31.チーム・悪役令嬢
「エミリー、大丈夫か? 真っ青だ」
塁君が私の肩を支えてくれた。昨日まではちゃんと覚悟していたつもりだったのに、自分で思っていたよりショックが大きい。
「ルイ殿下、あの女生徒、気を付けた方がいいかもしれませんよ」
隣の窓から見ていたローランドが塁君に忠告した。
「この棟に入れないよう警備員に言ってくる」
ブラッドがすぐにこの特別クラスのある貴族棟の警備室へ走って行った。塁君の言ってた通り、ヒロインなのに完全にブラックリスト入りしている。
「エミリー、救護室に行くか?」
「だ、大丈夫! 元気!」
「いや真っ青だぞ。無理するな」
「エミリー嬢、実は俺達も昨日からあの女生徒に目を付けられているみたいでね。俺達の婚約者もそれで混乱しているんだ。エミリー嬢も嫌な思いをすることがあるかもしれないけど、ルイ殿下は国民誰が何処から見てもエミリー嬢一筋だから気に病んではいけないよ」
ヴィンセントが私を心配して声をかけてくれた。
「エミリー、私も昨日も今日も目の前でブラッド様に声をかけられて、とても今不安なんです」
「私もですわ。今朝私が隣にいるのにローランド様にすり寄ってこられて……」
「皆様もですのね。私は昨日も今朝も隣にいたのに彼女は全く気にしていない素振りで、まるで以前からヴィンセント様を知っていたように振舞うので怖いんです」
三人の婚約者達が一斉に不安を口にしだした。
分かる。分かるよ皆。ずっと巻き込まれまいとメインキャラとは距離を置いてきたけれど、皆普通の女の子なんだね。ああ、うちでたこパでもして皆と一晩愚痴り大会したい。たこパなら塁君焼くの上手そう。大阪人だもんね。なんて、私は現実逃避して正気を保とうと必死だ。
「とにかく、女性陣は自分の婚約者を信じること。皆突然現れた馴れ馴れしい不審者より、自分の婚約者を大切に思っているからね」
ヴィンセントがフローラの腰を抱いて私達にウインクして言った。
その時、特別クラスにグレイス嬢とユージェニー嬢が興奮気味に入ってきた。
「全く不愉快だわ! なんなのかしら、私に意地悪されるって!」
「呆れた方ですわよね。クリスティアン殿下を狙っているのかしら。許せないわ」
「ええ、本当に!」
「クリスティアン殿下は分け隔てなく優しい方ですものね」
「きっと何処かで優しくされたのを勘違いしているのだわ」
「私達でお守りしなくては」
気高く美しく堂々たる風格の二人は、何故かここに来て共闘を誓っている。
「エミリー様、先程一般クラスのおかしな生徒がエミリー様のお名前を出していましたのでお気を付けになって下さいませ」
「ええ、何を考えているか全く分からない手合いですからね」
二人が私の元まで来て手を握ってきた。目の前にはかつてゲームで散々苦しめられた第一王子と第二王子ルートの悪役令嬢二人、後ろでは側近の三人ルートの悪役令嬢三人が私の背を守っている。
悪役令嬢五人に取り囲まれるという、ゲームだったら絶体絶命のピンチ状態。だけど現実では何故か皆で私の応援をしてくれている。
「は、はい。気を付けます! ありがとうございます皆様!」
私が何とかお礼を言うと、五人はにっこり微笑んで手を握る力を強めたり、背中をさすったり、二の腕をポンポンと叩いたりしてきてくれた。なんかジーンとする。
「やあ、特別クラスの美女六人が揃うと圧巻だね」
「この六人にあの女生徒が勝てる筈もないでしょう」
ヴィンセントとローランドが楽し気に笑っている。
でも、普通の女生徒じゃないんだよ。間違いなく転生者で、裏技とかアイテムとか色々知っている筈で、皆も自分の意志に関わらず好きになっちゃうかもしれないよ? それに羽音ちゃんだったら、塁君だって心動かされるのは間違いないんだよ。
そう思うと、授業開始初日だというのにその日の授業は全然集中出来なかった。
ブラッドのおかげで貴族棟にアリスが来ることはなかったけれど、警備員さんによると何度も何度も入口までは来たらしい。その度に押し問答になって追い返したとのことだった。
私に会いに来たのかな。
転生して誰も知り合いがいなかったら、元日本人仲間に会いたいのは分かる。別に私に何かするつもりはないと思う。ただ日本語で話したり、日本の話をしたいんじゃないかな。
そんな風に思っている私は、まさかアリスがハートリー家に押しかけてくるとは思ってもいなかった。
◇◇◇
「お嬢様、申し訳ございません。お嬢様のご学友だと名乗るものですから追い返すことも出来ませんでした。サロンでお待ち頂いてますが、どうなさいますか。なんでしたらお城へ行っておりますと申して帰って頂きましょうか」
リリーが申し訳なさそうに、帰ってきたばかりの私に告げた。
今日は塁君は我が家に寄らず、城へ真っすぐ帰って行った。ローランドとヴィンセントと共に魔法の訓練をするらしい。入学前から三人はいつも調べ物をしていたり、魔法に関して熱心に取り組んでいる。
だけどそんな日に限ってこんな事態になる。アリスは平民だから徒歩で来たのだろう。貴族だったら馬車が停まっていて、塁君が帰りに気付いて接触しないようにしてくれたと思う。
あぁ、リリーの言う通りにして逃げてしまおうか。
そんな弱気な考えも浮かんでくるけれど、心のどこかで『確認しなきゃ進めない』とも思っている。怖がってばかりじゃ対策できない。真実を受け止めて、そこからだ。
「サロンへ行くわ」
私は腹を括ってサロンへ向かった。
「はじめまして。エミリーです。何かご用でしょうか」
この世界では私達は初対面だ。貴族令嬢らしく丁度いい距離感で我が家のサロンへ足を踏み入れた。
「え、えみりちゃん! えみりちゃんじゃない!?」
そこにいたアリスは私を見るなり立ち上がり、大声で私の名前を呼んだ。
日本語で。
「私、『のん』だよ! 羽音! バイト朝シフト一緒だったよね!」
違いますように、という僅かな希望は絶たれ、かつてのバイト仲間は笑顔全開で私に駆け寄ってきた。




