28.どうする出会いイベント不成立
アリスはその後、気を取り直して階段へ向かった。ローランドが落としたプリントを拾うためだろう。
「ローランドルートに変えてきよったな」
塁君以外のルートなら誰でも有難いんだけど、なんだか嫌な予感がする。
予感は当たって、待てど暮らせどローランドは現れなかった。
「ローランドも何してんねん……」
「アリス階段の上り下りすごいしてる」
「コンドロイチンのCMか」
十五回ほど階段の上り下りを繰り返したアリスは、それでも現れないローランドを諦めて仕方なくベンチへ向かう。ヴィンセントがうたた寝してるはずのベンチだ。でもここに誰もいないのは私達からは既に見えている。
そしてベンチが無人なのを見たアリスは、しばらくベンチに座って待っていた。キョロキョロ周りを気にしてヴィンセントを探していたけれど、ヴィンセントの姿は何処にも無かった。
やがて諦めて塁君に会うべく桜の木に向かって行った。だけど塁君はここにいるから勿論現れない。
「後は兄さんやな」
クリスティアン殿下と出会う筈の廊下へ向かったアリスは、あちこちで時間がかかってしまったせいでいい具合に入学式に遅れ気味だ。
「ていうか私達も入学式遅れちゃうけどいいの?」
「かまへん」
そして遂に、廊下でウロウロしていたアリスはやって来たクリスティアン殿下に声をかけられた。
満面の笑みで講堂に案内されるアリス。
やっと、やっと、出会いイベントが達成された。他人事ながら胃が痛くなった。どうなることかと思ったよ。
「ふぅ。結果的に兄さんルートでええんかな?」
「だけど全員との出会いイベントを起こしに行ってたのが気になる」
「ブラッドルートがあかんかったから次行ったとかやなくて、はなから逆ハールート狙いかもしれへん。まだまだ油断できひんな」
「これからも全員の好感度上げに来るかもしれないね」
「せやけど誰か一人でも好感度一定以上に達してへんかったら、逆ハールートは入れへんから、俺がいる限り無理やで」
そう言ってまた拳を握り締めている。すごい気合いだ。どうしたんだろう。
「俺は行動で示すから!」
「う、うん」
「俺が一途やって分かってもらえるまで頑張るから!」
「うん?」
一途だったら今も羽音ちゃんへの気持ちが残ってるんじゃないのと胸がチクッと痛む。
「それにしても現れなかった皆はどうしたんだろう?」
私は関与してないところでシナリオが変わっていることに首を傾げた。
「ひょっとしたらやけど」
「うん」
「皆最近婚約者とラブラブやねん」
どういうこと?
ゲーム内での攻略対象者は、親が決めた婚約者とはまずまずの関係だった。表立って嫌っているわけでもなく、愛しているわけでもなく。決められたことだから、という態度だった。
令嬢達は婚約者に尽くしている方が多かったけれど、男性陣は義務として受け入れていた。そこに現れた自分の心を揺さぶるヒロインに夢中になってしまうのだけれど、ラブラブだというのならヒロインに気持ちが傾いたりしないのだろうか。
現実ならとても誠実で素敵だけど、ゲームとして成立しないんじゃないかな。
「俺とえみり見て羨ましい言うてな。親が決めた相手でも出来たら仲良うしたいって言うて」
「えっ、そ、そうなんだ」
なんだか恥ずかしい。というか、それなら出会いイベント不成立に私達が影響してるってことじゃないか。
「ゲーム内と微妙に設定変わってまうけど何とかなるやろ」
そう言って塁君が抱きしめてきたので私は慌てて腕を引き剥がした。
「入学式出よう!」
「えみりが足りひん。ちょいギューさせて」
「はいギュー!」
私は塁君と握手して思いきり手を握ると物置の扉を開けた。
「そんなんあり?」
不服そうな塁君を無視して講堂に向かうと、クリスティアン殿下以外の攻略対象者全員が婚約者と並んで整列していた。私達も列の後ろにこっそり並ぶ。
よく見ると手を繋いでいたり、腰を抱いていたり、ネクタイを交換していたりして本当にラブラブだ。
ちなみに私と塁君も今朝馬車の中でネクタイは交換した。
ゲーム内でも好感度がマックスに近くなるとヒロインと攻略対象者はネクタイを交換する。この学園では恋人同士の証明のようなものである。
攻略対象者達と婚約者がイチャイチャ整列してる様子を、離れた列からアリスが見ていた。
一目見てわかる程、アリスはかなりショックを受けている。これは本当に逆ハールートを狙っていたのかもしれない。
婚約者のいる攻略対象者との出会いイベントはことごとく不成立になったけど、まだ逆ハーを諦めてなかったらどうしよう。
どうか穏便にクリスティアン殿下単独ルートに入って下さいと願ってしまう。
緊張して様子を窺っていたら隣の塁君が私の肩を抱いてきた。
「ど、どうしたの??」
「アリスが見てるから俺達も仲睦まじいところを見せつけよう」
「う、うぅ」
「好きだよエミリー」
公用語で言われると本当に照れる。
視界の端にいるアリスは本当に私達を凝視していて、『うげ』みたいな顔をしている。これは皆以上に仲の良いところを見せないと、『隙あり』と思われて塁君ルートに入られてしまうかもしれない。
恥ずかしいけど、ここはもう勇気を出してやるしかない。
私は首を傾けて、肩を抱く塁君の手にほっぺを乗せて甘えてみた。
「エ、エミリー……!」
塁君の手がピシッと固まって、思わず顔を見ると衝撃を受けている。どうしよう。やり過ぎたかな。恥ずかしい。やめておけばよかった。
どんどん顔が熱くなる。
「ほっぺ、柔い。可愛い。ヤバい。可愛い」
塁君の語彙力が死んでしまった。
「ご、ごめん」
耳まで熱くなって俯いた私に塁君は『い、いや、もっとして』と言ってほっぺをフニフニ手の甲でさすり出した。
「うわ……可愛い。エミリー可愛い……」
ブツブツ言ってほっぺを撫でてくる。
私はいつもと違う塁君の様子に困惑しながらも、ふと視線を感じた。
顔を上げると攻略対象者四人と婚約者三人の全員が私達を見てニヤニヤしている。
そしてその向こうではアリスが『もうお腹いっぱいですぅ』って顔をしていた。




