4.見逃して欲しい
ルイ殿下のその生気に満ちた瞳はあまりにも素敵で、胸をグワッと鷲掴みにされた感覚がした。
だがしかし、ここは絆されてはならない。関わっちゃいけない。弁えなきゃいけない。
『私はモブ、私はモブ』
自分に言い聞かせながら頭をぐるりと薔薇の方へ向け、『薔薇が綺麗ね~うふふ』みたいな顔を作る。視線を感じるが振り向いてはいけない。きっと目が合うから。
周りのご令嬢達がざわつく声が耳に届いてくる。
「どうかされましたかルイ殿下?」
「何かございましたか?」
あぁぁ、何かあったよね。日本語が聞こえちゃったんだよねルイ殿下は。
本当にまずい。
そうだ! 『magical』をめっちゃいい発音で言ったとか思ってくれないかな。『マジカゥー』みたいな。紅茶が美味しすぎてmagicalみたいな。
いやいや、この世界には英語も無いからおかし過ぎる。落ち着け自分。この世界の公用語で誤魔化せそうな言葉なかったっけ??えぇと、マジかマジか……えーと。
私は必死で考えながら、焦りでカラッカラに渇いた喉を潤そうと薔薇の方を見たままティーカップに手を伸ばした。
テーブルを見るのも躊躇われて、当てずっぽうでティーカップがあった辺りに狙いを定めて手を伸ばす。が、カップが手に当たらない。
どうしようかな。ちょっとだけ見ようかな。喉渇いたしな。そう思って横目でギギギとテーブルの上を見るとカップが消えている。
私の飲みかけの紅茶は何処へ!??
「少しお話しませんか?」
もの凄いイケボが私のすぐ真後ろから聞こえてきた。忘れもしないこの声。この声だったからこそ、よりキャラクターが輝いた。
ルイ殿下の声。
イケメンやらせたら右に出る者はいない、超人気声優さんの声。
「わ、私、喉の調子が、あまり良くなくて」
カラッカラだから。
「はい、どうぞ」
私の横からにゅっと出てきた綺麗だけど男の子っぽい手の中には、私のティーカップ。お前か。
「ど、どうも」
ティーカップを受け取って静々と紅茶を飲む私を、ルイ殿下はずっと見ている。顔を見ないようにしてはいるけれど、横からもの凄く視線を感じるから分かる。
「ルイ殿下が笑っていらっしゃるわ…………」
「まぁ……初めて拝見致しましたわ」
ご令嬢達の声が驚きに満ちたものに変わる。
そうですか、笑っていらっしゃるのですか。
とりあえず見逃してはくれないんですね……。くぅっ。
何も言葉を発せずにいる私にクリスティアン殿下が声をかけてきた。
「エミリー・ハートリー侯爵令嬢だね? 弟が君と話をしたそうだ。こんなことは珍しい。良かったら二人で奥の白薔薇の庭園で話すといい。あそこの四阿はゆっくり出来るだろうから」
クリスティアン殿下がそう言うんだからそうするしかない。
「……はい。喜んで」
横からルイ殿下の掌が出てきた。エスコートのために手を取れということだろう。
ルイ殿下の掌に、私はおずおずと自分の指先を乗せて、ちらりと上に視線を上げた。そこにはスチルにさえも描かれたことがない、ルイ殿下の花が綻ぶような笑顔があった。
『うはぁ、眩しすぎるっ……!』
推しのSSSRな笑顔に私は思わず目を瞑った。
◇◇◇
白薔薇の庭園には見た事がないような立派な白い四阿と、センスのいいクッションがたくさん置かれた豪華なソファがあった。
ルイ殿下と私がそこに腰を下ろすと、侍従長がテキパキとティーセットを用意して席を外した。
誰もいなくなったところでルイ殿下がこの国の公用語で口を開く。
「今日は出席ありがとう。エミリー・ハートリー侯爵令嬢だね」
「本日はご招待頂きありがとうございます。初めて見るような美しい薔薇ばかりで大変楽しませて頂いております」
もう二度とボロを出すまいと令嬢らしく対応する。
ルイ殿下は今も満面の笑顔で私を見ている。
うぐぅ眩しい! 目が潰れる! 尊いッ!!
あまりの神々しさに薄目を開けているとルイ殿下は意を決したように言葉を発した。
日本語で。
関西弁で。
「自分、『マジか』言うたやんな?」
はい、確定。
元関西人ですね。