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215.シナリオ脱出

 せっかくの最終エンディングやっちゅうのに、これは助けなあかん。医学を志す者として見捨てられへん。


 ほんまはな、最後の一曲までえみりと踊って、馬車でもイチャイチャして、城に着いたら姫抱っこで新しい居室までえみり運んで、そのまま優しくベッドに降ろして押し倒したいくらいやねん。いや、そらそうやろ。


 せやけど今夜は初夜や。着いたらリリーがえみりの風呂の世話したり色々準備みたいなんすんねん。この月の女神みたいなドレスを俺が脱がすことは出来ひん。それはしゃーない。ほんまはめちゃめちゃ脱がしたいんやけどな! ほんでえみりの準備には多分二時間くらいかかる。


 …………そんなん、その間に治しに行くしかないやろ!




「エミリー。パーティーが終わったら転移で城まで送る。その後俺はマクレガー領まで行ってくる」

「うん。救ってあげて」


 えみりが何の躊躇いもなく微笑んでくれる。『今夜まで行っちゃうの?』みたいなことはえみりは言わへん。ちょこっと言うて欲しい気もするけど、言われても俺は病人を見捨てられへんから、引き留めて欲しいなんて思たらあかん。



「ルイ殿下……弟を、た、助けて下さると言うのは……?」



 俺は世の中にはボケとツッコミいう二種類の人間がおるのを知っとる。ローランドはツッコミでブラッドは多分ボケや。兄さんとヴィンスとえみりは両方いける口やと睨んどる。


 せやのにまだまだこの世界ではツッコミいう概念があれへん。このマクレガー侯爵令嬢の五年前のウサギギャグかて誰も拾えへんかった。いや俺もほんまはそうするべきやねん。たとえダダすべりんなろうと本人ボケたつもりないからな。社交術の一種やねん多分。分かっとるのに『なんでやねん』言わんでいられへんかってん……。大阪人やったらあんな空気なったら『帰ってええですか』なるで。


 今回は『なんでやねん』どころやないマジツッコミさせてもらうで。



「いいか、マクレガー侯爵令嬢」



 縋るように俺を見つめる令嬢の瞳には、恋慕も憧憬も熱も消えて、人生が懸かった必死さだけが残っとった。




「ウサギを食べ過ぎてもすばしっこくなったりしない。痛風になるんだ」




 ローランド、ヴィンス、アリス、えみりがハッとして俺を見る。四人は当然知っとる病気や。プリン体の過剰摂取、過剰生成や排泄不全が原因で、体内の過剰な尿酸が関節で結晶化して激痛を引き起こす疾患が痛風や。ウサギ肉は低脂肪高タンパクで栄養価が高い。つまりプリン塩基も高含有量やっちゅうことや。大量摂取は痛風と関節炎の原因になんねん。



「つうふうですか?」

「肉・魚・内臓に含まれるタンパク質を摂り過ぎることで発症する。後で食べていい食品とダメな食品を書き出してやるから本邸の料理人に渡せ。薬も作ってやるから必ず飲ませるように。あと、肺炎は別の理由だ。アリス、可能性があるのは?」


 ムチャぶりされたアリスがギョッとして硬直しとる。甘いで。魔法学園を卒業してもお前はまだ王立医学院生やからな。まだまだ鍛えたる。



「え、えぇと! 細菌性とウイルス性、非定型肺炎があります! 肺炎球菌が多いです!」

「人畜共通感染症も考慮しとけ」

「ウサギだと、えっと野兎病、パスツレラ……」

「よし。パーティーの後転移で向かうぞ」

「えぇぇえええ!!??」



 空気読めや! この流れなら出動やろ! 不満なんは分かるけど、聖女ちゃうんかい!



「きょ、今日行くの? 明日の朝とかじゃダメ? この後レオの家でお祝いなんだけど……」

「ダメだ」


 ニールの件で学んだ。病人がおったら早めに駆けつけなあかんいうこと。



 それにな。



 …………明日の朝なんて起きれるか分かれへんやんか!




「了解でぇす……レオォォ、待っててねぇ」

「ええ。大丈夫です。家族全員何時まででも待っていますから」


 レオは今年度で学園の臨時職員を退職し、来月からは王家専属の庭師になる。品評会で最優秀賞を取った『羽音』も既に王城の薔薇園に植栽済みで、その庭園はすっかり母上のお気に入りや。王家の庭師は収入も格段にええし、レオもこの国で結婚出来る十五歳になった。せやからこの二人も近々結婚して夫婦になんねん。ゲームのことも、アリスの今の立ち位置も、全て把握しとるレオが聖女の相手なんは、ほんまに有難いことや。


「レオ悪いな。十五分以内に帰ってくる」

「分かりました。このままホールで待ってますので此処にお連れ下さい」



 俺達はその後、数曲踊ったところで休憩を挟むことにした。


「私お花摘みに行ってくるね」


 えみりに付いて行きたいけど流石に女性用トイレまでは行かれへん。さっきの性悪二人は何処に行きよった? 一人は兄さんに絡んどるけどグレイスの鉄壁のガードに阻まれとる。もう一人の姿が見えへんのが気にかかる。まさかえみりに何かせぇへんやろな。



「ルイ殿下、私達が一緒に行きますからご安心を」


 クラスメイトの女子達が張り切った顔で右手で拳を作って見せる。頼もしいなぁ。


「感謝する」


 一言礼を伝えると女生徒達は無言で口を開けたまま固まった。なんやなんや! 俺かて礼くらい言うで!


「い、行って参りますー!」


 えみりの後を追っかけて女子達はホールを出て行った。



 一人になった俺の元へブラッドとヴィンスが寄ってくる。なんでかヴィンスがニヤニヤしとるのがめっさきしょい。


「この後北部まで行かれるんですか?」

「ああ、深刻そうな病人がいるからな」

「お疲れ様です。護衛に自分もお連れ下さい」

「いや大丈夫だ。ブラッドはレジーナと過ごしてやれ」


 ブラッドと会話しとってもヴィンスは横でただニマニマしとんねん。きしょいうえにウザい。


「なんなんだお前は」

「いやぁ~、病人がいれば迷いなく救いに行くのがルイ殿下のいいところなんですけどね。今回は別の思惑もあるのかなぁ~って思いまして」

「…………」

「エミリー嬢が城へ戻ってから、二、三時間以内に治して王城に帰ってこれれば予定通りですよきっと~。あはは」

「何を言っている」

「朝イチは嫌ですよねぇ? 立てないエミリー嬢の身の回りのことしてあげたいですもんね? 俺も最初の朝はフローラにそうしてあげたいですから分かりますよ。うんうん」

「おかしな想像するなド変態め!」

「痛い痛い痛い!!」


 嘘やん。全部バレとるやんけ。ヴィンス侮れへんな。



 ヴィンスのヘッドを鷲掴みしとったらホールの外でドゴォン!いう音が響く。これ、女性用トイレの方やないか!?



 俺はヴィンスの頭を掴んだまま女性用トイレまで転移した。





 ◇◇◇





 塁君と五曲踊ったところでお手洗いに向かったら、クラスメイトの女子数人が私の後を追いかけてきてくれた。さっきの怖い令嬢二人の件もあったし、気にかけてくれているんだと思うととても嬉しい。もっと早く皆と仲良く出来ていれば良かったな。公に王子妃になっても仲良くしてもらえるかな。アメリア主催の同窓会には絶対参加して、このご縁を大事にしたい。



「最後の最後までルイ殿下はエミリー様一筋ですね」

「本当に。見慣れた光景ですのに今夜はひと際微笑ましいですわね」


 皆ときゃいきゃい言いながらお手洗いに入ると、流石豪華なホールのお手洗いだけあって彫像はあるし、あちこちに花は活けられているし、フカフカのソファが何台も置かれていて数時間は過ごせそうな空間だった。付いてきてくれた皆はソファで待ってるのかと思いきや、せっかく来たしと自分達もお花を摘むことにしていた。


 順番を最初に譲られた私が一番最初に個室から出てくると、扉の前にはプラチナブロンド令嬢がもの凄い目で私を見下ろしながら立っていた。すらりとしたスタイルと白肌がその目力の鋭さを一際引き立たせている。


 付いてきてくれた皆はまだ全員個室の中に居て、今対峙しているのは私とプラチナブロンド令嬢だけ。令嬢の手には花瓶が握られている。あ、これヤバいやつだ。



 令嬢は花瓶を振り上げ、中の水をかけるのではなく花瓶そのもので私を殴ろうとした。



 や、やめて! 後悔するよ!






 ドゴォン!!!





「エミリー様!?」

「何が……!?」


 女子達が慌てて個室から出てくると、そこには壁に少々埋まって気絶するプラチナブロンド令嬢が居た。



「保護魔法付きの指輪してるから何倍にもなって跳ね返っちゃうのに」



 そう言っても令嬢は気絶して白目をむいてるので聞いちゃいない。



「エミリー!!!!」



 突然お手洗いの中に塁君とヴィンセントが現れて、今の音で転移してきてくれたんだとすぐに分かった。何故かヴィンセントは頭を掴まれているけれど。



「あの人に花瓶で殴られそうになって、次の瞬間にはああなってた」


 白目令嬢を指差して言うと、塁君の額には青筋が浮かんで圧倒的な魔力が漏れ出始めてきた。



「ルイ殿下! 痛い痛い! 手に力込めないで下さいって! それに魔力が漏れてますよ! またベスティアリ王国の塔の屋根吹っ飛ばした時みたいにホール崩壊させないで下さいね! 流石に始末書じゃ済まないですし、甘い夜が無くなりますよ!?」

「……はっ!」

「よし正気になった!」


 ちょっと待って。甘い夜? 何故ヴィンセントがそれを!!


「げふんげふん。えぇとレディ達はホールに戻っていてくれるかな? ここは俺が残って、衛兵が来次第そこの暴漢引き渡すからさ。ルイ殿下もエミリー嬢とお戻り下さい。今夜は治療もあるしお忙しいんですからね」


 なんか咳して誤魔化してるけど私は誤魔化されないぞ。ヴィンセントにバレてるってことは他にも察してる人がいるってことだよね? うわぁ、貴族とか王族の結婚ってこういうとこあるよね……。そもそもリリーと侍従さんは普通に準備してたし、他のお城の人達も知ってるってことなのかな。


 それこそ『二人揃って卒業するように』と仰った陛下も。う、うわぁぁ……。



 怖気づいてきた私を塁君がふわりと抱き締める。



「無事で良かった……」

「指輪のおかげ。ありがとう塁君」



 塁君のグリーン系の香りが、焦る私を森林浴のように落ち着かせる。深呼吸をする度にいい香りで肺が満たされて、何もかもを受け入れられる気分になって心が凪いでいく。塁君の体温と鼓動が、大丈夫、何も心配いらないと私を安心させてくれる。


 落ち着け私。もうエンディングだよ。塁君と幸せになるんでしょう?



 衛兵達と先生達が駆けつけてくると、白目令嬢は即連行され、凶器の花瓶も証拠品として押収されていった。令嬢が埋まっていた壁は先生達の魔法で一瞬で修復され、まるで何事も無かったように元通り。自分も下手したら危ないと察した真っピンク令嬢は、それ以降二人の王子に絡んでくることはなかった。



「エミリー、最後の曲だ」

「うん。シナリオ脱出だね!」



 私も、アリスも、前世からずっと好きだった人と、今最終エンディングを迎えようとしている。大幅にシナリオは変更になって、私達にとって最高で最愛の瞬間で締め括られる。



「エミリー、愛してる」



 そして少し離れた場所でも聞こえてくる愛の言葉。



「アリスさん、愛してます」



 私とアリスは愛する人の胸に頬を寄せ、その愛の言葉に返事を返す。




「「 私も愛してる 」」





 最後の曲が終わり、学園長が『卒業おめでとう! ようこそ大人の世界へ!』と言った途端、ホールの真上に魔法で次々と花火が打ち上る。


 遂に卒業パーティーが幕を閉じた。


 婚約破棄も、断罪も無い最終エンディングを、私達は今やっと終えた――





「マクレガー侯爵令嬢、アリス。二人はこのまま此処で待っていてくれ。エミリーを城まで送ってすぐに戻ってくる。二分だ」

「五分あげますよ」


 アリスが上から目線で言うと、いつもなら噛みつく塁君が素直に『ありがとう』と言っている。感心していると塁君にガバッとお姫様抱っこされ、一瞬のうちに私達はお城の新しい居室の中に転移していた。



「えみり……」


 堰を切ったようにキスをしてくる塁君に翻弄されながら、『五分って何処まで!?』とか『踊って汗かいてるどうしよう!』とか、とにかくパニックの私。


 だけど何度も何度もキスされていると、不思議に頭がフワフワしてくる気がする。何だろうこれ。



「よし。続きは後でな。人助けしてすぐ帰ってくるから」



 五分もキスされ続けてポワ~ンとなってる私を置いて、塁君は北部へと旅立った。









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