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22.羽鳥えみり①

 大学進学のために札幌から東京に出てきてもうすぐ二年目。まだまだ東京の路線の多さとラッシュに慣れない私は、うんと朝早くに大学最寄り駅に到着する。駅の構内で迷っても、乗り換えを間違っても、余裕で間に合う時間に家を出るとこうなる。


 早朝からモーニング営業している可愛いカフェが私のバイト先。駅にも近いし、朝派の私がバイトするのにちょうどいい。最初は東京のカフェなんてオシャレな場所で私なんかが働けるかなって不安だったけど、皆あっさりと受け入れてくれた。


 朝シフトの皆に賄いで簡単な朝食を作ったら思いのほか好評で、店長が『簡単なメニューだけ作ってみる?』って提案してくれた。バイト代もちょっと上がってすごいラッキー。店長ありがとう。


 何より自分が作ったものを美味しいって誰かが食べてくれるのが嬉しかった。


 まだまだ半人前の学生で、親元離れて心細くて、大学とバイトだけの日々。癒しは寝る前に乙女ゲーでイケメンと疑似恋愛するっていう生活。我ながら青春を無駄にしてる気はするけれど、お客さんが私の作った料理を美味しいって食べてくれると心が満たされるのを感じてた。


 東京で何処か浮いている気がする自分にも居場所が出来たような、役に立っているような気分になるんだ。



 バイトを始めて二ヵ月目、私が作るクロックムッシュが隠れた人気になりつつある。SNSで写真を見た時は腰が抜けそうになった。嬉しいな、嬉しいなって思いながら、いつも心を込めて調理した。食べたお客さんが今日も一日元気で良い事がありますようにって念じながら。


 ある火曜日、道路に面したテラス席から言い争う声がした。バイト仲間の男の子がお客さんとトラブルになっているようだった。


 私は厨房にいたからよく見えなかったけど、聞こえてきたのを解釈すると、どうやらお客さんがクロックムッシュを二人分オーダーして、言われたまま二人分提供したのにどちらもキャンセルすると言っている。口を付けてないからお金は払わないと。


 私何かやっちゃった? ちゃんと作ったつもりだったけど、美味しくなさそうだった? そうだったらどうしよう。ごめんなさい。もし必要なら謝りにいこうと思っていた。


 しばらくするとバイト仲間が厨房にクロックムッシュを二皿持って戻ってきた。手を付けてないとはいえ、もうゴミ箱行きなのかなと悲しい気持ちになっていたら、『テイクアウト用に包んでもらえる?』って高揚した様子で言ってきた。


『通りすがりのイケメンが勿体ないし俺が買うって言って、流石に新しいものを作り直しますって何度も言ったんだけど、それでいいからって。もー、いい人過ぎ! せめて割引をって言っても、それもいいからって。これはもう、俺のおごりでドリンク付けよう!』


 バイト仲間はいそいそとLサイズのドリンクを準備し出した。


 私はそんな人がいるんだってドキドキした。東京は皆冷たくて他人に興味が無いなんて言われてるけど、そんなことないのを私は知っている。地方出身者もたくさんいるし、元々東京住みの人達もとても優しい。今日だってこんな、ドラマみたいな、キラキラしたことが起こるんだ。


 私は自分が作ったクロックムッシュの救世主をチラッと厨房から覗き見した。


 バイト仲間がその人に紙袋を渡す。受け取ったその人は、長身でスラッとしていてクールなイメージのかっこいい人だった。東京にはかっこいい人がいるんだなぁ。


 心の中で『ありがとー!!』と叫ぶ。


 代金よりも何よりも、心を込めて作ったものが捨てられることなく、食べてくれる人の元へ旅立ったことが嬉しい。


 次の火曜日、バイト仲間がその人を見かけてうちのお店に呼び込んだ。すっかり恩人と思っているようで、オーダーのクロックムッシュセットに勝手におごりでヨーグルトを足していた。でも会計でしっかり払っていかれていた。


 次の週もその人は来てくれて、またクロックムッシュを頼んでくれた。口に合ったと思うと嬉しいし励みになる。綺麗な顔に似合わず男の子らしく大きな口で食べるのが見ていて気持ちがいい。たまに動きが止まって味わっているのもまた嬉しい。


 少し経ってそのバイト仲間が辞めても、毎週火曜に彼は来てくれた。


 何度か私の出勤より早く、近くを歩いている彼を見かけたことがある。その時にうちのお店の前に捨てられてた空のペットボトルを拾って捨てに行ってくれていた。ゴミ箱遠いのに。誰も見てないのに。うちのお店もまだオープン前で、誰にお礼を言われることもないのに。


 料理が出来るのを待つ間いつも勉強しているから大学生だと思う。私は調理担当だから話したこともなく、離れたところからチラ見するだけだけど、時々彼の人柄が垣間見える瞬間がある。


 例えば誰もいない隣のテーブルのお砂糖が空だった時、さり気なく自分のテーブルのお砂糖を半分移動させていたり、折り畳み式のバゲージラックが倒れていたら、さり気なく直してくれている。全部スタッフがいない時に。


 スマートでちゃんとしてる人だなぁと思うと興味が湧いた。そしていつの間にか火曜を楽しみにしてる自分に気が付いた。


 寝る前の日課の乙女ゲーに出てくる攻略対象の王子にちょっと似ていると気付いてから、その王子ルートばかり周回してしまう。


 心に傷を持つ無表情のクールな王子。火曜の彼はお店ではいつも無表情だけど、本当は優しいって知っている。王子もヒロインが攻略を進めると少しずつ心を開いていって優しくなる。その辺りでいつもキュンキュンする。いいなぁ、両想い。


 中学高校と彼氏がいたこともなかったから、想い想われるってどんななのか憧れる。いつも私はいじられキャラで、男子も私を女だとは思っていなかった。私も男子を特に意識していなかった。


 友人達が体育祭だ、文化祭だとイベントの度にカップル成立しているのを横で『わぁー、おめでとー!』と見ていたら、いつの間にか恋愛初心者は私だけ。ボーッとし過ぎた。


 そんな鈍くさい私だけど、火曜日の彼にドキドキしたりキュンキュンしたりする自分に気付いてしまった。厨房担当の私は彼の視界に入ることなんてないのに、火曜はちょっと前髪を気にしたりした。我ながらバカみたい。


 ある火曜日、思い立ってクロックムッシュの表面に押すメッセージを変えてみた。『THANK YOU EVERY TUESDAY』『毎週火曜日のご来店ありがとうございます』


 きっと皆には大したことじゃないよね。でも私の心臓はバクバクで、厨房からチラ見することも出来なかった。下げられたお皿を見ると完食してくれているのが嬉しい。『キモ』とか思われて残されたら心が折れる。


 次の週も私の焼きごてメッセージは続いた。何回目かで勇気を出して厨房からこっそり覗くと、彼はパンの表面を見てにっこりと微笑んでから食べてくれていた。その姿にもう死ぬほどときめいてしまった私は、一日中フワフワしていて大学でも友人達に揶揄われた。でも揶揄われるのさえ初めてだから嬉しい。


 私にも遂に好きな人が出来たんだ。







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