26.来栖塁②
三回生の夏、俺は毎週月曜夜に大学の先輩ん家に泊まってゲーム実況の手伝いをしとった。色んなジャンルのゲームをやったけど、突然俺だけ乙女ゲームっちゅうのを渡された。
『女嫌いの塁に女心を理解するためのゲームを授ける』
『なんでやねん……』
『このゲームに出てくる王子がルイ・クルスって奴なんだよ。すげーだろ。ルイ王子含めハイスぺ男子を攻略しに来るヒロイン操ったら周りの女心が分かるかもしんねーぞ』
『しょーもな』
『俺もやってみたけど第一王子以外全然ダメだった。だから塁、頼んだ』
俺は自分が努力してきた分、女の子も何でも一生懸命やる子がええ。男に自分の人生何とかしてもらおう思てるような女は嫌や。そう思て一回生と二回生の時に同じ医学部の女に告白されて付き合うたりもした。彼女らは努力は絶対にしてきとるから。せやけど両方とも選民意識が強うて何か合わへんかった。
その後は誰とも付き合わんで来たけど何も困ってへん。むしろ快適や。それを先輩は『お前は女のあざとさに騙されねーもんな。見抜き過ぎも不幸だぞ』って言うねん。あざとさにコロッと騙される方が俺は嫌やけど。
俺はやり始めたら徹底的に何でもやり切る性質やから、この乙女ゲームも完全攻略したった。はっきり言ってヒロインは好かんタイプや。
親が決めた結婚とはいえ婚約者っちゅう約束事を交わした相手がおる男どもに近付いてって、やたらコケる、八方美人、ぶりっこ、聖人君子、突発性難聴、チート、聖女認定された途端略奪。どこがええねん!
同じ名前だけにルイ王子ルートはイライラしっぱなしやった。兄貴怪我させたんやったら兄貴本人と向き合わんかい。なんで会うたばっかのヒロインに励まされてトゥンクやねん。あほちゃうか。いや、あほちゃうかやないな。あほや!
兄貴も兄貴で落としたペン拾われて後遺症に気付かれて、後日ほっとかれへんとかいう理由で治癒魔法で治されてトゥンクて! ちょろい! ちょろスティアンや!
ローランドにもヴィンセントにもブラッドにも言いたいことは山ほどある。
ルイも含めて男全員、婚約者に不満があるんやったら一遍きちんと向き合うてみんかい。それでもあかんかったら正式な手続き踏んで解消せぇや。何で次の相手見つけて自分だけ保険かけてから婚約者捨てんねん。こっすい男どもや。潔く独り身になってみぃ。話はそれからや。そんで聖女ぶって実は裏で手綱握っとるヒロインのどこがええのか教えろや。
◇◇◇
俺はいつも先輩の家に泊まった次の朝、そこの最寄り駅近くの店でモーニング頼んで大学始まるまで勉強しとった。いつも道路に面したカウンター席や。
向かいの店も早朝モーニング営業しとんのやけど、一回も行ったことはなかった。なんか可愛らしい店で店員も女が多そうやったから。
毎週毎週同じ席からその店を何とはなしに見てたんやけど、ある日見た事ない子がテラス席の掃除に出てきた。新人さんやな。めっちゃ色白。今の女は色白に見せるクリーム首にも手にも塗りたくってるらしいからな。ほんまもんか分からんな。
その子はテーブルの縁まできっちり拭いて、椅子の背もたれも座面も全部隅々まで綺麗にしとった。いっつもここから見とったら四角いテーブルを丸く拭くような子も多い。椅子の背もたれも一番上拭いたらええ方や。せやから『この子ちゃんとしとんなぁ』思たのが最初の印象や。
次の週その子は黒いTシャツを着とって、襟ぐりも袖も白いクリームは擦れてへんかった。窓を拭くのに伸びあがった時にチラッと脇腹が見えたんやけど、見えてるとこよりもっと白うてほんまもんの色白やって分かった。
白系ロシアの血でも入っとるんやろか。よう見たら透き通るようにピンクがかった色白さんで、なんか顔も可愛かった。でもああいう子は私可愛いって分かっとるからな。怖い子も多いねん。
その店の両脇の店は早朝営業してへんから閉まってんねんけど、その子はいっつも隣の店の前に捨てられとるペットボトルやらゴミまで拾うとる。誰も見てへんのに。隣の店の人らにお礼も言われへんのに。
出勤前に見かけた時、肩にかけとるバッグから植物の肥料取り出して店の花壇に撒いとった。頼まれてんのか思たけど、また両隣の店の花壇にまで撒いとって、こらただのお人好しやって気付いた。
なんか立ち居振る舞いやら、雰囲気やら、一目で東京の子やない分かって、この子大丈夫なんか? 悪い奴に食いものにされへんか? って心配なるレベル。
ある火曜日、いつもよりだいぶ早う出てきたせいで店も開いてへん。道端でスマホいじってたらあの子が歩いとった。だいぶ早いけど大丈夫なんか?
案の定その子のバイト先もまだ開いてへんかって、店の裏口辺りで待つことにしたらしい。
朝早過ぎて誰もおらへんし油断したんやろな、その子の方から何か変な音がして、つい見に行ってもうた。その子はイネ科の雑草、多分スズメノテッポウの芽のとこ口に入れて草笛吹いとった。プープーあほっぽい音がしとる。あほな音源ランキングつけたら新喜劇の次に来そうな音や。
あかん。笑たらあかん。誰にも見られてへん思とるんやから可哀想やん。俺は慌てて元いたとこまで戻った。ほんの三十秒もせんで音はせんようなった。ちょっとだけしてみとうなったんやなぁ。見てもうてごめんなぁ。
それから毎週その子が気になって向かいの店をよう見るようになった。掃除はいつも変わらず手ぇ抜かんでやっとる。その後着替えて清潔な服で接客しとるのもちゃんとしとんなぁ思う。他の子達は掃除したままの服やから。そのうち厨房スタッフみたいな恰好になって、接客から厨房に移ったんやと分かった。料理出来んねや。ふーん。
店出たら向かいの店のボードに『クロックムッシュ』の文字があった。あーここあるんや。食うてみたいな。三年前の旨さを超えられるかな。だけど女が多そうで入りづらいねん。
そう思てしばらく入られへんかった。
そのうちその店のSNSであの子がクロックムッシュを作っとることが分かった。『厨房スタッフのえみりん』って書いとる。えみりんね。ふーん。
秋の終わりくらいにその店のテラス席にバブリーおばちゃんがおった。うわ奇遇やな。出勤前におしゃれモーニングかいな。バブリーは一人で席に座っとんのに二人分のクロックムッシュを並べて写真を撮りまくっとった。連れが来んのやろと思てたけど、誰も来えへんうちに『代金払わん』てバイトの男とモメ始めた。何しとんねん。
イ〇スタか何かにあげるために写真だけ撮りたかったっちゅうことやな。セコいなー。稼いでんのやから払えや。
俺は柄にもなく、あの子が作ったもんがこのまま捨てられんのか思たら、なんやあの子の泣き顔が頭に浮かんでもうて、気付いたら店出てバイトの男に『俺が買う』言うとった。
そいつは何遍も『作り直します』って言うてきよったけど、それじゃ意味ないねん。これを救いたいんやから。『では割引します』言うけどそれもいらんねん。あの子の働きに正当な価値を付けたい、そんな気持ちになってもうた。
あーそうか。俺は、好きなんや。
いつの間にか、好きになっとった。色白でちっこい可愛い働き者。
大学で昼飯に食うたそのクロックムッシュは三年前を超える味やった。




