201.信念をもって出来ること
『我ら竜神の庇護の下にある国、ベスティアリ王国の第二王子誕生を我々は祝福する』
重低音のその声に空間がビリリと震える。
夕暮れのオレンジと夜の紫が混ざり合う空の色が、この得体の知れないひと時をさらに不気味にも、神秘的にも演出する。
『この国の発展は今後も続くであろう。民よ、ベスティアリ王家へ忠誠を誓い、この国の更なる発展のために尽くすがよい。さすれば己にも多くの幸が訪れる』
言い切ったドラゴンの言葉に民衆は歓声を上げ、跪き涙する者までいる。
白いドラゴンが王城のバルコニーまで飛んでいくと、アウレリオ様の差し出した手に愛し気に顔を擦りつけ、喉をキュルルと鳴らす。
「シン、ありがとう。愛しているよ」
アウレリオ様がそう言うと、民衆は大喝采を送り、ドラゴンの一挙手一投足を見逃すまいと空を仰ぎ見る。
漆黒の巨大ドラゴンが咆哮を上げると、王城を中心に空に大きなオーロラが出現した。初めて見る光と色の神秘のカーテンに、人々は言葉を失い魅了される。
「なんだあれは……」
「神の国の窓辺に繋がっているのかしら……」
「王家は神様の化身なのではないか」
徐々に暗くなっていく空。オーロラも消えていき、人々がもっと見ていたかったと名残惜しそうに拍手を送ろうとした瞬間。ドンドンと私には聞き覚えのある音が連続で鳴り響く。
そして夜空に咲く大輪の花火。
「うわぁ……」
オーロラの時以上に民衆は声も出せず空に釘付けになっている。
この世界にも花火はあるけれど、前世の外国の花火のように単色で、日本の花火とは趣が違う。まだまだとても貴重なもので、余程の時しかお目にかかれないし、打ち上げる数も少ない。去年の研修旅行の自由行動の日、ベスティアリ国王陛下が私達のために花火を上げて下さったのは、本当に破格の特別待遇だったのだ。
それなのに。
今私の頭の上では色とりどりの花火が大盤振る舞いで空一面に咲き誇っている。
菊、牡丹、大柳。色が次々と変化するその様は、まさしく前世の日本のお家芸。そして仕掛けてもいないのに仕掛け花火のナイアガラ。子供達の目も大人達の目も、皆キラキラ輝いて、皆が同時に空を見上げるこの光景。
私も久々の光景に胸がいっぱいで、『すごいでしょう! これが日本です!!』とドヤりたい気持ちに駆られている。しないけど。
連続で花火が上がり始め、これはクライマックスのスターマインかと思っていたら、日本で言う『四尺玉』以上の大花火がドッカンドッカン乱れ咲く。そのド迫力に喉がゴクリと鳴ってしまう。
「エ、エミリーお嬢様。すごいですね……!」
「すごいよね! 綺麗だし強そうだしかっこよくて美しくて、とにかくダイナミック!」
「まるでルイ殿下のようですね」
そして最後に最大の花火が咲き、光がパラパラと消えた一瞬の後、ベスティアリ王家の紋章がバッと打ちあがって人々の度肝を抜いた。
その光も消えると、バルコニーには国王陛下がアウレリオ様の隣に立っていた。
「国民の皆、集まってくれて礼を言う。今日この日、我が国の第二王子が誕生した。王太子によく似た知的な瞳と大きな魔力を持った王子だ。竜神様の仰る通り、この国はますます発展するであろう」
大きな拍手と喝采を浴びて、王族の二人も、ドラゴン二頭も、それぞれの場所へ姿を消した。民衆はまだまだ興奮冷めやらず、広場に集まった人々は流れる音楽に合わせて歌い踊る。
ドラゴンエリアにも人が殺到し、限定御守りが飛ぶように売れている。
「私レオへのお土産に御守り買ってくる! 時間かかりそうだから、買い終わったらお城に直帰するね」
「分かった。じゃあ私とリリーはもう少し見て回ってから戻るね」
アリスと別れ、私はリリーと広場周辺のお店で新商品を見ることにした。子供向けの可愛い絵本が目に留まる。ロックテイストのドラゴングッズはドラゴンエリアにしか売ってないけれど、可愛らしいタッチのドラゴンは土産物店にも書店にも売っている。
いつかジーン君に、『これお父様なんだよ』なんて読み聞かせできたらいいなぁと妄想してニヤニヤしていたら、観光客らしき親子が私の隣でその本を手にとった。
「おかあしゃま、わたちこのほんにしましゅ」
か、可愛い~。まだ三歳くらいかな。ジーン君も舌足らずだけど、この子もまだまだ舌足らずで、なのに言葉遣いが丁寧で愛らしい!
貴族の子だと思われるその子は、指でタイトルをなぞりながら声に出す。
「どらごんとおうじ」
合ってるよ~。短くて細い指がまた可愛い。
母親が侍女に指示を出すと、侍女はその本を会計まで持って行った。その侍女の手にはうちの色鉛筆もある。あの包装紙はシリウスの飾り彫りのやつだ。ベスティアリ王国の貴族なら王家から通し番号入りの色鉛筆が配られるから、外国からの観光客なのかな。
その親子が行ってしまうと、今度は平民らしき兄弟がやってきた。
「さっきドラゴンと王子って言ってた。これで王子って読むんだ」
「兄ちゃん、僕読めないけどこの絵が好き。かっこいい」
「あっちのドラゴンエリアにはもっとかっこいい絵のドラゴンの本もあるぞ?」
「あっちはちょっと怖いから、これがいい」
「あ、こっちに絵葉書がある。これなら絵だけだからもっと安いかも……って高っ! なんで?」
兄弟の横のラックには、観光客用の絵葉書がたくさん並んでいる。何故高いかと言うと、風魔法が付与されているからだ。おかげでどれだけ遠い国宛でもすぐに到着する。魔道具とまでは言わないけれど、魔法が付与されている分それなりの値段がする。特にベスティアリ王国には魔力持ちは魔法省にしかいないため、魔法が付与されたものは数も少なく希少価値があるのだ。
うちの国なら魔力持ちも多いし、風魔法も割とポピュラーではあるので、ここまで高額ではない。塁君なんてメモ程度にも風魔法を付与して色んな人に渡している。メールで即時にやり取り出来ていた転生者の私達には、電話も無く郵便も遅いこの世界は不便で仕方ないのだ。
「兄ちゃぁん、これがいい。ダメ?」
『ドラゴンと王子』の絵本を胸に抱いて小首を傾げる弟は、さっきの貴族の子より年上で五歳くらいに見えるけど、平民だからか字が読めないらしい。
何処の国でも貴族の子は早くから教育を受けられるのに、平民の子は子供でも働き手であることが多いため学ぶ機会が殆ど無いのだ。
確かにうちの国でも貧民や平民の識字率は低い。中にはゼイン一派のように、貴族以上に仕事のできる人達もいるけれど、それは特殊な例なだけ。それだって元々は王家の優秀な家臣がゼインに教えたのが始まりだ。その知識をゼイン達が部下に、上の者から下の者へ繋いで行ったんだ。
「……閃いた」
「何がです?」
「リリーが納得するような論文書くから私!」
「は、はい?」
元教育学部で子供が大好きだった私。こんな私が自分の国のために出来ること。帰国したら早速やってみる! 第二王子妃としても相応しい取り組みになる気がしてきた!
そう決心した時、私の腰に誰かの手が伸びる。この手の大きさ、寄せる強さ。フワッと広がるグリーン系の香り。これは塁君。
「エミリー、待たせた。やっと一息つける」
引き寄せられるとこめかみに柔らかいものが当たり、同時にチュッと音がする。
「お疲れ様。花火凄かった!」
「楽しんでくれたなら良かった」
「エリオット!?」
「……ルイ殿下に腕を掴まれたまま転移されてしまった」
リリーの声に驚いて振り返ると、制服を着たままの侍従さんが眉間を押さえながら立っていた。お城でお仕事してた筈だけど、塁君に拉致同然で連れてこられたらしい。
「息抜きに付き合え」
そう言って塁君は広場の屋台で四人分の串焼きやサングリアを買い、噴水の縁に並んで腰かけて一つずつ渡していく。
「さぁ、さっさと食えよ。俺はまだまだ色んなものを食いたい」
私も遠慮なくパクパクゴクゴク頂くと、それを見たリリーも侍従さんも遠慮しながらも口を付ける。
「……美味しいです」
「ベスティアリの香辛料旨いよな」
その後もどんどん塁君チョイスで手渡されるお料理に舌鼓を打ち、いい感じにサングリアの酔いが回ってきた頃合いで、広場の中心にある組んだ木の中に火が灯された。メラメラとキャンプファイヤーのように燃え上がった火を囲んで民衆が躍り出す。
さっきより増えた楽器演奏者達が、クラシックとは全然違う軽快な音楽を奏で始める。最初は躊躇っていた貴族風の方達も、この日のおめでたいムードと楽しそうな平民につられて次々と踊り始めた。舞踏会で踊るダンスとはまるで違う、跳ねるような駆けるようなステップのダンスを。
「エミリー、踊ろう」
「うん!」
「……リリー、私達はどうする?」
「勿論踊るしかないでしょ!」
見よう見まねで踊る私達は、躓くのもまた楽しくて、笑いながら踊るうちにコツを掴んで完璧に踊れるようになった。
「あんた達上手いなぁ!」
「まぁな!」
「じゃあこのスピードならどうだ?」
演奏者達が楽し気に音楽のスピードを上げていく。これ以上ないくらいのハイスピードでも演奏の和が乱れないのは、このダンスでのお約束なのかもしれない。
必死で足を動かす私も塁君も、きっとお互い負けてたまるかって思っていて、でも楽しくって仕方なくて。
超ハイスピードの音楽が終わると、演奏者達全員が立ち上がって拍手を送ってくれた。
「すげぇな!!」
「だいたい途中で足がこんがらがるんだぜ?」
「あんた達にもドラゴンの加護がありますように!」
私はさすがに息が上がって汗だくだけど、塁君は涼しい顔をして私に冷たい飲み物を買ってきてくれた。あぁ、生き返る。氷魔法で冷やしたハンカチを私の首の後ろに当ててまでくれる塁君は、ほんとスパダリだと思う。
リリーと侍従さんは噴水の縁に両手をついてぜぇぜぇ言っている。だけどリリーが本当に幸せそうだから、私までほんわか幸せな気持ちになる。
今日は最高の一日だ。
「塁君、私論文のテーマやっと決まった。自分の前世が役立って、信念をもってやれること、やっと気付いたの」
「うん。何?」
優しく微笑む塁君のマリンブルーの瞳を真っ直ぐに見て、私は自信を持って言葉を発した。
「通信教育、始めてみる」




