塁や」


 こんなことがあるなんて。


 今世で自分の名前を知ってから『あれ?』とは思っていた。でも名前も無いモブだから、そんなもんかなって雑に思ってた。


 なのに。


「塁君でええよ」


 ゲーム画面では見た事のない、さわやかなキラキラの笑顔で微笑むルイ殿下は、やっぱり最高に私をドキドキさせた。







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