25.来栖塁①
俺は物心ついた時から勉強が得意やった。両親は二人とも医者やから、俺も当然医者になるつもりで育ってきた。
おかんはごっつ怖いんやけど、見た目はまぁまぁ美人や。俺はおかんに似たから昔からようモテた。別にそれでイキッたりしたことはあらへん。何でか言うたら女は苦手やから。
中学受験で関西一の進学校に合格した俺は、受験終わって登校したら誰にも言うてへんのに学年中にバレとった。せやから小六のバレンタインデーは地獄やった。チョコ持ってきたらあかんて校則やのに学年中の女子に呼び出された。今までテストでライバル視してきとった女子まで、目の色変えて擦り寄ってくる。しまいに下校途中に同級生女子のおばちゃんまで待ち伏せしてきて、なんや高いケーキ渡してこようとしよった。『うちの〇〇と卒業しても仲ようしたってなぁ』言うて。
家帰ってもピンポンピンポンすごかった。全部居留守や。それやのに一方的に郵便ポストや宅配ボックスに入れてかれて恐怖しかなかった。
卒業式も終わったら猛ダッシュで帰ったった。うちの親に女子の家族ばっかり近付いてきとったから。
家着いたらまだ十二歳の俺におかんがさらっと言いよった。
『塁、あんたはもう婚活市場の優良物件やで。色んな女の子が塁狙うて近づいてくるで油断したらあかん。よう目ん玉見開いて、塁のことほんまに好きでいてくれんのか見極めなあかんで。ええ子やったら塁も全力で捕まえに行くんやで』
中学入ったら男子校やから楽やったけど、文化祭で他校の女子に囲まれたりしてうんざりしたことも多い。そん時に俺は知った。男にも『青田買い』いう言葉を使うってこと。グループでキャーキャー言いながらお姉さん達が『青田買い青田買いw』言うて笑いながら男物色しとった。
大学で東京出てきても同じようなことはようあった。部活見学行ったら他大学女子のマネージャーは多過ぎるくらいおるし、なんやベタベタ触ってくるし。
同じ大学の他学部の女子にもよう声かけられた。なんか大学のシステム的なこととか行事のこととか教えてくれ言うて。同じ学部のやつに聞けばええねん。結局教えてもいなくならんし何やねん。
後で知ったんは、医学部の男は女慣れしてへんから『ボディタッチ・教えて攻撃・微笑みかける』で落とせるゆう認識があるんやて。なめとんのか。
最悪なんは親睦会言われて連れてかれた飲み会が実は合コンやった時や。相手はモデルや女子アナもいる選りすぐりのメンバーやったんやて。何で俺が、思たら同級生が『俺のイ〇スタにあげた写真の後ろに塁が写ってて、今日連れてきたら合コンしてくれるって言うからさ。悪いけど今日だけ頼むわ。塁にとってもオイシイし、いいよな』言うてきた。何やそれ。何もオイシくないわ。
端っこ座っても代わる代わる隣に来てベタベタ触るし胸押し付けてきたりしよる。あからさまで何も嬉しない。むしろしんどい。
電話来たふりして一旦外出て戻った時に、相手のお姉さん達の声が女子トイレの方から聞こえてきた。
『あの背の高い塁君、マジ手出さないでよ私のだから』
『何言ってんの。皆狙ってんだからね』
『他の男だって医学部なんだからいいじゃん』
『顔面の偏差値も大事ですからー』
『塁君はー、顔ー、学歴ー、高身長ー、はいきたー』
『マジ青田買いなw』
『それなw』
俺は金だけ置いて先帰った。
顔も、学歴も、身長も、全部俺を構成するもんやけど、中身なんて誰も見てへん。
ちょい喋ったら『関西弁可愛い~』『なんか面白いこと言って~』『すべらない話~』とか言われる。何話そうとしたかはどうでもええんやな。しまいにエセ関西弁まで聞かされる。
『なんでやね~ん』
ムカつく。アクセントは『な』やない。『で』や!
こうして長い年月かけて俺の女嫌いは着々と培われてった。
◇◇◇
昔からやさぐれると、札幌に住んどるおかん方の従兄弟の家に遊びに行っとった。北海道は空が広うて地平線が見えたり、何やスカッとするから気持ちええ。食いもんが旨いのもええ。
従兄の翔は三ヵ月だけ年上の同い年、従弟の昴は二つ下。二人とも大らかやから一緒におると楽しいねん。おかんとおばちゃんは元埼玉県民やから、おばちゃんも翔も昴も全然関西弁は喋らへん。うちのおかんは大阪住んで長いからゴリゴリの関西弁やけど。
小学生の時は受験が本格化するまでは夏休みの度に行っとった。七夕が八月七日でビビったけど、一緒に歌うてご近所さん回ったりして楽しかった。
『ろうそく出せ出せよって自分で歌うてんのにほんまにろうそく出されて不貞腐れてんの何でなん?』
『これはお菓子くれって暗黙の了解だべや』
『歌詞変えたらええんちゃう?』
『……そうだな。塁、なまら賢い』
俺達は自作の歌詞でご近所回って袋いっぱい菓子もろた。ハロウィンみたいや。
とにかく翔と昴とは食いもんの思い出が多い。あちこち行って色んなもん一緒に食うた。あいつらが大阪来た時もあちこちで旨いもん食うのがお決まりやった。ユニバより天六みたいなやつらや。
高三の夏に何年かぶりに札幌に行った。俺は受験生やったけど避暑と息抜き兼ねて二泊三日の贅沢な休日や。
翔と昴は高校の学祭でおらんかったから俺はおばちゃんちで勉強しとった。夕方頃、翔が帰ってきて差し入れやって紙に包まれたサンドイッチみたいなもんをくれた。そういえば腹減ってた。
『旨い。なにこれ? 手作り?』
『今日学祭で買ってきた。昴のクラスの出し物がカフェでさ。昴の好きな子が作ってんの。兄貴として売り上げに貢献するために大量購入してきた』
『ええ兄貴やん。昴はリア充なん? 帰ってきたらどついたろ』
『それが片思いらしい。めんこいめんこい言ってるわ。後夜祭の花火誘うつもりらしいけど』
『青春やな~』
翔も受験生やから後夜祭出んと帰ってきとったけど、まぁ翔も俺も受験は結構余裕やと思う。
『ただいま……』
『あれ、はやない? 後夜祭は?』
『なんで塁知ってんの』
『翔に決まっとるやん』
『俺が言った』
『用事あるって帰っちゃったーー』
『ぷっ。まじか。ドンマイやで』
『隣のおばあちゃん家の犬の散歩頼まれてるって』
『『え』』
『昴、それ体のいいお断りちゃうの』
『いや、悔しいから家まで送って行ったら、ほんとに隣んち行って柴ワン連れて出てきた。可愛いでしょ小鉄~とか言って』
『う、嘘やん。あははは! 最高や小鉄!! あはははは!!』
『塁殺す』
『塁殺すならバン言ったら勝手に死んでくれるから』
『バン!』
『うっ、やられた……。お、俺はここまでや、アップリケ刑事……』
『誰だよw』
『ダイイングメッセージ書いてんじゃねーよw』
『こて……って書いてあんじゃん。小鉄かよww』
『古手川祐子や』
『『なんでだよw』』
俺はそん時食べたサンドイッチみたいなんがクロックムッシュっちゅう食いもんやって、後で昴に言われて初めて知った。めっちゃ旨い思て、もっかい買うてきてって言うたけど学祭は終わっとって無理やった。
もっかい食いたい思てカフェとか行っても無い店が多い。見つけても何か味がちゃうねん。あんな学祭で高校生の素人が作ったもんが一番旨いっちゅう不思議。
それが三年以上経ってから東京で味わえることになるとは思わへんかった。




