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45.1番から始まる闇

「エミリーには本当は聞かせたくないんだが、当事者に成り得るから話しておこうと思う」


 塁君は真剣な顔で、執務室のソファで向かい合う私に話し始めた。


「光魔法が効かなかった薔薇の遺伝子解析をした。以前ハートリー領から持って帰ってきた小麦と、病気の子供たちの髪の毛から、俺達はセリーナの魔力を感知出来るよう訓練してある。今回もそれを利用したところ、薔薇の遺伝子にセリーナの魔法の残滓を見た。細胞の記憶を時間魔法で読み取ると、同じ塩基配列が何度も繰り返されている部分があり、セリーナの魔法で組み込まれていることが分かった。これは花の老化メカニズムに関与しているエチレンを合成する遺伝子だと思う。本来植物は開花してから一定時間経った後や受粉が成功した後、エチレンという植物ホルモンを作り自ら進んで萎れていく。その遺伝子をセリーナは薔薇に無理やり何回も導入していた」


 ……む、難しい。聞き返せる雰囲気じゃないんだけど、どうしよう。


「なぜそう推察したかというと、同じ塩基配列を俺の部屋にあった花の遺伝子に同じように組み入れてみた。そうするとどんどん萎れていき、花からエチレンを検出した。分子式 C₂H₄、最も単純なアルケンだ」


 まずいぞ、私以外の全員が理解してるんだろうか……。と思ったらブラッドが私を見て微笑んだ。同志? 同志なんだね!


「エチレンは果実の成熟や球根の休眠打破、植物によっては開花促進なども出来るから、セリーナが今後この手の奇跡を起こしてきても驚くことのないように。種も仕掛けもあるただの遺伝子組み換え作物だ」

「「「 はい 」」」


 そんなに色々出来るんだ……。よく分からないなりに、あの薔薇はセリーナの魔法で早く萎れるようにされていたのは分かった。エチレンってやつで。


「逆を言えば、この遺伝子を焼いてしまえば花が極端に長持ちする。枯れない花で聖女だのなんだの言いだす可能性もある」

「青い薔薇もしばらく枯れない可能性がありますね」

「あれも色の時点で遺伝子組み換えされている。薔薇には青色遺伝子は本来無いんだ」


 でも、私は見ていないけど、皆その薔薇を青いと言っていた。遺伝子をどうにかするとそんなことも出来ちゃうの?


「パンジーの酵素フラボノイド3',5'-ハイドロキシラーゼのcDNAを導入し、青色色素デルフィニジンを生合成させると薔薇も青くなる。日本の企業が長年かけて開発したんだ。あいつはその辺も詳しいから、この三年で神殿の奥深くで再現する研究をしてたんだろう。勿論枯れないようにもしてあると思う。自分の業績を長く誇示したいのと、奇跡をアピールするためだ」


 皆神妙な顔で聞いている。私の妹のことで、この国の未来を担う高位貴族子息たちが対策本部を作ってると思うと本当に申し訳ないし居たたまれない。


「これからこの国に起こる大きな出来事は二つだ。農作物の病気、そして国民の疫病」


 私がさっき考えて恐ろしくなったイベントの二つ。塁君もやっぱり想定していた。


「ハートリー領で起こった小麦の穂発芽は、今は他の種を使ったことで回復している。ネルの主人の伝書から、セリーナはそれを見に来た筈だ。バレるリスクを避け、次は別の手を使ってくると思う。魔法を取り消せば元に戻る程度の被害で、収穫量にダメージを与える被害。光魔法が効かない遺伝子操作で来るだろう」


 じゃあやっぱり、アリスはイベントを起こせない。ヒロインの座は乗っ取られてしまう。


「より警戒すべきは国民の疫病だ。あいつは人の命を何とも思っていない。そして、注目すべきはハートリー領で起こった常染色体劣勢遺伝病以来、国内の様々な場所で人知れず難病が発生していることだ」


 塁君はテーブルの上に我が国の地図を広げた。


「私から説明致します。こちらの赤の印を付けた地区では、それぞれ違った難病患者が発生しております。横の日付は最初の患者発生日です。症状をまとめたものがこちらです」


 ローランドが地図の横に、患者さんそれぞれの症状を一覧表にしたものを見やすいように置いてくれた。


 地図の赤い点にはほぼ全てに青い点が隣り合っている。そして横には数字。


「この青い点は、神殿から巡礼の一団が訪れた場所です。横の数字は訪れた日付です」


 全ての地点で青の点の日付は赤い点より前だった。


「一覧表を見て頂くと分かると思うのですが、それぞれの地区では同じ症状の難病が発生しているにも関わらず、隣り合った地区では全く異なった症状を訴えています」


 ローランドが次のページを捲る。


「こちらが日付順に症状と病名、原因遺伝子、その遺伝子座を表にしたものです」

「あっ……」


 気付いてしまった。


 表の一番右の部分。遺伝子座というものが書かれた欄。


 上から順番に左側の数字が大きくなっていってる。


「そう、ここに注目して欲しい」


 塁君がその欄を指さして低い声で言う。


「ネルの赤ん坊の病気はメイプルシロップ尿症、原因遺伝子が三つあって、BCKDHA遺伝子が19番染色体の19q13.2、BCKDHB遺伝子は6番染色体の6q14.1、DBT遺伝子は1番染色体の1p21.2にある。あの日は特定出来なかったが、城に戻ってきて解析した結果、DBT遺伝子が焼かれていた。1番染色体上だ」


 私はあの日の光景を思い出し、塁君が言っていた言葉を頭の引き出しから何とか取り出そうとした。あの日、トミーの病気はゴーシェ病だと。ゴーシェ病の原因遺伝子は1番染色体長腕上にあると。


「トミーの病気はゴーシェ病。原因遺伝子は1q22にあるGBA遺伝子。ハートリー領から全ては始まったんだ」


 私は緊張して手が震えてきてしまった。背筋が寒い。


「この一覧表の上から順に、若年性原発性側索硬化症は2番染色体のALS2遺伝子、コルネリア・デ・ランゲ症候群は5番染色体のNIPBL遺伝子、ウィーバー症候群は7番染色体のEZH2遺伝子、アペール症候群は10番染色体のFGFR2遺伝子。どんどん数字が大きくなっていってるのに気付くと思う。セリーナは1番染色体から順番に位置をずらして焼いていってる」


 何のために? 何でそんなこと??


「ネルの家族にも協力を頼み、髪の毛を提供してもらった。全員が1番染色体に焼かれた跡があったが、イントロンといって遺伝情報を持たない部分だった」


 ネルも、ご家族も? 何故、何故、と頭の中でその言葉だけがこだまする。


「このことからセリーナは人間のDNAに関しては素人だと分かる。何処が何の遺伝子座が分かってないからネルは無事だったんだろう。赤ん坊は運悪く難病の遺伝子を焼かれてしまった。その後もこうして各地で病気を作り出しているということは、人体実験の最中かもしれない。聖女になった後で大々的に病を広げて治すために、すぐには死なず、だが民が神の御業を求めるくらいには重く、症状は分かりやすく、患者だと見て分かるようなものを探しているように思う」


 思ってた以上の恐ろしい言葉に、もう私の頭は思考停止してしまった。考えなきゃいけないのに。姉として、止める手立てを見つけなきゃいけないのに。


「エミリー安心しろ。そのために俺達が何ヵ月もかけて訓練してきたんだ。ローランドは完璧に遺伝学を理解しているし、ヴィンセントは遺伝子治療含めた魔法もマスターしたし、ブラッドはずっと水面下で動いてくれている。兄さんも全てオールマイティにマスターしてくれた上に、国政の面から支えてくれている」


 私の震える手をギュッと握って塁君は頼もしく笑ってみせた。




「俺ら多分最強チーム」







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