43.セリーナの魔法のからくり
「レディ達は怖かったよね。この後王城の薔薇園に場所を移そう。皆が好みそうなケーキを用意させるよ」
クリスティアン殿下が私達を気遣って明るく振舞ってくれる。
「ルイ殿下、隣の会場で聖女が奇跡を起こしたと観衆が興奮しております。四鉢が急に萎れて、三鉢を白いヘアバンドの少女が元通りにしたものの、一鉢だけ何度やっても駄目だったと。その一鉢を元通りにしてみせたのが最優秀賞受賞の神官の少女だということです」
「三鉢はアリスか」
アリスが光魔法で三鉢救って、セリーナが最後の一鉢を元通りにしたということ? セリーナは光魔法は使えないのにどうやって?
ローランドが聞き込みの結果を報告すると、ブラッドがその四鉢を買い取って運んできた。王城に貰い受けると言ったら大喜びで売ってくれたらしい。
「ヴィンス、この四鉢に何が起こったか読み取れるか?」
塁君がヴィンセントに尋ねると、ヴィンセントは頷いて一鉢ずつ薔薇に手を触れた。
私達女性陣は婚約者達がテキパキと対処している姿をただ見守ることしか出来ず、せめて邪魔はするまいと無言で見つめていた。
ヴィンセントがあの四鉢に何が起こったか読み取れたなら、なぜセリーナが薔薇を救えたのか分かるだろうか。まさか皆が騒いでいる『現れた聖女』というのが、アリスのことじゃなくセリーナのことだったら……。
『ヒ・ロ・イ・ン・は・わ・た・し』
セリーナは確かにそう言った。私はつい数分前の光景を思い出して不安になってきた。
「一鉢目は見えない部分の土と根が焼かれたようです。炎の魔法の残滓を感じますね。その後、光の魔法で上書きされてます」
「分かった、根だな」
「二鉢目は導管が焼かれたようです」
「導管か」
「三鉢目は細胞の液胞が」
「細胞内部だな」
「四鉢目は……もっと微小な、恐らく遺伝子の一部が一旦焼かれてその後元に戻されています。術者本人がかけた魔法を取り消す魔法です」
「それがアリスが元通りに出来なかった理由だな」
ど、どういうこと? 元に戻すって? 取り消す魔法?
しかもヴィンセントは普通に『導管』『液胞』『遺伝子』なんていう単語を口にした。この世界にそんな知識は無い筈なのに。
――塁君。間違いなく塁君が教えたんだ。
「俺は四鉢目の遺伝子解析をしようと思う。このまま王城へ戻るから皆も来てくれ。俺の作業が終わり次第会議だ。令嬢達は緊張しただろうから城の薔薇園で寛いでくれ」
塁君の合図で皆が令嬢達を出口へエスコートし馬車に乗せた。私も塁君と同じ馬車に乗り、扉が閉まったところでやっと口を開かせてもらう。
「る、塁君。ヴィンセントが『遺伝子』って言ってたし、塁君も皆の前で『遺伝子解析』って」
「あぁ、もう皆に事情話して、この数ヵ月で中学理科から医学部の臨床遺伝学のレベルまで徹底的に叩き込んでやってん。あいつらは優秀やからな。最初は困惑しとったけど、俺の魔法で色々見せたったら分かってくれたわ。味方に引き込まな大損やで」
塁君は事も無げに笑っている。ここ数ヵ月魔法の研究と言ってローランドとヴィンセントと過ごしていたのはこのためだったのかと腑に落ちた。
「魔法を取り消すってどういうことなの?」
「そうややこしないねん。えみりも出来るで。何の属性でも魔法使う時は何をどないしよかイメージして使うやんか。せやからそれ全部無かったイメージも本人は正しく出来るやろ? ほんなら取り消せんねん」
「し、知らなかった……」
「セリーナは自分で薔薇のあちこち焼いて自分で取り消したから元通りに出来んねん。傍から見たら治したように見えるやろな。せやけど他人が炎の魔法で焼いた薔薇は、同じ部分焼いたかて一個も治されへんねん」
「アリスの光魔法が効かなかった薔薇はどうして?」
「前も言うたけど、この世界の魔法は見て知っとることイメージすることで成り立つから、アリスがイメージできるかどうかやな」
じゃあアリスは遺伝子まではイメージ出来なかったんだ。そうだよね、私だって出来ないよ。
「導管とか液胞とかは意識してなくてもあいつの脳のどっかに『昔習ったこと』としてイメージがある筈や。せやから治せんねん」
遺伝子の知識が無かったせいで最後の一鉢を元通りに出来なかったアリス。枯れた植物を生き返らせるのはセリーナじゃなくてアリスだけなのに。
「一鉢ずつ焼いてる部位が違うてんのが故意やと思う。理系はサンプルごとに条件変えて実験すんのが身に沁みついとるからな。アリスが何処までやれんのか確認したんやろな」
「……なんで?」
聞くのが怖い。でも聞かずにいられない。セリーナが企んでることを知らなきゃいけない。
「また人間になんかする気ちゃうかと俺は疑うてる」
私は血の気が引いて体中が震えてきた。また、あの時のように、ネルの赤ちゃんが旅立った時のように、誰かが被害にあうなんて耐えられない。あの時のネルの慟哭、ご主人の涙、ネルのお父様の涙、忘れたことなんかない。あんなこと、もう一度する気なら絶対に許せない。
「セリーナがまた病気作りだした時、アリスの光魔法で治されてまうのか確認したかったんちゃうか思う。治せるんやったら邪魔者やろうからな」
「邪魔者って」
「今日全部の鉢アリスが治しとったら、セリーナに何かされとったかもわからへんな。まぁローランドによると会場で茫然としとっただけで、何かされた形跡はなかったらしいから心配いらへんで」
そうだ、アリス。茫然としてたということは、やっぱり聖女と皆が称えているのはセリーナなのだろう。三鉢もアリスが蘇らせたのに。本当に光魔法を使えるのはアリスなのに。
逆ハー狙いの時はイラッとしたけれど、今日に賭けてきたのも、頑張っていたのも知っている。こんな方法でシナリオが変わるのは元プレイヤーとしても納得いかない。
私が眉間に皺を寄せて難しい顔をしてたせいか、塁君は私の頭を抱えて抱きしめてきた。
「わっ、わわっ。塁君!?」
「えみりに何も無くてよかったーー!」
「……うん。本当にありがとう」
「皆のおかげや。皆を味方に引き入れた一番の目的はえみりを護るためやから。国民のためとか人道的な観点とかはぶっちゃけ二の次やで」
「そ、そんなこと言っちゃダメ」
「勿論全部ひっくるめて護るつもりやけど、優先順位は決めとかんと動きが遅れたらあかんから。一番はえみり。二番が仲間。三番目が国やな」
「ダメ! それじゃダメだよ!」
「えみり?」
「一番に塁君自身を入れてよ」
私の目に涙がじわじわ溜まってくる。死なないって約束してくれたけど、こんな優先順位を聞いたら悲しくなる。
「うっわ可愛い……俺を一番に思てくれんの?」
「当たり前だよ! ずっと一緒にいてよー!」
「わっ、泣かんといて。勿論ずっと一緒にいてたい思てるから! 優先順位は俺がピンピンしとる想定でのことやで!」
「怖いよー!」
「大丈夫や!」
塁君は抱きしめる腕を強めて私の目の前でその美しい顔をニヤッと綻ばせた。
「植物はあいつの専門やけど、人間のことやったら俺が勝つ!」
自信に満ちたマリンブルーの瞳は宝石のように眩く煌めいていた。




