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30.恋する乙女の不安

 帰りの馬車の中、どんよりしている私を塁君が心配そうに覗き込む。


「なぁ、えみり。平気か?」

「う、うん。ちょっと怖かっただけ」

「俺は絶対アリスのとこなんか行かへんから大丈夫やで」

「でも、あんなにやる気満々なんだよ?」

「いやあれ、俺だけやのうて三人にとってもブラックリスト入りしてんで」

「そ、そうかな」

「そらそうやろ。おかしいもんあいつ」


 塁君が隣の席に移動してきて肩を抱こうとしたので思わず体が強張ってしまった。触れられると照れくささと嬉しさを自覚してしまうから、離れて行ってしまった時を考えると怖くなる。あんなに塁君を狙う気でいる女の子を目の当たりにした直後で、ちょっとネガティブになっている。


「……な、なぁ、えみり。ひょっとして俺に触られるの嫌やった?」

「えっ!?」


 塁君が意を決したように、不安そうに私に聞いてきた。嫌なわけないのに。


「ひょっとして……軽い男やと思うてたりする?」

「え? まさか! そんなこと思ってないよ!」

「ほんまに!? 女好きとか思うてない?」

「そんな風に思ったことないよ」


 前世でもそんなこと思ったことはない。羽音ちゃんにカードを渡されて返事をしたのだって、その時フリーだったのが信じられないくらいだった。塁君からナンパしたわけでもないし、いつもただ真面目に勉強して、クロックムッシュを食べて、たまに隠れてお店の役に立つことをしてくれていて、サービスしたくてもちゃんとお金を払っていく人だった。


 転生して出会ってからはいつもストレートに口説いてきたりするけれど、他の子にしないのだってちゃんと分かってる。女好きなんて思ってない。


「良かったぁ。めっさビクビクしとった」

「な、なんで?」

「一ヵ月会えんで色々考えとったから」

「なんかごめんね。あのね、幻のブドウエビを手に入れたから塁君食べにきてね」

「えっ、ほんまに幻の食材探しの旅、行っとったん!?」

「嘘っぽいけど本当に行ってたよ」

「良かった~~。避けられてんのか思うとった~!」


 ごめん。だいぶ避けてた。


 両手で顔を覆った塁君が大きく息を吐いて『今から行く』と呟いた。今から……。


「ご飯炊いたりするから、すぐ出せないけどいい?」

「なんぼでも待てるわ。久々のえみり飯やもん」


 ものすごく可愛い満面の笑顔でこっちを見るものだから、久々に腕を振るおうと思ってしまった私。惚れた弱みだよね。あーもう、いつもはかっこいいのに時々本当に可愛い顔をするから困る。お腹一杯にしてあげたい。


 その日ブドウエビを堪能した塁君はご機嫌でお城へ帰って行った。





 ◇◇◇





「おはようございまーす!」


 次の日の朝、馬車が校門前に着くと、アリスが攻略対象者達に挨拶をしているのが目に入ってきた。キラッキラの笑顔でローランドに駆け寄っている。隣にはアメリアがいるのに。


「早速好感度上げやな。裏門行こか」


 御者に言って今朝も裏門に止めてもらった。多分これから毎朝こうなる気がする。裏門から入ると特別クラスの教室はちょっと遠くなるけど仕方ない。アリスを避けるためならいくらでも歩く。



 特別クラスの教室に着くと三人がそれぞれ婚約者に神妙な顔で話をしていた。


「レジーナ、何も心配いらない。あの生徒は全く知らない生徒だ。時々あぁいった輩はいるが、相手にしないから君が不安になることは何もない」

「ブラッド様、私としたことが不安を顔に出してしまって申し訳ありません。でもどうしても昨日の今日ですし、あの方の思惑が恐ろしくなってしまったのです」



「アメリア、本当に知らない生徒なんだ。昨日帰りに校門でおかしな話をしてきたが、話半分で帰ってきた。心配いらない。私には君がいるんだから」

「あの方間違いなくローランド様に気がありますわよ。私、私とても嫌な気分ですわ」



「フローラ、君も昨日一緒だっただろう? ただの変な女生徒だよ。何も心配しないで。俺は君が大切だから」

「ヴィンセント様、昨日も私が一緒でしたのに、あの方気にせず貴方に声をかけてきました。私など何の障害にもならないかのようでした」


 どうやらアリスのせいで婚約者達が不安になって、三人ともそれを宥めているようだ。


 うぅ、彼女達のあの不安、めちゃくちゃ共感する。胸が苦しくなって、顔がヒヤッとなって、息が詰まったような焦燥感に襲われるんだよ。攻略対象者達、どうか彼女達を大きな愛情で安心させてあげて。


「好感度上げどころか嫌悪感急上昇のようだな」


 塁君の言った通り三人とも全くときめいてはいなそうだ。



 そうこうしていると、窓の外から女性の金切り声が聞こえてきた。


「平民の分際で軽々しく第一王子に声をかけてはなりません!」

「貴女クリスティアン殿下に触れようとしましたわね!? なんという不敬な!」

「え? グレイスは分かるけど、なんでユージェニーまでいるの? ユージェニーはルイ王子の婚約者じゃないの?」


 窓の真下でクリスティアン殿下とグレイス嬢、ユージェニー嬢、そしてアリスが言い争っている。


「呼び捨て!? なんて無礼なの! 様を付けなさい!」

「まぁまぁ、君達。君は昨日の新入生だよね? 特別クラスの高位貴族の生徒には敬称を付けるのが普通なんだ。今後は気を付けてね。あとは身分が下の者から上の者に声をかけてはいけないとされているから、むやみに話しかけてはいけないよ」

「クリスティアン王子、婚約者はどちらなんですか?」

「どちらって……。僕にはまだ婚約者はいないんだ」

「えぇ! じゃあ私、グレイスに意地悪されないんだ!」

「なっ! 呼び捨て! それに私に意地悪されるって何なんですの!? 不愉快だわ!」

「ユージェニーもルイ王子の婚約者じゃないんだ? じゃあ誰?」

「貴女、様を付けなさいと言ったでしょう!」


 私は女子三人の様子に青ざめながらも、最後のアリスの言葉に一瞬怯んだ。逆ハー狙いだし違うだろうと思いながら、まだひとかけらの『羽音ちゃんだったら』っていう気持ちが残っている。


「ルイの婚約者はエミリー・ハートリー侯爵令嬢だよ」


 クリスティアン殿下がアリスの質問に答えた。私の心臓が早鐘を打つ。


「え? 噓でしょ?? エミリー・ハートリー??」

「貴女、様を付けなさい! 王族の婚約者相手なのよ!」

「本当に教養のない平民だこと。行きましょう殿下」


 アリスが私の名前に反応した。してしまった。


 私を知っているの? まさか、まさか。


「えー! えみりちゃん? 嘘! 特別クラスですか!?」



 ああ、そのまさかかもしれない。







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