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21.つのる不安

「エミリー! 何故泣いてる!?」


 庭園の入口から塁君が私達の元へ凄いスピードで駆け寄ってきた。まずい。追及されたら手紙の件も言わなきゃいけなくなる。いや、いっそのこと全て言った方がいいのかもしれない。


「兄さんが泣かせたのか?」

「えっ! そうなのかな? エミリー、本当にごめん」

「ち、違います! とんでもないことです。私が勝手に泣いたのです」

「勝手に泣くなんて何かきっかけがなければおかしいだろう?」


 塁君はクリスティアン殿下を睨みつけている。どうしよう、私が身勝手な理由で泣いてしまったせいでクリスティアン殿下にご迷惑をかけている。


「僕が昔の茶会の話をしたんだ。そうしたら泣かせてしまった。何か気に障ることを言ったのなら許して欲しい。エミリー、無神経ですまない」

「そんな、無神経だなんてことは有り得ません。謝らないで下さい。私こそ本当に申し訳ありません!」


 クリスティアン殿下は困ったように笑っていて、塁君は心配そうに私を覗き込む。まだ脚がガクガクと震えているからあまり近付かないで欲しい。



「ルイ殿下、エミリー嬢のことになると余裕がなくなり過ぎです。もっと詳しく状況を見極めて下さい。クリスティアン殿下がお気の毒ですよ」


 ローランドが庭園の入口から呆れ顔で入ってきた。


「昔の茶会というと俺達が四歳の時のですか? あれは面白かったな」


 後ろからヴィンセントも顔を出す。


「うるさい」


 塁君はニヤニヤ笑う二人を睨みつけてそっぽを向いた。私が忘れていたお茶会に、この二人も出席していたのだろうか。


「俺の家族の元にきて『ハートリー侯爵は何処ですか』って聞いてきたから『あそこはご令嬢だから遊ぶなら俺と遊びましょう』って言ったら『うるさいお前に用は無い』って言われちゃって。しばらくしたら真っ赤な顔でエミリー嬢と白薔薇の庭園に行くところをお見かけして、『そういうことかぁー』って思ってたらすぐに無表情で戻ってきたんですよね。『あ、これ振られたわー』って思ってたら婚約しちゃうんだから。初恋が実って良かったですねルイ殿下」


 ヴィンセントは片目を瞑って塁君にウインクする。


「余計なこと言わなくていい」


「私の元にもいらっしゃいましたよね。『ハートリー侯爵の令嬢は何処か知らないか』って。『黄色い薔薇の庭園に侯爵と共に行かれるのを見ました』と答えたら脇目もふらず走り出されて、『そういうことか』と思っていたらすぐに無表情で戻ってこられましたよね。『あ、これは振られたな』と認識していたら婚約してしまうんですから。初恋が実って良かったですねルイ殿下」


 ローランドも真面目な顔で塁君の肩に手を置いた。


「お前ら本当に厄介だな」


 塁君は顔を赤らめてローランドの手を振り払っている。ローランドは振り払われても振り払われても真面目な顔で塁君の肩に手を置き直すものだから、私はつい笑ってしまった。


「ふふっ」

「あ、笑った」

「それでは我々はこの辺で遠慮して席を外しましょうか」

「そうだね。あとはルイ殿下の腕の見せ所だよねぇ」


 ローランドとヴィンセントはクリスティアン殿下を連れて白薔薇の庭園から出て行った。去り際にクリスティアン殿下は振り返り、また私に謝罪してきた。


「エミリー、さっきは本当にごめんね。だけどそれくらいルイにとって君は特別だと言いたかったんだ」

「クリスティアン殿下、私こそすみませんでした。もう大丈夫です。また今度ご一緒にお茶して下さい」

「ああ、勿論。いつでも歓迎するよ」


 恐縮した私は何度も頭を下げて三人を見送った。いつの間にか脚の震えも止まっていた。


 良かった。あの二人のおかげで気まずい空気が消え去った。攻略対象者はやっぱり色々対応力が違うな。モブの私は相変わらず鈍くさくて嫌になる。


「えみり、いつも笑とって」

「うん。ごめんね驚かせて」

「兄さんしばいたろか思たで」

「わっ! やめてやめて! 本当に何でもないから!」

「四歳の茶会の話されたんやろ? はっずいわ~」


 ここで聞いてもいいだろうか。『火曜日の彼は塁君なの?』って。


「あん時俺がやたらえみり探しとったせいで、貴族の間で俺がえみり気に入っとるって噂が流れてもうてな。えみりは前世の記憶無さそうやったし、変に周りに騒がれて迷惑かけたらあかん思て、その後えみりにもハートリー家にも一切接触せんかったんや」


 お茶会の招待状が届いた時、お父様が妙に期待している気がしたのはそのせいか。


「せやから二年前にえみりが『マジか』言うた時の俺の喜びいうたら! はは、今でも覚えとる。絶対逃さへんって必死やった」


 それは、羽音ちゃんが転生してるかもしれないって知らないから。


 せっかく止まった涙がまた目に溜まってくる。


「なぁ、えみり。ほんまは何かあったやろ? 何でも言うて」


 塁君が私を抱きしめて背中をさすってくれる。この優しくて温かい手を手放すなんて私には出来ない。


「……入学式がもうすぐだから不安だったの」


 嘘じゃない。本当に不安、というより恐怖すら感じる。


 アリスが現れる。転生者でも何でもない普通のヒロインかもしれないのに、ほんの少しの『羽音ちゃんかもしれない』っていう可能性が怖くて仕方ない。


「ヒロインが現れても全力で回避するから不安になることあらへんで。俺も勿論やけど、えみりにも接触させへんから安心してや」


 回避してくれれば、何とかなるだろうか。


 もし彼女だとしても、気付かないまま卒業出来るなんてこと、あるだろうか。


 私は結局その日もポケットの手紙を出せずに王城を後にした。







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