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49.まさかの引っ越し

 屋敷に帰る前に準フォーマルに着替えた塁君は、そりゃあもう眩しくてかっこよくて惚れ惚れする程だった。それで私は改めて塁君に見合うような女子になろうと決意した。


 守られてるだけじゃ駄目だ。怖がってばかりじゃ駄目だ。セリーナは転生者で中身はずっと年上の理系バリキャリだとしても、八年間は私の妹で一緒に過ごしてきた。


 小さい頃から生意気だったし、自信満々だったけど、苦手なものだって知っている。セリーナは蛙、カブトムシ、クワガタが苦手。私は前世で子供の頃に飼ってたこともあるから全然平気だ。むしろ見たらテンションが上がる。流石に今は侯爵令嬢だから追いかけたりもしないし手掴みもしないけど、いざとなったらセリーナに投げつけてやろう。


 それに私が作ったちゃんちゃん焼きを『変な味だし見た目も悪い』と言ってきた。この国の人間には合わないよねって許してあげたけど、元日本人なら話は別だ。ちゃんちゃん焼きを馬鹿にするな! 私のちゃんちゃん焼きは白菜を使って甘みが引き出てて美味しいんだからな!


 馬車の中で思い出し笑いならぬ思い出しイライラしていた私を、塁君がじーっと見ている。


「えみり、小っちゃい声で『ちゃんちゃん焼き馬鹿にすな』て聞こえきてんけど何のこと?」

「あ、ごめん。初めてハートリー家の家族に自分の料理を作った時、セリーナに酷評されたの思い出してイラっとした」

「この国の人間に最初に出す料理に、敢えてちゃんちゃん焼きチョイスすんのが豪傑やな」

「美味しいんだもん」

「俺も好きやで」

「ほんと!? 私の作るちゃんちゃん焼きは白菜使うんだけど大丈夫?」

「マジで! 俺も白菜のやつ旨い思う! 札幌のおばちゃんが作ってくれるんやけど、旨味がすごい思た!」

「札幌のおばさんと気が合いそう! 皆キャベツとお味噌で作るんだけど、私は白菜が好きなの! 味は醤油とか塩麴もおススメ!」

「へぇー。そういえばおばちゃんも皆キャベツで作るて言うてたな。あ~公爵ん家の夕食なんかより、えみり飯食いたいな~」


 へへ。ちゃんちゃん焼きを褒められると嬉しい。変な味でもないし、見た目も悪くないもんね。食べる時は混ぜるけど、そんなの何だってそうでしょや。


「今度来てくれる時に作るね!」

「おう! めっちゃ楽しみやー!」


 セリーナに言われた批判も塁君の言葉であっという間に塗り替えられた。美味しいちゃんちゃん焼きを作るぞ! 高校の同級生に教えてもらった白菜のちゃんちゃん焼き。作ってみたらキャベツのより好きになったんだよね。まさか塁君も食べたことがあるなんて奇遇だな。


 ハートリー家に到着した時、せっかく塁君のおかげで気分よく帰れたっていうのに、屋敷の前に停まる馬車を見て私の体からサァッと血の気が引いた。


 停まっていたのは神殿の真っ白な馬車だった。


「えみり、出たらあかん。このまま城に引き返すで」


 塁君の言葉に頷きながら、頭の中でどこか冷静に状況整理する自分がいる。


 そりゃあ、セリーナの家でもあるもん。帰ってきたっておかしくない。『見聞を広める旅も終わりました』とか言ってね。……でも全然想定してなかった。あんなことしておいて堂々と顔を見せるなんて二度とないと思っていた。


 蛙もカブトムシもクワガタもまだ準備してないっていうのに現れるのが早いよ。


「王家からハートリー家に正式に書簡を出して、えみりは妃教育のために城に居を移すことにしたらええ」

「い、いいのかな」

「ええに決まっとる。俺の希望や言うたらええ」


 それを言われたら、もう侯爵家は何も言えなくなるだろうけど……。


「あ、塁君公爵家に行かなきゃだよね? ごめん、どうしよう」

「そんなんいつでも行ける。今えみり一人にしたないんや」


 私達の乗った馬車は不自然じゃないように道を変えて王城へ戻った。


 そしてあっという間にお城の使用人達によって私の部屋は整えられ、塁君の部屋の隣に広い広いお部屋を頂いてしまった。


 ついさっき最短で三年後とか言ってたのに、その日のうちに一緒に住むことになってしまった。





 ◇◇◇





「今侯爵家に使いを出したから、リリーも準備出来次第こっち来る思う。えみりは身一つでええから。全部俺に用意させて」

「ありがとう……」

「えみりのキッチンもすぐ作らせるから。あっちに置いてあるもの今すぐ引き取りに行かすわ」

「あ、それは本当に助かる……」


 見つけるのに大変だったものも、作るのに苦労したものもある。大事に大事にしてたから、気付いてくれて嬉しい。


「えみりの菜園は新しく作り直しでもええ?」

「すぐに収穫できそうなものもあるんだけど」

「セリーナになんかされとるかもしれへんから」


 私はハッと目を見開いた。そうだ、野菜だって植物だからセリーナの得意分野なんだ。


「そうだよね。分かった。一から頑張る!」

「はは、その意気や。俺も手伝うし」



 その日遅くにリリーが私の宝物をたくさん鞄に詰めて持ってきてくれた。キッチンのものは塁君が指示を出してすぐに王家の使いの方々でごっそり移動してくれていて、リリー待ち状態だった。


「エミリーお嬢様! お待たせ致しました!」

「リリー、突然でごめんね」

「いいえ、ルイ殿下にそこまで望まれるなんて鼻が高いです! 今までルイ殿下から贈られたお嬢様の宝物も全部持ってきましたからね」


 すぐ近くで塁君がハッとこっちを見て、リリーの言葉を聞いた瞬間パァッと嬉しそうな顔になる。か、可愛い。


「セリーナお嬢様も本日お帰りになられて本当に驚きました。本邸を出てから三年間神殿に身を寄せていらっしゃったそうです。本日の薔薇の品評会で最優秀賞をお獲りになったそうで、そのご報告だったようです」


 ずっと黙って聞いていた塁君が、事情を知らないリリーに声をかけた。


「リリー」

「は、はい!」

「セリーナ嬢はエミリーの持ち物に興味を示したか? キッチン、居室、菜園、どんなものでも教えてくれ」

「そうですねぇ……。菜園の横は通り過ぎられただけです。セリーナお嬢様がまだ侯爵様と奥様とお話されている間に王家の使いの方達がいらっしゃったので、キッチンにも入られてませんし、お部屋には私がおりましたけど、いらっしゃいませんでしたよ」


 塁君の指示が早くて助かった。キッチンに入られてお味噌とかお米とかに何かされたら大ダメージだった。


「セリーナ嬢はまだ侯爵家にいるのか」

「いえ、神殿に戻られるとのことでした」

「そうか、それじゃあ俺だけ今から侯爵家に行ってくる。エミリーはここでリラックスして待っててくれ」

「こんな時間に?」

「魔力の残滓を見つけてくる」


 塁君はセリーナの魔力を感知出来るよう訓練してあると言っていた。キッチンの物も全部チェックしてくれたけど、幸い何もされてはいなかった。


「リリー、エミリーの口に入るもの、肌に触れるものは全て王家で用意したものにしてくれ。紅茶の茶葉もだ」

「は、はい」


 塁君は準フォーマルの服装のまま、馬を駆って我が家まで向かって行った。





 ◇◇◇





「ジュリアン、いるか」

「はい」

「例の件、頼む」

「承知しました」


 暗闇の中、黒馬で第二王子の後ろに控えていた諜報員ジュリアンは、唯一と仰ぐ主人の指示に従い闇に消えた。







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