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210.五年前のおねだり

 毎日届くハートリー領からの解答用紙。皆とっても協力的で、残すところ問題はあと2回分。まだ冬休みも終わっていないのに順調過ぎるほどだ。しかも目に見えて皆の文字が上手になっていて、こんなに嬉しいことってない。


「へぇ、結構上達しとるなぁ」


 私の向かいで解答用紙を見ている塁君は感心して声を上げた。


「そうでしょうそうでしょう。流石ハートリー領の子供達」

「俺も挨拶周り行きたかった……」

「みんな可愛かったよ~」


 そう言った途端、小さい小さい声で『……クラウディオだけで強敵やのに……俺も(ちっ)こくなりたい……』とか訳の分からないことを言っている。



「塁君もクラウディオ様の検診に医学院、プラス自分の卒論で忙しかったんだから仕方ないよ」

「俺もえみりとゆっくり馬車の旅したかった」

「そうだね。五年前のババ抜き対決のリベンジ出来たのにね」


 ボロボロに連敗したババ抜きだけど、私だって五年分成長してるからね。お妃教育だって受けたし、ポーカーフェイスも身に付いた気がするんだよね。なんたって社交界は恐ろしいところなんだから。蛇のような内面を隠して花のように笑顔を絶やさないとか日常らしいからね(お母様談)。五年前のお妃選びのティーパーティーだって女の闘いだったもん。


 とは言っても、あれからは必ず塁君が私にピッタリくっついているので、社交界で意地悪されたことなんてないんだけどね。



「これはネルのうちの子やな」

「そう、一番上のフィル君」

「五年前のあの子の名前はニールやったな」


 塁君もハートリー領を訪れる度にお墓参りしてくれている。第二王子ともあろうお方が、一領地の小さな墓碑に刻まれたその名前をちゃんと覚えてくれている。


「私、今も考えちゃうんだ。あの時、私達が一日早く到着していれば、ううん、せめてもう少し早い時間に到着して、すぐにネルの家に行っていればって」


 何度も何度も考えたことだ。どうしたらあの子を救えたんだろうって。その度に涙が滲んできて、自分の無力さが嫌になる。


「えみりは悪ない。俺も同じこと考えるで。ジーンの魔法を知った今、救えるんちゃうかって。せやけどセリーナが魔塔に収監されへん運命になったら、今代限りで魂を消滅させる術は生まれへん。そないなったらマルスとヴィーナがまたこの世界に生まれてきてまう。そらあかん」


「セリーナの魔法で亡くなったのはネルの赤ちゃんだけだったよね? 本当は一人の被害者も最初から出ないのが一番いいんだけど、塁君とヴィンセントのおかげで他の被害者は助かったでしょう? ニール君の運命だけ変えられないかなって思っちゃうんだけど……何か手はないかな……」


 塁君が腕を組んでうーんと考え込む。


 過去を変えるのが危険なことは分かってる。前世ではなく五年前のことだから、私達の転生自体に影響はない。それでも人一人を死ななかったことにするのは大きなことだ。サラが数百人を救ったのはあまりに大きな変化だったけれど、だからと言って一人なら大丈夫かと言えばそう簡単なことでもないと分かってる。


 でも願わずにはいられないんだ。


 ニール君が死なずに育った未来を。フィル君とニール君がパールちゃんと手を繋いで笑う光景を。黄金に波打つ小麦畑で三人の子供に囲まれたネルが豪快に笑う姿を。




「もしネルの夢に行って『しばらく赤ん坊を余所へ預けろ』言うたとする。『変な夢やった』で済まさんでくれたら赤ん坊は無事や。せやけど今度は別の人間がメイプルシロップ尿症にされるやろ? 赤ん坊やから部屋ん中でおむつ替えしとったわけで、それで独特の匂いに気付けてん。おむつやない年齢の子や大人が患者やったら気付けへんかも分かれへん。遺伝子疾患に気付くのが遅れれば、トミーのゴーシェ病にも気付けず対症療法してるうちに悪化しとった筈や。セリーナの悪事に気付けへんまま三年過ごし、後手に回った俺達は人体実験を止めることも出来んと、なんもかもセリーナの思惑通りになっとった可能性がある。せやからニールがメイプルシロップ尿症に罹った過去は変えたらあかん。罹った後に救う道を探す」



 そうか……言われてみれば確かにそうだ。


 私はネルの夢に行って、『お願いだから一ヵ月くらい赤ちゃんを教会とかご主人の御実家とか、とにかく離れた場所に預けて! ほんとにお願いだからー!』みたいに勢いで頼み込もうかと思ってた。


 1番染色体の上から順番に焼いていってたセリーナ。ニール君が居なければ別の人がその部位を焼かれるだけだ。もしあの時塁君が遺伝子疾患だって気付かなければ、トミーの遺伝子に潜り込んでなかったかもしれない。トミーの遺伝子を確認しなければ、塩基を焼くセリーナの魔法に気付かなかったかもしれない。そうしたら、今の平和は無かったんだ。



「どうしたらいいのかな」



 思わず弱気な声が出てしまった。そんな私の頭をポンポンと優しく撫でた塁君は言う。


「この件、俺が預かるな」


 忙しい塁君にこれ以上何かお願いするのは申し訳ないけれど、私が無計画に手を出していいことじゃない。ジーン君の魔法の管理は細心の注意を払うべきだし、ここは素直にその言葉に甘えることにした。





 ◇◇◇





 あれから二週間。冬休みも明けて卒業まで二ヵ月。


 同級生達と同じく、私も卒論と卒業試験対策に励む日々を過ごしている。


 そんな中、全10回の最後の解答を全員分受け取った私は、全ての添削を終えて赤鉛筆を置いた。ぐるぐる肩を回してストレッチしながら時計を見ると、またしてもすっかり深夜になっていた。けれど心地よい疲れで気分はいい。


 一人も欠けることなく協力してくれたことがとっても嬉しくて、疲れてはいるけど高揚感で今夜は眠れないかもしれない。


 解答用紙の裏にメッセージを書けるまで上達した子もいて、『ありがとうございます』『たのしかったです』『またべんきょうしたいです』なんて文字を見た日には目頭が熱くなるってものだ。


『じぶんでえほんをよめました』ってメッセージを見た時の嬉しさはまた格別で、紙の中の世界に冒険に出たり、世紀の謎解きに夢中になったり、胸を焦がすような恋にときめいたり、いつかそんな無限の世界を楽しんで欲しいって私までドキドキしてしまう。


 頑張ったで賞を授与しに行くのが楽しみだな、塁君一緒に行けるかな、今度こそババ抜き勝ってやるんだから、なんて椅子の背もたれにもたれて想像していた時だった。



「…………?」



 ババ抜きなんかしてない気がしてきた。


 あれ?


 12回も連敗した筈なのに、いや、してない。私負けてない。自作のトランプまで用意したのに、あの日迎えにきた塁君に、私がねだったんだ。



『転移魔法で行きたい』って。



 あれ? そうだっけ? 私が初めて転移魔法を経験したのはベスティアリ王国に視察に行った時の筈。


 なのに私の中の記憶が『あの時は四年ぶりの転移魔法で大興奮だったなぁ』になっている。


 なんでだ? 記憶が変わったってことはジーン君の魔法だ。私は何で塁君にねだったんだっけ?


 集中して五年前のあの日を思い出そうとすると、どんどん書き換わる私の記憶。あっ、そうだ。前の日までは当然馬車で行くつもりだったんだ。だからトランプも手作りしたんだよ。スペードのキングのインクがちょっと滲んじゃったけどね。


 なのに厚かましくも当日塁君に急なお願いをした理由は。



「お、思い出したー!!」



 塁君があの日の夢に出てきたんだ! まだ十三歳だった私の夢に、本物の塁君より成長したゲームの中の『第二王子ルイ殿下』が現れたんだ。



『エミリー、俺はエミリーが憧れている転移魔法を使える。明日馬車で移動予定なのは、単にエミリーと一緒にいたいからだ。だけどエミリーが『転移魔法で行きたい』と言えば、喜んで披露する。そうすれば一瞬で領地に着き、ネルの家にも一日早く行ける。これが後でとても重要になる。いいか、明日迎えに来た俺に『転移魔法で行きたい』と言ってくれ。それだけでいい』



 ルイ殿下最推しだった私にはあまりにもいい夢で、今すぐ二度寝して続きが見たいって思ったほどだった。



『俺の愛しいエミリー。『転移魔法で行きたい』だ。忘れないで』



 と私の髪に口付けするような仕草で消えて行った。勿論髪は掬えていなかったけれど。



 あぁ、あの時はまだまだ塁君の愛情表現に慣れてなくて、夢でも『俺の愛しいエミリー』なんて言われて舞い上がっちゃったんだよね。


 そんなドキドキの思い出と同時に心に浮かぶハートリー領の情景。あの日、転移してすぐに本邸に着いた私達は、その日のうちにネルの家に行ったんだ。


 そして……そして…………。



 私は目の前の答案の束を手に掴んだ。さっきまでは無かった筈のものを探して机に広げる。



「あっ……たぁ!!!!」



 右上にニールという私の筆跡。ページをめくると、大きさが不揃いではあるものの、力強く大きく書かれたニールという名前が10回。その下に家族の名前。ネルのお父様、お母様、ネル、ご主人、フィル、パール。



 深夜だというのに私は隣の塁君の部屋まで走って行った。ニール君の答案を抱えて。塁君はたった今、五年前の私に会いに行って帰ってきたばかりの筈。


 扉を開けて私の顔を見るなり塁君が問う。


「エミリー。変わったよな?」

「変わった! もう、本当に最高だよ!」


 私はニール君の答案を塁君に勢いよく差し出した。その答案を見た塁君の表情がふわっと優しく変化する。


「おっしゃ」


 片手を軽く握った塁君の拳を私は両手で包み込み、無意識に何度も口付けていた。


「ありがとう。ありがとう。塁君」

「エ、エミリー、いいって。うわ、手になりたい」


 また訳の分からないことを言い出した。


「今週末、子供達に色鉛筆配りに行くね。塁君一緒に行ける?」

「絶対行く!!」



 その週末、医学院の講義をローランドに押し付けた塁君は、私と一緒にハートリー領に来てくれた。










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