3.二人の王子
「今日は来てくれてありがとう。楽しんでいってくれ」
第一王子のクリスティアン殿下が皆に挨拶をして着席した。お隣はグレイス嬢だ。うんうん、ゲーム通り。
クリスティアン殿下は少しウェーブのかかった銀髪を後ろで一つに結わえている。私より一つ年上の十四歳だが、もっと大人びて見えるほど鷹揚で落ち着きがある。
美しいサファイアブルーの瞳を柔らかく細めるその姿は、年頃の乙女達が夢に描く王子様そのものだろう。
そして無言で着席した第二王子のルイ殿下は、無表情で背もたれに体重をかけ視線を下げている。お隣はユージェニー嬢だ。うんうん、こっちもゲーム通り。
サラサラで真っ直ぐな銀髪は首にかかる程度の長さ。瞳はクリスティアン殿下より少し薄いマリンブルー。同い年の十三歳だが落ち着いているというよりは冷たいイメージだ。
ルイ殿下はゲームでも表情の乏しいクールなキャラで、心に傷を抱えている設定だ。
幼い頃に強大な魔力を持て余し、魔力暴走を起こしてクリスティアン殿下に怪我をさせてしまったという過去がある。そのせいでクリスティアン殿下は利き腕を負傷し、今も痛みが残っている筈だ。
剣を持ち、ペンを持ち、カトラリーを持つ利き手。
全てに支障をきたすにも関わらず、兄は弟を決して責めず、ゲーム時点でも人知れずリハビリを続けていた。それにずっと負い目を感じ、心を閉ざしてしまうのがルイ殿下だ。
心優しい甘々王道胸キュン王子様と、母性本能くすぐるクール系王子様はどちらも人気だった。
私はルイ殿下推しだったから今回初めて生で見れたのはちょっと嬉しい。
一生懸命話しかけるご令嬢達全てに笑顔で応えるクリスティアン殿下。完全無視で誰とも視線を合わせないルイ殿下。
私は十五人もいる中の一番遠い席なので、話しかけることも物理的に難しいがそれでいい。
なるべく顔も向けないように、視界の端に入れて推しを堪能する。
ああ、推しの目が死んでいる。尊い。
「ルイ」
クリスティアン殿下が一声かけると、ルイ殿下は仕方なしにご令嬢達の方へ顔だけ向ける。だが視線は常にテーブル上で、目には何の輝きも無い。控えめに言って表情筋が死滅している。
「ルイ殿下、今年の狩猟会はご参加されるのですか? 我が家は昨シーズン優勝致しましたので今年も参加する予定です。狩った獲物は全て殿下に捧げますわ」
「私の家門も狩猟は得意とするところですわ。よろしければ我が領地の狩場でご一緒にキツネ狩りは如何でしょう?」
「それなら我が領地でウサギ狩りをお勧めしますわ。ウサギの毛皮は質が良いですから」
ルイ殿下は全く興味を惹かれないようで眼球を動かすことさえなくそこに居た。
気を遣ったクリスティアン殿下が『以前、御父上のマクレガー侯爵からもウサギのシチューの話を聞きましたよ』と助け船を出すが、ルイ殿下は話に入る気配すら無い。
なんというぶれない塩対応。尊い。
「我が領地のウサギは臭みもなく、とても柔らかく美味しいと評判ですの。弟なんて美味しいからと食べ過ぎて、母は『ウサギみたいにすばしっこくなるわよ』なんて叱るのですわ」
マクレガー侯爵令嬢がそう発言した後だった。
ポツリと。
ルイ殿下が小さく呟いた。
恐らく誰も分からない言葉を。
死んだ目のままで、テーブルの上を見たまま、ポツリと。
「…………なんでやねん」
な
ん
で
や
ね
ん
?
なんでやねん???
私は強烈な雷の直撃を受けたように総毛だった。
今聞いたのは、日本語。
しかも
関西弁。
周りは意味のない六文字の音の羅列に『え?』という顔をしているがルイ殿下は変わらず無表情で。
それきり何も言わないルイ殿下にご令嬢達は気を取り直し、マクレガー侯爵令嬢の話に『あらやだうふふ』などと返している。
私はあまりの衝撃に口からポロッとマカロンを落としてしまった。はしたないとか今はそれどころじゃない。
頭の中でグルグルと思いを巡らす。
まさか、まさか。
ルイ殿下も転生者なのでは??
なのにあの死んだ目、無表情、コミュ力0の佇まい、ご令嬢達全員を無視できる鋼メンタル。
いやゲーム通りだな??
おかしいな。転生者でも同じ行動を取るものだろうか? 普通色々と回避したりしてシナリオと違ったキャラになっているのでは?
このゲームをしたことがないのに転生してしまったのだろうか? あ~有り得る。
だったらシナリオと同じ運命に翻弄されても仕方がない。
ああ、喉から手が出るほど日本の話をしたいけど、メインキャラに関わるのは得策ではない。
今までは自分の料理を味わうことだけで前世を確信していたけれど、他にも元日本人がいるなら本当に心強いし嬉しい。
だってあの記憶にある日々が嘘じゃない。
私は病気なわけじゃない。
今の一言だけでこれからこの世界で生きていける気がする。
ああ、その『なんでやねん』、ありがとうございました!
よし今日のお茶会は大収穫!
はぁ、心なしか紅茶がより美味しい……。
私は隅っこの一番端の席だったことで油断した。
思わず口から出てしまった。
「…………マジかぁ」
誰にも聞こえていない筈の私の小さな小さな呟きを、聞き逃してはくれない人がいた。
たった一人だけ。
一番遠い席のルイ殿下が強烈な雷の直撃を受けたような顔で私を見ていた。
何の輝きも無かったマリンブルーの瞳にはキラキラと輝きが宿っていた。