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216.大業を成し遂げたい

 マクレガー家の息子は痛風と野兎病に罹っとった。痛風はウサギ肉の過剰摂取、野兎病はウサギ狩りの時に感染したんやろ。



 野兎病は野兎病菌いうグラム陰性桿菌が原因で起こる人畜共通感染症や。感染したウサギから直接、もしくはマダ二を介して感染する熱性疾患なんやけど、ヒトからヒトへ感染せぇへんのは不幸中の幸いやった。マクレガー家本邸で野兎病に感染しとるのは息子一人だけやったからな。


 バイオセーフティレベル3の細菌やけど、バイオテロが考えられるあらゆる病原体に対応したワクチン、抗微生物薬、消毒薬は作製済みや。マルスの一件でその辺は抜かりなくしとんねん。



 たった一人の感染者である息子。数ヵ月前から痛風発作で歩けず、ベッドの上で過ごす日が多かった。マクレガー侯爵夫妻は哀れな息子にせめて好物を食わしてやろうと、ウサギ肉ばかりを食事に出させたらしい。で、発作が治まったらまた大好きなウサギ狩りに興じた挙句野兎病菌に感染し、獲ってきたウサギ肉を食べるいうダメ押し。なんでやねん!! どんだけやねん!! 


 あんまりウサギ肉ばっか食っとると、痛風より厄介なウサギ飢餓て呼ばれるタンパク質中毒になるとこやで。ここの奴らの栄養指導は厳しくせなあかんな。



「ルイ殿下、終わりました~!」



 光魔法で息子を治癒した後、アリスと俺はマクレガー領の狩場の各ポイントに転移し、エリアヒールを使て領内の動物達も治癒して回った。ホーンラビットの角が消えた時はどないしよかと思たけど、今回は便利に利用しとる。


「よし、全ポイント完了で残り五分。上出来だ」

「この後栄養指導ですよね? 五分で終わります?」

「三分で終わらせる」


 俺は宣言通り、三分間でマクレガー家の家族と料理人達相手に、日々の食事について説教寄りの指導をしたった。バランス考えて食うこと、好物ばっかり食うてたら病気になること、ウサギばっか食うな、この三点がメインや。痛風予防の薬をその場で創り出し、抗菌薬と共に各診療所に配布するよう言い付けて俺らはさっさと帰還した。ここまででちょうど十五分や!



「おかえりなさい。ぴったり十五分でしたね」

「レオ待たせたな。存分に聖女の学園卒業を祝ってやってくれ」

「はい。ルイ殿下もエミリー様の元に急いでお戻り下さい。今夜は最終エンディング、特別な夜ですから」


 特別な夜。せやねん。俺達二人にとっては最終エンディング以上に特別な夜やねん。


 無事にシナリオ脱出いう目的を達した今、ほんまに自由な人生をえみりと生きていくんや俺は。今夜はその最初の一歩。この日をどれだけ待っとったか。



「侍従! 戻ったぞ!」


 すぐさま俺の元の部屋に転移して声を上げると、侍従が即座に現れる。


「エミリーはまだ支度中だよな?」

「はい。先程リリーが呼ばれたばかりですから、あと二時間前後かかるでしょう」

「よし、俺も風呂に入る」

「畏まりました」


 心の準備もあるからな。ゆっくり風呂入ってから新しい部屋でリラックスして待ってたい。リラックスや……!





 ◇◇◇





「塁君、お、おかえり」

「えみり、ただいま」

「いつ帰ってきたの?」

「1時間45分前」


 レオに言っていた通り、本当に十五分で解決して戻ってきたんだ。


 私はあの後一人でポーッとしていたら、気付けば目の前に居たリリーに声をかけられ飛び上がるほど驚いて、あれよあれよとお風呂に入れられ今に至る。


 昨日リリーと一緒に選んだナイトドレスを身に着けて部屋に戻ってくると、ガウンを羽織った塁君がベッドに腰かけて待っていた。その姿が視界に入った瞬間、ポワポワしてた私の頭がドックンっていう大きな心拍に一気に追いやられてしまった。だって色気がヤバい。何ですかその胸元。脚。こんなスチル無かったよ!


 もう一生分の鼓動を今刻んじゃってるんじゃないのってくらいドキドキする。いつ寿命が来てもおかしくないんじゃないだろうか。哺乳類が一生の間に打つ心拍数は決まってるって何かで見たのをこんな時に思い出す。


 で、でも、今死ねないよ。大業を成し遂げる前に死ねない……!



「えみり真っ赤っか。かわい」

「ど、どうしよ」

「ん?」

「心臓が口から飛び出るって言い始めた人の気持ちが分かった」

「ぷっ。そうなんや」



 塁君に抱き寄せられて、私は塁君の膝の上に座ることになってしまった。


 あぁぅぅ、ますます鼓動が激しくなってきた。だってナイトドレスもガウンも薄くって、太腿の下に体温が伝わってくるんだよ。心臓が喉元まで来てるどころか全身が心臓になってしまった気がする。爪先から頭のてっぺんまでドクンドクンと血が巡ってるのが分かる。



「飛び出てけぇへんよう塞がなあかんな」



 深いキスをされて、ますます私の心拍数は上がっていく。どうしよう、どうしよう。


 キスをしたままベッドに横たえられて、いよいよかとガッチガチに緊張してしまう私の手を、塁君は自分の胸の上に押し当てた。



「俺かてこんなんや」



 塁君の心臓も『死んでしまうんじゃ』というほどドキドキしていた。



「この緊張感も喜びも、体中を満たす愛しさも、ずっと忘れへん。この世の何よりも大事なえみり。俺を選んでくれてありがとう」

「や、優しくお願いします」

「勿論。俺の宝物なんやから」





 ◇◇◇





「ロビンさん。今日もエミリー様はお休みですか?」

「ご卒業された記念にゆっくりされているのだろう。卒業パーティーの話を聞きたいのは分かるが、来週まで待ちなさい」

「そうですね! お忙しい方ですからたまにはごゆっくりされるといいですね! 早く聞きたいですけど、楽しみはとっておくのもいいですからね!」



 エミリー様がご卒業されて一週間。『エミリーは今日は休む』という伝書用紙が毎朝ルイ殿下から送られてくる。



「サラの卒業パーティーは二年後だろ? 今からそんなに憧れてんのか?」



 この三日間、お頭がエミリー様の執務机で業務代行をしてくれている。俺だけでも何とか回るとは言っても、新規事業に向けて書類が多い。チェックの目は多いほどいいからと、お頭が全ての書類に目を通してくれるのは正直有難い。お頭は絶対にミスを見逃さないから、忙しい時ほど居てくれると助かる。



「そりゃ憧れます。平民の私はパーティーなんて出たことがないんですから。ドレスを着てダンスなんて物語の世界ですよ」

「へー、そんなもんか」

「パートナーが誰も見つからなかったらロビンさんお願いしますね!」

「え?」


 なんで俺なんだ。せっかく今お頭が居るんだからお頭に言ってみればいいのでは? 委縮して言い出せないのか?


「俺よりお頭の方がそういうのは向いてると思うが」

「サラはお前がいいんだってよ」


 何故かお頭がニヨニヨしている。


「俺はまだまだだからな。察しも悪いし護衛としてまだ未熟だ」

「護衛ですか???」

「お前まだヴィーナとマルスの件引きずってるのかよ」


 その通りだ。俺はあの二人の思惑通り、『雑貨店で働くしっかり者のヴィーナ』『いつもギリギリに宿題を提出するマルス』という印象操作にしてやられた。蓋を開けてみればマルスこそが抜け目のない知能犯だったのだ。それが分かった時、俺は自分の見る目の無さに失望したんだ。


 人事採用についてはお頭のチェックがあるから今まで特に問題は無かった。だが俺だけだったら今後不審人物を見抜けないのではないかと危惧してしまう。己の目を鍛えなくてはいけない。



「俺はな、ロビンみたいに従業員の細かい心の機微まで気付いてやれねぇ。だが悪い奴への勘は働く。それだけだ。俺達は補いあってちょうどいいんだよ」

「そうは言っても……」

「ルイ殿下によるとロビンは商会の中で母親ポジションらしいぜ? じゃあ俺は父親ポジションだよな。二人揃って俺達の仲間を守っていければいいんだよ」


 綺麗な顔で不敵に笑うお頭は、見終わった書類をどっさり俺の目の前に積み重ねた。





 ◇◇◇





「やっと医学院も春期休暇に入ったねぇ……ルイ殿下は流石に新学期には戻ってくるよねぇ!? ねぇローランド何とか言ってくれ! 出来れば前向きなこと!!」


「ヴィンセント。五月蝿いので静かになさい。私だってまさか一週間も講義を押し付けられるとは思いませんでしたよ。ですがおめでたいことなのですから、側近である我々が協力せずに誰がするのです。たとえ新学期も任されたとしても、誠心誠意お応えするのみでしょう」


 ヴィンセントが分かりやすく『うえぇ~』という顔をしていますね。嫌がっても仕方のないことなのですから腹をくくりなさい。



 卒業パーティーから一週間、やっと王立医学院も今年度の最終講義を終え春期休暇に入りました。私とヴィンセントは元々受け持つ講義数はルイ殿下より少ないのですが、今回ルイ殿下の講義全てを押し付けら……お任せしていただき、かなり忙しい毎日を送っております。


 三日間くらいはお籠りになるのではと予測してはおりましたが、まさか一週間とは思いませんでした。



 あのパーティーでエミリー嬢、もとい妃殿下を襲った貴族令嬢についても報告したかったのですが。


 王族を襲ったのですから一族郎党処刑が妥当ですが、ルイ殿下の婚姻はまだ公にしておりませんので生涯幽閉でしょうかね。襲撃犯のポケットには強力な媚薬も入っていましたので、さらに刑罰は重くなって親類縁者の家門まで取り潰しになるでしょう。


 それにしても、まさか女性用化粧室で妃殿下を襲うとまでは思い至りませんでした。保護魔法を付与された指輪があって本当に幸いでした。


 懸念していたのは、あの性悪令嬢二人をパートナーにしたのが特別クラスの同級生ではないかということでした。あれほどルイ殿下と妃殿下に敬愛の情を表していたのに、このようなことになってクラスの友情にヒビが入るのではと。


 ですがそれは杞憂でした。


 あの二人は一般クラスの生徒に大金を渡して権利を買っていたのです。ちなみに見ず知らずの平民の生徒相手にです。家が貧しいことを調べ上げられ、大金でパートナーの権利を買うと持ち掛けられたと。パートナーになった生徒が泣いて謝罪に訪れました。


 まぁルイ殿下も妃殿下もお部屋に籠っておられるので、残念ながら謝罪は受けられませんでしたが。代わりにクリスティアン殿下が対応されて、ますます相手は縮みあがってましたね。普段は穏やかで笑顔の印象が強いお方ですが、お怒りになると本当に怖いのですよ。


 来年度からは卒業パーティーのパートナーについては規定が厳しくなるでしょう。




 はぁ、やっと医学院での任務が終わりましたので、父の補佐とクリスティアン殿下の補佐の業務に勤しみたいと思います。明日にはルイ殿下はお姿を見せて下さるでしょうかね……。










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