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204.運命が変わる

 おかしな夢を見た。


 いつの間にか部屋に居た外国人の女の子。ダークブラウンのおさげ髪にそばがすが可愛らしい十代半ばくらいの少女。どう見ても外国人なのに流暢な日本語で話す。まぁ夢だからな。


 幼馴染の咲良(さら)とは似ても似つかぬ姿なのに、何故だか咲良(さら)じゃないかと思ってしまった。いや、どういうことだ俺。何で咲良(さら)なんだ? 確かあいつは今日も夜勤の筈で、今だってまだ勤務中だろう。自分で自分の勘がよく分からない。何者かはさておき、夢の少女の言う通り、俺は目が覚めてすぐにメモを取った。


 佐藤ヴィーナス……俺の年下の叔母。確かに健太郎がネトゲで知り合ったとは言っていた。だけど揶揄い目的ならやめるよう言ったから、あいつは分かってくれた筈だった。なのに恨まれてると言うのか? 殺したいと思う程に? 何故だ。健太郎が何をした。


 しかも母親を殺してるなんて物騒なことまで言ってたな。


 佐藤ヴィーナスの母親というと、数十年に渡って祖父の愛人だった女性だ。そして祖母を苦しめ続けた存在でもある。祖父の葬儀には俺の叔母と叔父にあたるヴィーナスとマルスだけが参列した。彼らの母親が現れて祖母が卒倒するのではと家族は危惧していたが、その人は最後まで姿を現すことは無く、俺達の心配は杞憂に終わった。


 ヴィーナスとマルスの姿を見るだけでも、祖母と父は重苦しい雰囲気を出してはいたが、『子供に罪は無い』ということを二人は重々承知していた。だから彼らを親族控室にちゃんと通し、俺達と変わらぬ扱いを受けさせた。そうして祖父らしい盛大な葬儀は、祖母の手で滞りなく終えられた。


 彼らの母親は一度も会ったことのない女性だが、数十年間も祖父の世話をしてくれたのに、葬儀に来て場を荒らすことも無かった。俺は少しだけ感謝もしたのを思い出す。


 俺自身は何の関わりも無かった人物だが、その人が娘に殺されて死んでいるというのか?


 俄かには信じがたい。ニュースで見た覚えも無い。死亡届が出されているなら、父の秘書が情報を掴んで報告している筈だ。だけど夢の少女の言葉を無視できない自分がいる。



 俺は健太郎と父に電話をすることにした。





 ◇◇◇





 私が魔塔に入れられてもう何ヵ月経っただろう。


 頭の中も内臓も、とにかく体中が痛くて、息が苦しくて、あちこちから出血して目も見えない。もう動くことも出来ないのに、まだ私は生きている。本当ならとっくに死んでるレベルの筈なのに、死の痛みと苦しみが延々と続いている。一刻も早く処刑して欲しいとさえ願わせるこの場所は、何処の地獄なのだろう。


 マルスもきっとまだ同じように生きている。収監される時に見て以来、気配すらも感じられないけれど、私がそうであるように簡単に死なせてはもらえないのは分かる。


 最後に見た時、あの綺麗なマルスの顔がぼろぼろになっていた。皮膚が萎んで乾いて崩れて。


 前世ではずっと比較されて憎く恨めしく思っていたのに、いざあの姿を見た瞬間は『ざまぁみろ』なんて思えなかった。


 十六年がかりの計画が完全に失敗した絶望と、私を捨ててまで決行したくせにダメだったのかという蔑みと、目に見えて分かるマルスの苦しみを労わりたいほんの少しの情。


 自分でも予想外の感情が湧きあがったけれど、私達はもうお互いを労わるどころか、出来るのは死ぬことだけ。


 来世でもう一度やり直したい。前世で読み漁った小説のどれかに、また転生出来るだろうか。今度こそ、私は蹂躙する側の人間になる。もう馬鹿にされるのは嫌だ。負けは嫌だ。次こそはうまくやる。今度はマルスが反抗しないように気を付けながら、二人で協力してうまくやるんだ。





『魂は今回限りで消滅する』





 突如頭に響く声。脳炎を起こしている脳が揺さぶられる。痛みと熱で、言われたことを即座に思考できない。


 消滅……? 生まれ変われないということ? 転生者でもない魔塔の魔術師にそんな概念あるのだろうか。


 頭の中まで監視されると聞いていたけれど、話しかけてきたのは収監以来初めてのことだった。私の考えを読んでいるなら応えて欲しい。もう一度だけでいいから生まれ変わらせて。敗者復活させて。


 何度も何度も訴えても、魔術師の声は二度と私の頭に届くことは無かった。





 ◇◇◇





 魔塔に収監されて既に四ヵ月が経った。体中の再生系の細胞が死に、ほとんど呼吸も出来ず、酸素の行き届かない体は先端から壊死していく。


 苦しみ悶えながらひたすら待つのは処刑の時。収監の時にヴィーナが言ったように、処刑されれば次の生が待っているかもしれない。それだけが希望だ。


 次はどんな世界だ? ウイルスはあるか? 無くても俺が創り出す。今度はBウイルスもだ。


 ずっと俺のウイルスで殺したいと思っていたヴィーナは、レトロウイルス以外の俺が創り出した全てのウイルスに感染していた。正直ざまぁみろと思ったが、魔塔ではウイルスでは死ねない。結局ヴィーナを殺すのは処刑であり、魔塔なのだ。


 俺はあらゆる面でミスをした。


 次の生では主要キャラに関わらない場所でウイルスを撒く。


 次の生ではヴィーナと行動を共にせず単独で動く。真っ先にウイルスで殺しておくのもいい。


 次の生でベサニーみたいな女に会ったら、今度は大事にしてやる。



 俺は何度も頭の中で反芻しながら、気の遠くなるほどの時間を過ごしていた。





 ◇◇◇





「サラ! おかえり!」


 魔法陣の中のサラが目を開けた。良かった。帰ってきてくれた。消えたりしなかった。


 ちゃんと転生しなきゃいけない理由が出来たサラだし、心配し過ぎたかと思ったけれど、やっぱり私は一抹の不安を感じていた。だから思いっ切り勢いをつけてサラに飛び付いて抱き締める。


「エ、エミリー様……」

「待ってたよ!」

「よく帰ってきたな。今から俺がお茶を淹れる。休憩してから退勤しなさい」


 何だかんだ心配していたであろうロビンが、お茶を淹れに席を立った。その瞬間、私にも、ロビンにも、塁君にも異変があった。



「な、何か、変だよ??」

「これは……?」


 何かが頭の中でぐるぐるしていて、眩暈を感じてるかのようにグラグラする。勢いをつけて飛び付いたせいで立ち眩みしたのかと思ったけど、執務机の前でロビンも頭を押さえていて、私の後ろに居る塁君も右手を額に添えて考え込んでいる。


 私だけじゃない。皆も眩暈を起こしてるの?



「記憶が書き換わっていく。エミリー、ロビン、そのまま待機だ。眩暈が落ち着き次第、記憶のすり合わせをする」



 眩暈が治まってきた時、執務室にヴィンセントが転移で現れた。顔色が悪く、いつもの余裕な表情が消えている。


「な、何かしましたか!? 俺の記憶がすごい勢いで変化していきます。自分がおかしくなったのかと思いましたが、その場にいた父も、クリスティアン殿下も同じ症状を起こしています! どうなってるんです!?」


 この部屋にいなかった人間までも同じ症状を起こしていて、こうなると直前にあった出来事が原因としか思えなかった。



「サラ。誰に会って何を言った?」



 塁君の声掛けにサラはビクッと身を固くした。



「も、申し訳ございませんでした!! 私は、幼馴染の佐藤光に会いに行きました! ヴィーナスにウイルスを感染させられる前の光に……」



 それだとサラが死ぬ前の時間軸の筈だよね? 自分の死後の時間軸で家族に会うと言っていたのは嘘だったのか。でも責める気になんてなれない。私だって頭のどこかに『サラならそうするんじゃないか』って思わなかったと言えば嘘になる。理不尽に奪われた大事な人の人生を取り戻せるなら、この世界を変えずに相手の運命だけを変える魔法に賭けてしまうかもしれない。責められないよ。


 でもサラが無事に帰ってきたってことは、サラ自身の生死に関わる発言はしなかったってことだ。それに私の中の記憶では、ジーン君のことも、夢で会いに行った両親のことも変わっていない。


 変わったのは、あの一連の悲劇だけ。



 それは塁君も同じだったようだ。



「コリンズ村も、ギルモア領も、レイトン島も、その他の感染地域も、何の被害にも遭っていない記憶に書き換わった」



 そう、それは私の中の記憶も同じ。


 あの日執務室で塁君がコリンズ村の一件を話した記憶が無かったことになっている。あの後ずっと会えなかった期間が無かったことになっている。


 そして私の商会に来たはずのヴィーナが、来なかったことになっている。それどころか、ダンとウォルトも来なかったし、私はあの二人の借家に潜入してないし、マルスに追いかけられてもいない。


 いや、マルスとヴィーナって生徒なんか、最初からうちの学園に居ないのでは?


 何なのこれ? すごく変な感じで混乱する。



「俺の記憶の中でも、そもそもマルスとヴィーナという人間が存在していないことになっています。これ、そのうち完全にこっちの記憶に置き換わるんでしょうか。すぐに記録をとっておかないと。ローランドのとこにある、奴らに関する膨大な報告書がどうなってるのか見てきます!」



 ヴィンセントが大急ぎで消えると、次はネオ君がアウレリオ様と一緒に転移してきた。


「エミリー、突然先触れも無く失礼するよ。ルイ殿下に緊急で報告が。私達の記憶が突如改竄されていくのですが、何が起こってるのですか」

「僕がルイ殿下と研究室に籠もったのが無かったことになっていくんです! クルス王国の民がベスティアリに避難したのも、エミリーと魔石を通じて見守っていたあの時間も、ウイルスに関連すること全てです!」



 塁君だけが一人落ち着いていた。まるでこの事態も想定内というように。



「佐藤光に会って、ヴィーナのことを言ったんだな?」

「……はい」


 消え入りそうなサラに、塁君は怒るでもなく語り掛けた。



「魔塔の尋問部屋で得たヴィーナの自供では、二人は佐藤光にBウイルスを感染させた二週間後に、潜伏期間を経た佐藤光に症状が現れたのを確認した。確認後、その日のうちに自宅へ戻り、マルスが用意した薬を服用して自死したと言っている。だが今回、サラが佐藤光に忠告したことで、佐藤光が動いて二人の自宅は家宅捜索され、薬は押収されたのだろう。だから二人は死ねなかった。つまり、この世界に生まれてこれなかった」



 そして塁君はニヤッと笑ってサラの肩をポンと叩いた。



「でかした。これでウイルステロで死んだ数百名の国民も、後遺症で苦しんだ国民も、何もかもゼロだ」



 事態がやっと理解できた私は、大きな口を開けて『わぁ……!』と言ってしまい、慌てて両手で口を覆った。


 でもネオ君も同じ顔で『わぁ』と言っていて、アウレリオ様も塁君も、私達を見てクスッと笑っていた。










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