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36.ヒロインは逆ハールートにこだわる

「え、えみりちゃ~ん、皆酷いの。私ヒロインなのに冷たくて、え~ん」


 私が王家の馬車から降りると、リリーが羽音ちゃんを追い返そうとしているところだった。


「もう来よった……」


 馬車の窓から羽音ちゃんを見つけた塁君は舌打ちしながら降りて来て、私と羽音ちゃんの間に立ち塞がった。


 第二王子の前でも礼一つしない羽音ちゃんにリリーは困惑している。


 羽音ちゃんは私の顔を見た途端ポロポロ涙をこぼし始めたので、仕方なく三人で我が家のサロンでお茶をすることになってしまった。私のせいじゃないんだけど、塁君忙しいのになんだか申し訳ない。



「ブ、ブラッドはね、出会いイベント出来なかったから、廊下でぶつかってみようと思ったら、サッと避けられて、私だけビタンッて転んじゃったの。結構痛かったのに手も差し出してくれなくて、『廊下は走るな』って一言だけ言っていなくなっちゃったの! うぅぅ、酷くない?」

「そ、そっかぁ」


 ブラッド、ローランド、ヴィンセントの三人は塁君の言葉に感心していた。多分それで羽音ちゃんへの対応を厳しめに変えたのだろう。ブラッドは騎士道精神の塊なんだけど、そのブラッドでさえそれなら後の二人はどうなるんだろう。ちょっと聞くのが怖い。



「ロ、ローランドもね、階段を降りてくるのが見えたから、下で待ち構えてたら、私を見るなり引き返してまた上って行っちゃったの。だから追いかけて声をかけたの。『今日もローランド様は頑張ってますね』って。そしたら『二日前も父のことを持ち出して私を褒めてましたけど、初対面の人間に言われるのはただの想像であって不愉快です』って。『今も階段を上っているだけで頑張ってると言われるのは意味不明だし気持ち悪い』って言うの! ゲームでは褒めたらローランドは心が震えて私に好感を持つのにぃ!」

「……そっかぁ」


 いや、ローランドが正しい。褒めるタイミングを間違えすぎている気しかしない。いつも冷静で知的なローランドだからこそ、抜群のタイミングで核心をつくことで心が震えるんだ。


 出会いイベントが起きなかったから必死なのは分かる。でも自力で何かイベントを起こそうとし過ぎて訳分かんなくなってるのかな。気持ち悪いとまで言われたらしばらく大人しくした方がいいと思う。



「ヴィンセントはね、体を心配してあげたらいいから、やっぱりぶつかってみようと思ったの。でも何か防御魔法みたいなのしてて、ヴィンセントに近づく前に私弾かれて転んじゃって、やっぱり横目でチラッと見ただけでそのまま行っちゃったんだよ。酷いでしょ? 私はぶつかったら『ヴィンセント様こそ大丈夫でしたか?』って聞いてあげようと思ってたのにぃ!」

「そ……そっか……」


 防御魔法ってことは、塁君がくれたアクセサリーみたいに攻撃から身を護るようにしてあるんだろう。弾かれたってことは、羽音ちゃんのぶつかり作戦は攻撃と見なされたってことだから、そりゃあ敵認定されるかもしれない。


 自分でぶつかっておいて『大丈夫でしたか』もないし、聞いてあげようと思ってたとはなんて言い草だ。うーん、どこからツッコんだらいいのかな。



「私、私、男の子にこんな嫌われたことないよー! どうしてぇー! えーん!」


 涙を流して嘆いている羽音ちゃんに塁君は冷めきった眼差しを向けている。


「自分もう逆ハー諦めたらどうや」

「嫌だよ! こんなチャンスもう一生ないもん! どうしたら挽回出来るか相談に来たんじゃん!」

「挽回なんて無理やろ」

「なんで! 私ヒロインだよ! こんなのおかしい!」

「挽回いうのはな、失ったものを取り戻して元の状態に回復することやで。自分元々好かれてへんのに何回復すんねん」

「酷い! 出会いイベントさえちゃんと出来てたら皆私に恋してたもん!」

「へー」

「うわ、その言い方! ほんとやな感じ!」


 塁君は以前の無表情王子の片鱗をうかがわせて、ブリザードのような極寒のオーラを漂わせている。もうどうしようこの空気。うちのサロンに氷河期が来ちゃう。


 羽音ちゃんはそんなことは全く気にもせずに、両手をパンと打ち鳴らして目を見開いた。


「そうだアイテムだ! アイテム探しに行く私!」


 羽音ちゃんは閃いたって表情で泣き止んだ。


「アイテムで皆の好感度上げてやり直す! それに来月は王家主催の薔薇の品評会があるじゃん! それでヒロインは枯れかかっていた薔薇を復活させて注目を浴びるんだから! なんてったって聖女だからね私!」


 羽音ちゃんは胸の前で両手を組んで、夢見る乙女のように薄茶色の瞳をキラキラさせ出した。


「よし、なんか希望が見えてきた! えみりちゃん、聞いてくれてありがとう! 私早速アイテム回収しに行ってくるね! 塁君もそのうち私のこと好きになっちゃうかもね」

「絶対ならへんしルイ殿下な」

「はいはい、ルイ殿下」

「まぁキバったら?」


 羽音ちゃんはすっかり元気になってスキップで帰って行った。


 アイテム……。誰のルートでも出てくる好感度を上げたい時に役立つもの。それぞれの単独ルートで攻略対象者に関連するものが二個ずつ、逆ハールートで誰にでも効果のあるチートアイテムが二個、既に存在しているものとイベントをこなして現れるものがある。


 羽音ちゃんは既に存在しているアイテムを手に入れに行く気なんだ。


 もし、もし、そのアイテムで塁君が何かの力で羽音ちゃんに惹かれちゃったらどうしよう。今現在氷点下オーラの塁君だけど、アイテムの力で惑わされたりしないだろうか。


「アイテムなんて俺がとっくに全部回収しとるから一個も見つからへんけどな」


 塁君がさらっと何か言った。


「な、なんて?」

「放置しとくわけないやろ。俺はシナリオ脱出してえみりと幸せになんねん」


 サロンは氷雪気候から一気に温帯気候に変化した。優しく微笑まれると心臓が跳ねる。今日やっと、十六年も両想いだったって分かった大好きな相手が私を見て笑っている。あぁ、好きだぁ。


「じゃあ羽音ちゃんは」

「逆ハーなんて諦めて誰か一人に真っ直ぐ向き合うたらええねん」

「うん。そうだよね」


 公式にあるとはいえ、自分でプレイしてる時も違和感があった。たくさんの婚約者達を傷つけておきながら、一人を選ばず全員に愛される逆ハーエンド。


 全員が特別なんじゃなくて、本当は誰も特別じゃないんじゃないかって、誰とも両想いじゃないんじゃないかって、何だか心満たされずに終わった。


 それより私はやっぱり一人の相手と想い合いたい。


「塁君、時間があったらご飯食べていく? 何か食べたいものある?」

「朝食ちゃうけどクロックムッシュ」

「分かった。ハム増量、チーズ増し増しの塁君スペシャルにするね」

「マジで」


 私はいつもよりもっともっと『塁君に良いことがたくさんありますように』『美味しくなりますように』『大好き大好き』って十六年分の気持ちを込めてクロックムッシュを焼いた。


 家で食べるのに紙で巻いてメッセージ付きのリボンもかけた。『塁君が大好きです』って書いて。


 塁君はリボンを丁寧に巻いて胸ポケットに仕舞い、『俺のコレクションにまた宝物が増えた』と言って可愛い満面の笑顔で笑ってくれた。







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