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35.十六年ものの片思い

「塁君が一人だけ知ってるアリスって……」

「小児科実習行った時にMRワクチン嫌やて泣いてたアリスちゃん五歳や」

「……」

「そこのそいつのことは名前も知らへんで」

「そ、そうなの……?」


 私のこの二ヵ月間の苦悩……。そして前世から抱えてきた胸の痛み。


「ゆ、遊園地、行ってないの? ……お泊りは?」

「し、してへんって! 何吹き込まれてんねん!」

「う、ぅぅ、馬車で、言ってたのって、は、羽音ちゃんのことじゃないの?」

「全部全部えみりのことや!」

「わ、私、片思いじゃなかったの……?」


 目にぶわっと涙が浮かんでくる。もうとっくに諦めてた前世の恋が、十六年経って報われる。


「え? か、片思い? 俺に?」


 ずっとずっと恋愛初心者な私は、クロックムッシュの焼きごてメッセージだけしか行動出来なかった。カードを渡した羽音ちゃんをすごいって羨んで嫉妬して。生まれ変わっても愛情込めて料理を作るばかりで、言葉に出来ずにここまで来た。塁君はいつもたくさん言葉をくれるのに。私だって言葉にしなくちゃダメだ。


「る、塁君……!」

「な、なに?」


 十六年分の根性を今出すって決めた。


 膝がふるふるしてて、ドレスじゃなくて制服のスカートだから足首が見えててバレそうだけど、もうバレてもいい。震えながら今から告白するんだ。私のそのまんまを全部見せる。どうせ飾れないんだから仕方ない。


「塁君! わ、私! 私ね!」

「うん」

「ま、毎週火曜に来てくれる、塁君のこと、ず、ずっとずっと大好きでした!!」


 目にはどんどん涙が溜まってきて、言い切った途端こぼれて溢れる。


「羽音ちゃんと付き合ってるって思って、失恋したと思ったよーー!!」


 ボロボロボロボロ涙がこぼれる。私は大きな口を開けてわぁーと子供のように泣いてしまった。我ながら王子の婚約者としてどうかと思う。これはもう令嬢の泣き方じゃない。


 塁君は光の速さで私の元に来てくれて、今までにないくらい強い力で抱きしめてくれた。


「えみり。えみり。俺もずっと好きやった」

「私も好きー! うぇーん!!」

「泣かんとって。泣いてる顔も可愛いけど胸が苦しいわ」

「私、片思いじゃなかったの? 両想い?」

「せや。俺達ずっと両想いやったんやな」


 塁君は腰を屈めて私の顔を覗き込み、花が綻ぶように破顔した。銀色の髪がサラッと揺れて、美しいマリンブルーの瞳が目の前で細まる。


「塁君かっこいいよー! わぁーん!」

「えみりも世界一可愛い」


 私の頭を優しく撫でてほっぺにキスをした塁君は、『ほんま柔い。可愛い』と言ってもう一度ギュウギュウと抱きしめてきた。


「わ、私のせいで、塁君まで死んじゃって、ごめ、ごめんねぇー!」

「何も後悔してへん」

「だって塁君将来有望だったのに、たくさん努力してきたのに!」

「今世で活かしたるからええねん」

「うぇ、うぇーん!」

「あー、ほんまに好き」

「私も好きー!」


 私は塁君の胸の中でワンワン泣いて、目も鼻も真っ赤になっていた。


「あのー。のんがいるの忘れてない?」

「のんて誰? 名前アリスやろ」

「……そうだけどさ! いきなり苗字を一人称に出来る?」

「名前も一人称になんかせぇへん」

「もういいよ! 私って言うもん!」

「それが普通や」

「……塁君ってえみりちゃんにしか優しくないんだね」

「ルイ殿下な」

「くぅー! ムカつく! せっかく二人が死んだ後のこと教えてあげようと思ったのに! もう教室行くからね!」


 羽音ちゃんは塁君を睨んでから空き教室を出ていった。死んだ後のこと……聞いた方がいいのかな。


「大丈夫や。どうせあっちからすぐ来るで」


 塁君はハンカチを氷魔法で冷やして私にくれた。瞼がボンボンに腫れてたから助かった。


 塁君の胸の中で必死に顔を冷やしていたら、頭にチュッチュしてる塁君が聞いてきた。


「火曜の朝おらへんようなったのって何でやったん?」


 あまりに情けない理由だけど、聞いてくれるだろうか。


「る、塁君と、羽音ちゃんが、ラブラブなの、見るの辛くて、グスッ、夕方シフトに、変えてもらった。ぅぅ~」


 また泣き出した私の頭を大きな手で撫でながら、塁君は愛情のこもった声で言ってくれた。


「あほやなぁ」


 あほって言われてるのに、全然嫌じゃない。むしろすごく大事にされてるような、好きだよって言われているような声色に胸が苦しくなる。


「うー、止まらないぃ」

「ええよ。止まるまでずっとこうしてるから」


 そうして私は一時間目が始まるギリギリまで顔を冷やしながら泣いていた。その間ずっと塁君は、言葉通り私を撫でながら抱きしめていてくれた。





 ◇◇◇





「なんだか二人の纏う空気が変わったんだけど」


 休み時間にヴィンセントが鋭くツッコんできた。


「分かるか。ふふ……俺達は相思相愛だからな」

「今さら何言ってんですか。そんなの誰が見ても前からそうでしたよ」


 ローランドが冷めた口調で言うと、塁君は分かりやすく頬を赤らめて喜んでいる。


「誰が見ても!? エミリーが俺のこと好きなように見えてたのか?」

「はい」

「本当に今さらですよね」

「ルイ殿下だけ思ってなかったんですね」

「あ~、じゃあやっと気持ちを告白してもらった感じですかね」


 全員が私の方を生温かい目で見ている。何これ。もの凄く恥ずかしい。


「まぁ、とにかく良かったですね。ルイ殿下」

「だったらなおさら、あのおかしな女生徒に振り回されないよう気を引き締めて下さいよ」


 羽音ちゃんのことだよね……。ヒロインなのにおかしな女生徒扱いだ。


「俺はエミリー以外に気持ちが向くことはない」

「そうでしょうけど、あの女生徒はこちらの気持ちなどお構いなしですからね」

「俺は今朝厳しく対応したからあいつも分かった筈だ。何なら俺のことは嫌いになったと思う」


 確かに羽音ちゃんは塁君のことを『嫌な奴』って言っていた。もう諦めてくれたかな。もう逆ハールートは入れないって分かって方向転換してくれるかな。


「え、厳しくしたら嫌いになってくれるんですね」

「いいことを聞きました」

「俺もそうします」


 ブラッド、ローランド、ヴィンセントの三人が塁君の言葉に関心を示した。これは、羽音ちゃんは皆に厳しく対応されちゃうんだろうか。だ、大丈夫かな……。


 婚約者達三人を見ると、羽音ちゃんの話題に不安そうな表情になっている。そうだよね。今朝までの私と一緒だもん。不安で不安で仕方ないよね。



 そしてその日の放課後、皆に厳しく対応された羽音ちゃんは半べそでハートリー家にやってきた。塁君の言葉通り、本当にあっちからすぐ来たのだった。







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