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20.忘れていた出会い

「僕が五歳になった頃にね、同年代の高位貴族子女と交友関係を持つようにと、城で大規模な茶会を開いたことがあったんだよ」


 クリスティアン殿下は白い四阿にいる私の隣に腰かけて話し始めた。


「ルイはそれまでも無気力・無感情ではあったんだけど、魔法の訓練だけは感心するくらい頑張っていてね。その茶会も『魔法の鍛錬をしていた方がマシだ』と言って参加拒否していたんだ」


 初めて会った時に塁君は『小さい頃から魔力をコントロールするため自主練してきた』と言っていた。魔力暴走でクリスティアン殿下に怪我をさせないために。四歳の頃にはもう頑張っていたんだね。


 幼い塁君を想像して胸が温かくなると同時に、手紙のことを思い出してギュッと痛む。


「なのに参加者名簿を見た途端『俺も出る』と言い出して父と母を驚かせたんだ」


 クリスティアン殿下は柔らかくそのサファイアブルーの瞳を細めた。



「君の名前を名簿で見つけたからだよ」



 ……どうして?


 あぁ、日本人名をもじった名前だったからかな。そういうことか。塁君は生まれた頃から前世の記憶があったと言っていた。きっと私の名前を見て元日本人仲間だと思ったんだ。


「茶会が始まると、ルイは他の子供には目もくれず君を探し回っていた。他人と話すのが苦手だったルイが、色んな大人に『ハートリー侯爵は何処ですか』って自分から声をかけてね。遂にハートリー侯爵とその隣に座っていた君を見つけて、ルイと君は二人で此処、白薔薇の庭園に来たんだ。僕はいつもと違うルイの様子に驚いて、つい好奇心で後を追ったんだよ」


 全然覚えていない。私は五歳で前世の記憶を取り戻してからは、それ以前の記憶が酷く朧気なのだ。今までそれで困ったこともなかったから気にしたことはなかった。


「そこでルイは真っ赤な顔で君に話しかけたんだ。子供だったから呂律が回らなかったみたいで『えみりちゃん』って名前を呼ぶのに噛んでしまって。ふふ、可愛らしいね。きっと『エミリー嬢』と言おうとしたのかな。その後君が『エミリーです』って返事をしたからルイはますます赤くなってたな」


『えみりちゃん』 きっと日本語で話しかけたんだ。元日本人の私と前世の話をしたかったに違いない。婚約者選びのお茶会で、私が塁君の『なんでやねん』を聞いた時と同じように。


「その後は噛んだりすることなく話していたんだけど、よく分からない内容でね。きっとその茶会以前に君達は何処かで話したことがあったんだね」

「どういうことでしょうか……」


 噛んでなかったということはこの国の公用語に切り替えて話したのだろう。私が公用語で返事をしたから。


 公用語だったならクリスティアン殿下は話の内容を理解したに違いない。


「『俺は火曜日の』とか『いつも君のクロックムッシュを』って言っていたよ。クロックムッシュが何なのか分からなかったけど、先日ルイが君に作ってもらったと城で食べていた料理がクロックムッシュというそうだね。『思い出の料理だ』って大事そうに食べていた。小さい頃に外遊先か何処かで偶然一緒になって、そのクロックムッシュを食べたことでもあるのかなと思っていたんだけど」



『俺は火曜日の』『いつも君のクロックムッシュを』『思い出の料理だ』


 私はヒュッと喉が鳴るのを感じた。


 塁君は。まさか。




 私の脚がガクガクと震え出した。ドレスじゃなければクリスティアン殿下にばれてしまっていただろう。止まれ、と太腿を押さえても震えは一向に止まらない。



「君は忘れていたみたいで、不思議そうな顔をして首を傾げてた。ルイが『ごめん、なんでもない』と引き返してきたから僕も慌てて会場に戻ったんだ。またそれからはルイの無気力・無感情に拍車がかかってしまったんだけどね。でも二年前の茶会で君とルイがうまくいって、ルイが生き生きし出したから本当に嬉しいよ。エミリー、ありがとう」


 クリスティアン殿下が満面の笑顔で私にお礼を言う。第一王子にお礼を言われるなんて恐縮で、何かきちんとした返事をしなきゃいけない。


「大変光栄です。私もあの日ルイ殿下にお会い出来て…………」


 言葉を言い切る前にぽたぽたと涙がドレスのスカートを濡らす。


「エミリー!? ど、どうしたんだい?」


 クリスティアン殿下は慌てて私にハンカチを差し出して下さった。それを受け取って謝罪とお礼を、と思うのに体も動かなければ言葉も出てこない。


 私はただただ俯いたまま涙を零し、しゃくりあげてしまいそうな喉を必死で息を止めて抑えることしか出来なかった。



『俺は火曜日の』『いつも君のクロックムッシュを』『思い出の料理だ』


 塁君は私が誰だか知っている。前世で私があの店のクロックムッシュを作っていたと知っている。日本名をもじった名前だからじゃない。羽鳥えみりだって知っていたんだ。四歳の時から。



 私は火曜日の彼の名前は知らなかった。来栖塁君だったんだ。



 嬉しさを不安が覆い隠す。大好きだった彼と今、この現世で婚約者になれた喜びより、私を置いて彼女を見つけに行ってしまう不安が勝る。


 彼を射止めた可愛いバイトの女の子。彼女から私の名前を聞いていたのかもしれない。毎週必ず注文するクロックムッシュを作ってるのは羽鳥えみりって子だよって。


『エミリーの料理は絶対美味しいと思う』

『そんなの分かりませんよ』

『いや分かる』


 あのお茶会で塁君は私の料理が自分の口に合うことを知っているかのようだった。本当に知っていたんだ。



 彼が命をかけて守ろうとした大切な子。彼の彼女になったバイトが一緒だったあの子。


 あの子を守るために塁君は死んだの? そんなに大切だったんだ。前世のこととはいえ、私の大好きな塁君が、それほど大きな愛情を誰かに抱いていたことに苦しくなる。


 怖い。


 あの子がこの世界に転生しているかもしれないことが。


 だって、あの子の名前は――――





 有栖羽音(ありすはのん)ちゃん




 あの子の苗字と同じ名前のヒロイン・アリス。


 塁君はアリスって名前の子を一人知ってると言っていた。大事な大事な彼女の名前。『絶対ヒロイン好きにならへん』と言っていたのは、彼女が亡くなったことを知らないまま塁君が亡くなったから。別人だと思っているからだ。


 まさか苗字の方で転生とは思いもしなかったけれど、可能性はゼロじゃない。



 来月の魔法学園入学で現れる彼女の存在が、私を不安と恐怖に陥れる。







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