34.アリス? 誰それ?
次の日の朝、馬車で迎えに来た塁君はちょっとどうかしてると思うほどニッコニコだった。
元カノが転生してるって分かったからだろうか。そうだったら嫌だな。でも私は覚悟を決めたんだ。絶対攻略されてなるものか。塁君は私が幸せにしてみせる。
「おはようエミリー!」
「おはようございます、ルイ殿下」
リリーがホッとしたように私達を見ているので、リリーに微笑んでから馬車に乗った。私が泣いちゃったせいでリリーに心配かけて悪かったな。ごめんねリリー。
「塁君、昨日は突然ごめんね」
「いや、嬉しい言葉も聞けたから来て良かった!」
「嬉しい?」
「塁君は渡さないって言ってくれたやんか!」
私の顔に体中の血が集まってきた。改めて言われると相当恥ずかしい。
「俺もえみりは誰にも渡さへんから!」
最高にいい笑顔で断言された。もうビカビカに後光が差している。頬を赤らめて全力ニコニコの塁君、かっこ可愛い。
「セリーナの手紙な。あれやとえみりが誤解するかと思て、ちゃんと言っておきたいんやけど」
「誤解?」
「何とも思うてないヤツが一緒に死んだなんてショックやと思う」
「ん???」
「あの手紙やと、俺がどっかの誰か、えみりの知らん女のために死んだみたいやんか」
「……???」
「セリーナはそれを狙うてんやろうけど」
「ううん、誰だか分かってるよ」
「え? マジで?」
「それだけ好きだったんでしょ」
「う、うん。めっちゃ好きやった」
覚悟を決めたとは言っても、直に聞くと心にグサグサと刺さる。なかなかキツイ。塁君も真っ赤になって口元を押さえてしまったし。これは本気の顔だ。
「じゃあ、生まれ変わって会えて、塁君は嬉しいの?」
「そりゃあ、めちゃめちゃ嬉しいよ。最初に知った時、歓喜の気持ちが真っ先に湧いてきたことに動揺もしたけど。だって助けられへんかったってことやから。それやのに一緒に転生出来たんやって嬉しい気持ちが勝ってもうて、医者になって人の命救おう思てたヤツが、今なんて思たんやってショックでもあったんや。せやけど好きやから。やっぱ嬉しいし、可愛い思うし、ずっと一緒にいてたい思うてる」
ああ、だめだ。これだめだ。本気で好きなんだ、羽音ちゃんが。
ずっと一緒にいたいんだ。自分ひとりが相手じゃなくてもいいくらい好きなんだ。でも私は嫌だよそんなの。どんなに私が覚悟を決めても、本人がこんなに真剣だったらどうしたらいい?
「そんなに好きなら、なんで私に『誰にも渡さない』なんて言うの?」
「え?」
「だって羽音ちゃんのことそんなに好きなんでしょ」
「え? はのん?」
「アリスだよ。有栖羽音。元カノでしょ?」
「…………だ、誰それ???」
「ん???」
私達はその後三分くらい無言で固まっていた。四分後にはお互い無言で首を捻って、五分後には顎に手を当てて考え込んだ。
そうこうしてるうちに馬車は学園に着いてしまって、裏門に回る指示もせずに固まっていたから御者に扉を開けられてしまった。
その途端聞こえてくる甘えた声。
「ルイ殿下ぁ! おはようございまーす!」
仕方なく私達は馬車から降りたけれど、二人で混乱したまま顔を見合わせる。
「もしかして、アリスって」
「うん、このアリス」
私は失礼とは思いつつもヒロイン・アリスを指差した。アリスは私達に日本語に切り替えて話しかけてきた。
「えみりちゃんもおはよう! 昨日はお茶ごちそうさま♡」
「転生者か」
「わぁ! 塁君、話が早い! 久しぶりだね!」
「誰やねん」
「え! 関西弁!?」
なんで? なんで羽音ちゃんは塁君が関西弁だって知らないの? 付き合ってたんでしょ?
「ちょっとこっち来いや」
塁君はアリスの腕をグイグイ引っ張って、私達三人は空き教室に来た。
「塁君強引だね♡」
「馴れ馴れしい。何で自分が塁君呼んでんねん」
「私、えみりちゃんと同じカフェで接客してた『のん』だよぉ♡ メッセージアプリのID書いたカード渡したでしょ?」
「あの店員か」
「連絡くれたじゃん」
「間違いでな」
「ひどーい。遊園地も結局来てくれないしぃ」
「大阪人の『行けたら行く』は100%行かへんってことやからな」
「そんなの知らないよぉ。その後も何回誘っても未読だしぃ」
「その日のうちにブロックしたからや」
え? え? えぇ? 思ってもいなかった展開に、私は目が点になっている。
「だいたい自分のID『wing-note』やったやんか。あんなん羽鳥のwingで覚書とかのnoteやと思うやろが。ややこしいねん!」
「だって羽音だもん! 羽根の音でwing-noteでしょ!」
「羽音やったらbuzzでええやろが!」
「ひ、ひど! それって蚊とかのプーンッて音でしょ!」
「間違いなく羽音や! このスペースレンジャーが!」
「扱い酷くない? 何これ。塁君ってこんな人なの?」
「塁君呼ぶなや。ルイ殿下な」
「ムカつく! もういい! 知らないからね!」
羽音ちゃんはプンプン怒っている。もしかして、もしかしなくても? 羽音ちゃんは塁君の元カノじゃない? メッセージアプリに連絡したのも間違っただけ?
「羽音ちゃん、カード渡した次の週も、その次の週も、塁君がお店に来たら飛んで行ったよね? 付き合ってないのに?」
「だって絶対のんのこと好きにさせようと思ったんだもん」
「あほか。誰がなるか」
「ひど! こんな嫌な奴だって分かってたらカードも渡してないからね!」
「いらんわボケ。俺かて積年の恨みがあんねや」
「恨みって何!? 何もしてないじゃん!」
「自分のせいでえみりに誤解されたまま会えなくなってもうたんや。あのカードさえなければ、俺は何とかえみりに声かけよう思てたんやからな」
ん? んん??
「私のせいにしないでよ! 私だって塁君がえみりちゃんのこと好きだったなんて知らなかったもん! 知ってたら私だって考えたよ!」
さっきからおかしな文脈が聞こえてきている。
塁君が、火曜の彼が、私のことを好き?
嘘。嘘だぁ~。は、ははは。はは……。
「二人が死んじゃってから週刊誌とかネットでちょっと話題になって、それで塁君がえみりちゃんのことずっと好きだったって初めて知ったんだから仕方ないじゃん!」
二人が死んじゃって? 週刊誌とかネットでちょっと話題になって?
『当時色々と騒がれていたので知ったのです』
二人って、塁君と、……私?
『彼は大切な女性を守るために自分の身を挺して亡くなりました』
ホームにフラフラと落ちそうになった時に聞こえた『えみりちゃん!』って知らない男の人の声。あ、あれが、まさか塁君の声? その後助けてくれようとしたの?
私は茫然としたまま塁君を見た。塁君は羽音ちゃんを睨みつけた後、私の方を見て目が合うと照れくさそうに微笑んだ。
「やっと誤解解けた?」




