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213.卒業パーティーが始まる

「エミリーお嬢様、大変お美しいです。リリー会心の出来でございます」


 卒業パーティーの支度が終わった私を見て、リリーはうっとりと目を細めた。


 それでなくても先週からリリーは毎日毎日私の体を入念に手入れし続けて、今日がそのゴールな日なわけだから、当然お肌もボディラインも完璧なわけで。


 鏡の中の私は我ながらいつもよりイイ感じだと思う。


 それもこれもパーティー自体じゃなく、その後の初夜のためだと思うと頭に血が上ってしまうけれど。



「エミリー、用意はいいか?」



 迎えに来た塁君が私を見て息を呑む。着飾った私を見るといつもしてくれる仕草だけど、今日はいつも以上の反応でそれが嬉しい。好きな男の子に綺麗だって思われたいのは、女の子なら自然なことだよね。



「エミリー、月の女神みたいだ。本当に綺麗だ……」



 それを言う塁君も月夜の王子様みたいで本当にかっこいい。



「ありがとう。塁君もすごく素敵」

「光栄だ」



 私の指先にキスをして王家の馬車までエスコートする塁君は、ゲームのスチルの一千億倍くらい輝いている。このキラキラした王子様が私の旦那様で、今夜本当に私達はシナリオから脱出するんだ。それでその後……。


 カァッと顔が熱くなってきて、私は慌てて思考を止めた。汗をかいたら、せっかくリリーのしてくれたお化粧が崩れちゃうからね。いけない、いけない。今はパーティーのことだけ考えよう。



 数時間前にローランドに言われた諸注意を思い返す。


 魔法学園の歴史に残る、最も高貴な参加者が集う卒業パーティーになる今夜。いつもの貴族の舞踏会とは違うから、くれぐれも油断しないようにと言われたばかり。


 貴族の舞踏会では爵位によって入場順が決まっているけれど、今夜は卒業生全員がパートナーと共にホール集合になっている。ダンスが始まってしまえばさらに自由な雰囲気になるらしい。


 それこそ婚約者とのダンスを終えれば、平民である一般クラスの生徒と貴族である特別クラスの生徒が踊ることも許される。社交界ではあり得ないこの自由なパーティーに参加したいがために、魔法学園入学を目指す平民も多くいるのだとローランドが教えてくれた。


 だけど学園の名称からも分かる通り、ある程度の魔法を使えないと入学出来ないのがこの学園。だからいくら貴族であっても、どれほどお金を積んでも、魔法の素養が無ければ残念ながら入学出来ないのだ。


 つまり、この学園に入学出来なかった人達は、今夜のパーティーに何としてでも参加したいのだと言う。兄妹、親類、あらゆる伝手を使って卒業生のパートナーになりたがるのだと。高位貴族や富豪と人脈を築くため。あわよくば婚約者がいない優良物件を捕まえるため。


 特に今年の卒業パーティーは塁君やローランド達だけじゃなく、グレイスのパートナーとしてクリスティアン殿下もご参加なさる。王子二人が出席する今回は、ローランドの言葉通り魔法学園史上最も位の高い参加者が集まることになるのだ。だから今年の卒業パーティー参加権は法外な価値があるという。


 そういえば婚約者がいないクラスメイト達も兄弟や親類がパートナーだって言ってたっけ。この時の私は、婚約どころか既婚者である私と塁君にはあんまり関係ない話だなぁと特に危険視まではしていなかった。




 豪華な王家の馬車でホールに到着すると、既にたくさんの卒業生たちがパートナーを連れて集まっていた。そこには勿論アリスとレオも居て、アリスはゲームとは違うお洒落な水色のドレスを身に纏っている。


「エミリーちゃん! ドレスすごい豪華! 綺麗~!」

「ありがとう。アリスも似合ってる」

「お互いゲームとは全然違う恰好で安心したよ~」


 アリスの言う通り、塁君もアリスもゲーム中とは全く服装が違う。アリスはもっと可愛い系の真っ白フリフリドレスを着ていたし、塁君も王族の正装をしていた。



「私断罪なんて絶対しないから安心してね!」



 アリスは塁君を見ながら念押しする。


「そんなことしたら俺が断罪返しして、お前を一生王城の地下に繋いで飼い殺してやる」

「怖!!!」


 怯えるアリスを前に塁君の目は全く笑ってないので多分本気だ。


「まぁまぁ、今夜が区切りですから、僕達以外の参加者におかしな動きが無いかも注視していきましょう」


 レオがアリスを背に隠して仲裁する。アリスをすっぽり隠せるほど成長したレオは、今夜はアリスのパートナーとして参加するためフォーマルを着ている。普段は庭師として作業服を着ていることが多いけれど、こうしているとまるで貴族のように品があって端正だ。かばってくれたレオを見るアリスの目はすっかりハートになっている。



「断罪されるようなトラブルは一切無かった筈だが、用心に越したことは無いな」



 始まりの時間になり、参加者全員がホールに集合してきた。塁君の元にローランド達が来て耳打ちしていく。



「ルイ殿下、学園の生徒以外で見知った顔が複数」

「ああ。没落した家門の人間もいるようだな」

「起死回生を今夜に賭けてる者もいるでしょう。どうかご注意を。俺も警戒を怠らないようにします」

「ルイ殿下相手に俺の保護魔法なんて必要ないでしょうけど要ります?」

「要らん。お前達にとっても今夜は大事な時間だ。俺のことはいいから婚約者との時間を楽しめ」


 塁君が三人を見て頷くと、三人はふっと笑って『はい、そうします』と離れて行った。


「ルイはとにかく今夜は邪魔されたくないんだよ」


 クリスティアン殿下とグレイスが私達の隣に並ぶ。二人の衣装はお揃いで、緋色に金の刺繍が太陽のようで神々しい。私達と対照的なその色は次期国王と王妃になるに相応しい装いだ。


「兄さん達は二回目だからな。昨年はどうだった?」

「昨年もそれなりに思惑のありそうな参加者はいたけどね。無粋な者はグレイスが追い払ってくれたんだ。ふふ」


 流石グレイス。美しい貴族の言葉で正論をバシバシ畳み掛ける腕にかけては、グレイスの右に出る者はいない。


 塁君とクリスティアン殿下という、この王国の王子二人が並んでいるこの場所は、やっぱり周りからの視線がもの凄い。鈍い私でさえ憧れや敬意だけじゃないものも感じる。私もグレイスのように塁君を守れるだろうか。




「卒業生の皆さん。堅苦しいことは卒業式で充分言わせてもらいましたので、今夜はもう何も言いません! パーティーを心ゆくまで楽しんで下さい!」



 学園長が簡単に挨拶すると、オーケストラが軽快な音楽を奏で始める。まずは一曲目のダンスだ。皆がパートナーとステップを踏み出す中、私達もホールの中央で向かい合った。



「いよいよだ。エミリー」

「うん。この音楽、ゲーム通り」



 ゲームでも卒業パーティーのシーンで流れていたあの曲が、今まさにこのホールで奏でられている。シナリオに沿った状況が起こる度にドキッとしてきたけれど、最終エンディングであるこの瞬間にゲーム通りの曲がかかると、ドキッどころじゃなくゾクッとする。


 大丈夫、もうシナリオなんてとっくに逸脱している、何も起こったりしない、と心の中で反芻しても、緊張感は増してくる。



「エミリー、俺だけ見てて。何も心配いらない。楽しもう」



 キラキラ眩しい塁君が私だけを見てそう言うのだからそうしよう。大丈夫。だって塁君がいる。いつだって私を最優先にして守ってきてくれた塁君。どんな危険な状況でも、その知識で何とかしてしまう塁君。そんな王子様が私のダンスの相手なのに、何を心配することがあるだろう。


 今まで何度も塁君とダンスを踊ってきた。でも今夜特別ドキドキするのは、ずっと目標にしていた最終エンディングだからなのか、それともパーティーの後のことが頭を過るからなのか。



 ずっとニコニコ微笑みながらリードしてくれる塁君は、クラスメイト達にはお馴染みの姿だけれど、一般クラスの生徒や今夜パートナーとして参加した人々には驚きの光景だったようで、皆ポカンとして塁君から目を離せずにいる。


 それに気付いたヴィンセントがフローラと踊りながら近付いてきて、『久々の反応ですよ。あの鉄仮面無表情王子が笑ってる!って』と愉快そうに笑う。



「うるさいな。愛しいエミリーとダンスを踊れる至福の時間なんだ。微笑まずにいられるか」



 その言葉にまた周りがざわっとする。そうだ、私にとっても懐かしいこの反応。婚約してしばらくはあちこちでこんな反応されたっけ。


 婚約者選びのティーパーティーで出会った十三歳の塁君を思い出す。令嬢達を完全無視し、何の輝きもない目をした塩対応の無表情王子。それが今や神様の最高傑作レベルで美しく笑っている。


 そのマリンブルーの瞳は宝石よりも眩く輝き、完璧な形の瞳も唇もニッコリと弧を描く。感情の乗っていなかった冷たい口調が、温かい声色でその愛情を惜しみなく表現する。



『う、嘘だろ……』

『あれが噂の第二王子か……』

『溺愛の噂は本当だったのね……』



 二曲目のダンスが終わった時、数人の女性達が私達の元へ駆け寄ってきた。


 見覚えのあるその女性達は、五年前の婚約者選びのティーパーティーに参加していて、魔法学園には入学していなかったご令嬢達だった。










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