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214.五年ぶりの女の闘い

 五年前のティーパーティーの時のように、令嬢達は熱のこもった目で塁君を見つめている。


 あの時の態度の悪い塁君にさえ頬を赤らめていたのだから、今の表情豊かで男らしく成長した塁君はそりゃあ皆さんもときめくだろう。分かる。


 でも! 今の私は塁君の奥さんなんだから、グレイスのように華麗に捌かなきゃいけない気がする! よぉし、気合いだ! 何て声をかけて来るかちゃんと聞いておかなくちゃ!



「ルイ殿下、五年ぶりでごさいます。よろしければ三曲目のダンスを私と踊っていただけませんでしょうか」


 派手な真っピンクのドレスを着た令嬢が塁君に向かって優雅に右手を差し出した。


 うん、見たことある! 確かあの日、瞳の色石の贈り物を持参したアメリアに向かって、『あらひょっとして貴女のお父様みたいに趣味の悪いカフリンクスですの? お止めになった方がよろしいのではなくて? 恥をかきますわよ』とか言った人だ!


 一撃でアメリア本人だけじゃなく、さらりと親までディスる技にビビったのを思い出す。



「私の方が先ですわ。私も五年ぶりですが、殿下を想わない日は一日もありませんでしたもの」


 プラチナブロンドの令嬢も、塁君にすらりとした右手を差し出した。


 この人は確か五年前、隣にいた濃い赤毛の令嬢と黒髪の令嬢に向かって、『第一王子殿下も第二王子殿下も美しい銀髪ですから、お隣には濃い色は不似合いだと思いませんこと?』って言った人だ!


 牽制と攻撃を同時に繰り出すこの人の台詞は、あの日一番私を怯えさせた。


 社交界のドロドロを肌で感じたあの時間。あの胃が痛くなる出来事を忘れていたのは、まず間違いなく塁君の『なんでやねん』でそんなもの吹っ飛んだからだ。



 他にも三名ほど駆け寄ってきていたけれど、二人の迫力に既に一歩引いた雰囲気になっている。



「悪いが俺はエミリーとしか踊る気は無い。他の相手を探してくれ」



 私が追い払うまでもなく、塁君がサクッと返事をし、私の腰に手を回したまま場所を移動しようとした。だけど令嬢達もそれくらいじゃ引いたりしなかった。きっと彼女達だって今夜に賭けてきているのだ。



「で、ですがルイ殿下。普通でしたら王子は婚約者と二曲続けて踊った後は、社交のためにも他の参加者と踊るではありませんか」

「俺は他の舞踏会でも踊るのはエミリーとだけだ。社交も俺は担当しなくていいと王家では暗黙の了解だ。そういうわけだから他を当たってくれ」



 令嬢達は知らないのだ。無気力無表情だった塁君が、五年前から生き生きと国益に繋がる活躍をし出したことで、国王陛下も、王妃様も、クリスティアン殿下も、塁君が国に留まってくれるなら万事好きにしていいと思っていることを。そしてそう思われていることを塁君も重々承知していて、実際好きにしていることを。



「私、お二人のお邪魔をするつもりはございません。ただ思い出に一曲だけお相手していただきたいだけなのです」

「ええ、私もですわ。どうかご慈悲を頂けませんでしょうか」


 慎ましい言い方をしてはいるものの、目はギラギラしてるし、チラチラ私を睨んでくるしで、本心はまたしてもドロドロどころかグツグツしてそう。怖い。



 魔法学園に入学出来なかったとはいえ、社交シーズンにはあちこちでパーティーがある。だけど彼女達には五年前以来会ったことがない。いつもは塁君が一緒だから意地悪されたことなんて無かったのに、彼女達からの視線で久々にこの感覚を味わっている私は意外に冷静だ。


 だいたい一曲踊ったからって何だと言うのだろう? 私と婚約解消して自分と婚約し直すと思っているのかな? どんな方法で?? 私が疎いせいなのか、やり口が全く分からない。もう彼女達の目の前でズバリ訊いてみようかな。


『踊りながらどんな方法で塁君をものにするんですか?』なんて笑顔で訊いてやろうかと思っていたら、塁君が五年前と同じ何の感情も無い冷たい眼差しで令嬢達に言い放った。



「何故俺が慈悲など施さねばならない?」



 案の定シーンとなってその場が凍り付く。



「俺もエミリーも三年間この学園に通って今日が最後の日なんだ。今夜だけ参加している余所者のお前らより、卒業生である俺達が優先されるべきだ」



 令嬢達を置いて場所を移動した塁君は、三曲目を私と踊り出す。さっきまでとは打って変わった優しい微笑みをたたえ、腰に回された手にも力がこもっている。



「エミリー、好きだよ」



 うっ、心臓がキューンだ。もうどうしよう。


 さっきの五人の令嬢達のうち、怖い二人はずっと私を睨んでいるけれど、何故か凄い数の人影が急に視界に入ってきて、彼女達の姿は全く見えなくなってしまった。



「急にこっち混んできたね」



 参加者達の大移動に驚いた私の呟きに、塁君がぷっと吹き出した。



「よく見て。守られてるんだ」



 え? 何のこと? 移動してきた大勢の顔をよく見ると、皆私達のクラスメイトだった。踊りながら私達にサムズアップして微笑んできたり、彼女達を睨み返したりしてくれている。



「わぁ……」

「ちゃんと仲間だな」

「うん……なんか感動しちゃった」



 そんな中、ローランドがアメリアと踊りながら近付いてきて、私達にそっと教えてくれた。


「あの二人は高位貴族だというのに、性格が悪いため未だ婚約が決まっていないんです。あちこちに敵を作るせいでパーティーに呼ばない主催者も多いようです。なかなか婚約が調わないとは言っても妥協するのはプライドが許さないのか、王子の側妃狙いという噂があります。昨年もこの学園の卒業パーティーに参加してクリスティアン殿下に付き纏い、グレイス嬢に追い払われたようですね。順番的に今年はルイ殿下狙いなのでしょう」

「俺は後に臣籍降下する身だぞ? 側妃とか意味が分からん」


 真っピンク令嬢に傷つけられた経験のあるアメリアは苦笑いしている。私はさっきから気になっている疑問をローランドにぶつけてみることにした。


「ダンスを一曲踊っただけで、何故既に婚約者がいる王子の側妃を狙えるんでしょう?」


 ローランドは咳ばらいを一つしてから遠慮がちに答えてくれた。


「この衆人環視の中、必要以上に身を寄せてあらぬ噂を立てる気なのでしょう。そして後日、父親である当主が出てきて、『こんな噂が立っては大事な娘の嫁ぎ先が見つからない。責任を取っていただけないか』と王家に要求するのです。何なら本日は媚薬的なものでも持参してるかもしれませんね」


 お、おっそろしぃ……。そんな手があるの? 媚薬って犯罪じゃないの? 塁君薬打たれて何処かに連れ込まれたりとかするの? 


『私が介抱致します!』とか言って彼女達に連れ去られる塁君を想像してしまった。そ、それで……襲われたりするの? うわぁぁ、嫌だー!!



「ですが同級生達がいい仕事をしてくれましたからね。監視の目がこれだけ多いのですからご安心を」

「私もとても一体感を感じましたわ。同窓会を定期的に開催して、今後もこの良い関係を継続して参りましょう」


 アメリアは既に次期宰相夫人に相応しい活動を始める気でいて微笑ましい。いつも一番近くでローランドの働きを見ているから、良い影響を受けているのだろう。私もしっかりしなくっちゃ! 



 三曲目が終わった時だった。


 さっき後ろで引き気味にしていた三人の令嬢の内の一人が、また私達の元へ駆け寄ってきた。クラスメイトが間に入って『ご遠慮下さい』と言ってくれているけれど、彼女は引く気はないようで。


 怖い二人とは違って、その様子はどこか切実で必死さが伝わってくる。彼女もやっぱり側妃狙いなのだろうか?


 どこか見覚えのあるその令嬢。誰だったっけ?と記憶を手繰る。さっきの怖い二人は流石に印象が強かったけれど、この方もあのティーパーティーに参加していた筈だ。



「ウサギギャグの令嬢やんか」



 ボソッと聞こえてきた関西弁に、私の記憶が蘇る。


 狩猟会の話題から始まり、令嬢達が領地に塁君を誘っていた時だ。確か彼女はウサギの毛皮は質が良いからってウサギ狩りを勧めていたんだよね。でも塁君は終始死んだ目で無言を貫いていたんだよ。それでクリスティアン殿下が、『以前、御父上のマクレガー侯爵からもウサギのシチューの話を聞きましたよ』と助け船を出したんだ。


 そうだ、マクレガー侯爵令嬢だ。




『我が領地のウサギは臭みもなく、とても柔らかく美味しいと評判ですの。弟なんて美味しいからと食べ過ぎて、母は『ウサギみたいにすばしっこくなるわよ』なんて叱るのですわ』



 塁君から『なんでやねん』を引き出したあの言葉。ある意味彼女のおかげで私達はお互い元日本人だと分かった訳で、キューピッドとも言えるかもしれない。



「ル、ルイ殿下。私は北部に領地を持つマクレガー侯爵家の者です。今夜を最後に、私は王都を離れ領地に戻り、婿養子を取る予定です。どうか最後の思い出に、一曲だけダンスのお相手をしていただけないでしょうか……」


 塁君が返事をするより先に、ローランドが言葉を挟んだ。



「マクレガー家にはご嫡男がいらっしゃるでしょう」



 そうだ、ウサギ肉を食べ過ぎる弟さんがいるでしょう。


 令嬢は瞳に涙を溜めて返答した。



「お、弟は、数ヵ月前から歩けなくなり、先月からはずっと高熱が出て肺を患っているらしいのです。もうこれでは跡を継げない、恐らく余命僅かであると父が判断し、王都にいる私を呼び戻す手紙が届きました。遠縁の子爵家の五男を婿入りさせて跡を継ぐようにと……。で、ですが、私はずっと、ルイ殿下とエミリー様のように、想い想われて結ばれるのが夢でした……。五年前のあの日、ルイ殿下が別人のようにお変わりになったのを目の当たりにし、恋とはなんと人を変えるのかと胸を打たれたのです。私もずっと恋に憧れて婚約者を探しておりましたが、もう時間切れになってしまったようです。なので、婚約前の最後のダンスを、是非憧れのルイ殿下にお願いしたく、図々しくもお声をかけさせていただきました……」



 そんなことを聞いてしまったら、一曲くらいどうぞと言いたくなる。だってさっきの怖い二人みたいに塁君を狙ってるわけじゃない。自分の気持ちに決着をつけるために、きっと特別な思い出が欲しいんだよね。弟さんのことだって心配で辛いだろうに、家門のために覚悟を決めて、今日で区切りを付けようと勇気を持ってここに来たんだね。



「繰り返しになるが、エミリー以外とは踊らない」



 今の話を聞いても塁君の対応は変わらなかった。



「うっ、うぅっ、わ、分かりました……」



 ハンカチで涙を押さえて立ち去ろうとするマクレガー侯爵令嬢に、塁君は救いの言葉をかけた。



「だが弟は助けてやる」

「…………ぇっ?」



 思いもよらなかった第二王子の言葉に、マクレガー侯爵令嬢の涙が止まった。









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