48.リボンの行方
「僕もね、そのジュリアンとゼインの話はつい最近聞いたんだよ」
クリスティアン殿下が困った顔で微笑む。
「まさかあの他人に関心の無かったルイが、家族にも臣下にも知らせず秘密裏にそんなことをしていたなんてね。しかも五歳の時に」
「孤児院を作ったって……ひ、秘密裏に? 個人でなの?」
王家の後ろ盾で作ったという話では……? しかも五歳ってどうかしている。
「俺の小遣いで作った。別に使うあても無かったし」
「よくバレなかったと感心してしまうよね。この間見に行ったらとても立派な建物で、よく管理された暖かい孤児院だったよ。栄養状態なんて一般市民よりいいかもしれないね」
クリスティアン殿下は『まぁルイだから』って達観したように笑う。
「ジュリアンの故郷にも、色々理由を付けて外遊先へのルートを調整して立ち寄った。我ながら上手くいったと思う」
しれっと言っているけれど……大国の第二王子が外国へ行く途中の街道なんてかなり前から決定されるし、何ならそのためだけに整備されたりもする。どんな理由を付けたか分からないけど護衛の人達の苦労が偲ばれる。
「そういうわけだから、何かの折に顔を合わすことがあっても驚かないで欲しい。気を付けるべきはセリーナだけであって、他に意識を逸らすべきじゃない」
「分かった!」
確かに聞いてなかったら、諜報員姿のジュリアンを見てギョッとしてる間にセリーナに攻撃されたり、ゼインの姿を見て恐怖でアワアワしてる間にセリーナに攻撃されたりするかもしれない。それは間抜けすぎる。
「よし、じゃあ今日はとりあえず誰も被害に合わなかったことと、セリーナのやり口に見当がついたという収穫があったし上々だ。事が済むまで各自油断しないでいてくれ」
「承知しております」
「御意」
「了解~!」
皆はそれぞれの婚約者を送るために薔薇園へ向かった。私は塁君の居室でお茶を頂いてから送ってもらうことになった。
「えみり俺の部屋来るの初めてちゃう?」
「うん! すごい広い!!」
「無駄にな」
「すごいすごい! 前世の私の部屋が何十個入るだろ!」
「前世のえみりん家、行きたかったな……」
「いやすごい狭くて呼べない」
「ええねん……狭いと距離も近なるやんか」
何を夢見ているのか分からないけど多分想像とは違うと思う。ワンルームの地方出身女子大生の部屋をなめちゃいけない。
東京の冬は乾いているから風が痛くて冷たくて、寒いのなんてどんと来いと思ってた道産子の私も辛かった。気温だけなら全然温かい部類なのに。北海道みたいに二重窓じゃないから窓の辺りは冷え冷えの空気が漂ってるし、これは駄目だと思って窓際にプチプチを貼ったり防寒用の窓際パネルを置いたりしてた。でもこれが夏もエアコンの冷気は逃げないし、外気の暑さも軽減されるしで結構良かった。もう気温との闘いだったな。
そうは言ってもオシャレ感と言われれば皆無だから彼氏なんて呼べないし、女友達でも躊躇する。
「塁君うち来たらがっかりすると思う……」
「なんで?」
「防寒と遮熱が第一目的の有様に引くと思う……」
「どんなんでも引かへん」
「塁君のお家は?」
「俺? 俺んちは医学書とか文献ばっかでおもんない部屋やで」
「塁君らしい」
想像して思わず顔が綻ぶ。
「お互いの部屋行ったり来たりしとったら楽しかったやろなー」
「そうだね。私の部屋に引きさえしなければね」
「引かへんて」
お互い紅茶を飲みながらちょっと無言になってしまった。多分二人とも色々妄想している。
二人でわいわい言いながら乙女ゲーム攻略したり、私の作ったご飯を食べてもらったり、大学の後で待ち合わせしたり、デートしたり。楽しいだろうな。
「い、一緒に住んだりしたら最高やったやろな」
急に顔を赤くしたから何かと思ったら一足飛びのご意見で、私まで顔が熱くなってくる。何を言ってるんだ。
「ああああああ、はよ結婚したい!!」
塁君は両手で顔面を押さえてテーブルに突っ伏してしまった。
まぁ婚約してはいるからいつかは結婚するんだけど、まだ学園に入学したばかりで実感がない。でも突然叫ばれたせいで私も結婚を意識してしまう。そうか、一緒に住むんだ。えぇ? 一緒に住むの? えぇぇ?
「学園卒業したらすぐしたいから、イベントも全部関わらんと絡んでくる奴全部どうにかしてシナリオ脱出するで。邪魔する奴には容赦せぇへん。俺はもうえみりと婚約出来た時から決めてん。絶対最速でえみりと結婚すんねん!」
最速で三年後に塁君と一緒に住んだりしちゃうんだ。私の旦那様になるんだ。わ、私が塁君のお嫁さんなんだ。わ、わぁ……! どんどん私の顔が熱くなる。これは傍から見たらゆでだこ状態なんじゃないだろうか。
「えみり顔真っ赤。かわい」
「だって塁君が一緒に住むとか言うからさ……」
「何か想像した? やらし」
「え???」
「え???」
ポカンとしてたら塁君が謝ってきた。
「いちびってかんにんな……えみり、俺は決して軽い男ちゃうねん……」
「え?? 軽いなんて思ったことないけど、どういうこと??」
「わ、忘れて……」
何か色々よく分からないけど忘れてというから忘れよう。美味しいケーキをたくさん頂いていたら、塁君の侍従の方が隣に続く衣装部屋へ入って行った。私を送った後にそのまま国王陛下の弟である公爵邸で食事をするらしく、準フォーマルな衣装を準備している。
その時衣裳部屋の扉の向こうに見えたのは、立派な額縁の中にびっしり飾られたリボン。
私が塁君に作ったクロックムッシュにかけたメッセージ入りのリボンが、額縁の中に綺麗に貼られて飾られていた。
「あ、あれ!」
立ちあがって指を差すと、塁君は『あ、見られた』って顔をして照れくさそうに笑った。
「全部とってあんねん」
いつも捨てずに胸ポケットに入れて帰っていた塁君。気を遣って私の前で捨てないでいてくれるんだって、優しいなって思ってた。まさか全部保管してるなんて。
両想いに気付いた後、『塁君が大好きです』って書いた時は、確かに『俺のコレクションにまた宝物が増えた』と言って丁寧に巻いて胸ポケットに仕舞っていた。コレクションってこのことだったんだ。
ずっと好きでいてくれたんだって胸が苦しくなる。こんな風にしてくれる人なんていない。だってただのリボンだもん。メッセージ入りだとは言っても保管する程のものじゃないよ。
「前世でクロックムッシュに書いてくれとったメッセージも全部覚えとるから、自分でリボンに書いて隣の額に飾ってるんや」
扉の向こうへ視線を向けると、私が見た額縁の隣に色違いの額縁が飾ってある。
「一番最初は『THANK YOU EVERY TUESDAY』やったな」
私の一番最初のメッセージからちゃんと伝わっていた。
「ぅぅ~~……」
「泣いても可愛い」
大好きな人が、こんなに自分を好きでいてくれる。奇跡みたいだって本気で思う。
学園を卒業したら、この人と結婚する。たくさん大事にするからたくさん笑って欲しい。そのために私も降りかかる火の粉は本気ではらう。
セリーナが邪魔をするなら私も絶対負けない。




