199.自分の居場所
塁君のスカウトを承諾してから、サラはますますやる気に満ち満ちていて、土日の業務もサクサクこなして皆の手伝いまでしてくれている。いつも本当に気が利くとは思っていたけれど、天性の資質だけじゃなく、数多くのバイトと救急で鍛えられた『空気を読んで即座に動く』スキルの賜物なんだなぁと思う。
「毎週末サラが来てくれて本当に助かる。冬休みは平日も来てくれる?」
「勿論です! よろしくお願いします!」
来月中にはベスティアリ王妃様がご出産予定で、ここ最近の私達は『ベスティアリ王国第二王子生誕記念限定パッケージ』の準備に追われる毎日だ。
赤ちゃんの瞳の色であるアメジストの色鉛筆入りのリミテッドエディションで、入れる箱も宝石を散りばめた物からベスティアリ王家の紋章入り、シリウスの飾り彫り入り、ホーンラビットのイラスト入り、ドラゴンのイラスト入りと様々な種類を用意している。
最上位版の宝石付きは通し番号を入れて王家が貴族に配布するらしく、その番号で序列が分かるという政治的価値も付随する。もはや中身よりも箱が価格の殆どを占めている。
その噂を聞きつけたベスティアリ王国の周辺国からも、冬休み頃に注文が入るだろう。忙しくなるからサラがいてくれれば心強い。
「うちの職員は皆よく働く気立てがいい者ばかりで誇りに思いますが、サラは特に良い人材でしたね」
ロビンが流麗なペン使いを止めずに言う。
「ロビンもサラも皆も私の商会の宝だよ。いつも本当に感謝してます!」
「勿体ないお言葉です」
「エ、エミリー様ぁ~」
サラは感激した声を出しながらも包装の手は止めず、サラの隣にはどんどん美しい贈答用色鉛筆が出来上がっていく。ぴっちりと美しく包みながらもスピードが速く、私が一個包み終わる間にサラは五個は仕上げている。
「ベスティアリ王妃様のご出産楽しみですね。うちの隣に住んでいる奥さんも先週赤ちゃんが生まれたんです。小さ過ぎて心配になるくらいなのに、一生懸命生きてて、見る度感動しますよね」
「いいなぁ、赤ちゃん大好き。ほんと可愛いよね」
「エミリー様とルイ殿下のお子様なら、王子様でも王女様でも特別お可愛らしいでしょうね」
「あっ、そ、そうかなぁ~?」
サラにジーン君の話はしたことがない。その話をし出すと夢に入る魔法の話をしない訳にいかないからだ。それは塁君が時期を見ているところだから、私が話すべきではないと自制している。本当は今すっごくすっごくジーン君の可愛さを自慢したくて仕方ないんだけどね!
「サラの子供だって可愛く生まれるだろう。君ほど気が利き何をやっても器用な母親なら、子供も日々楽しく幸せに過ごせる筈だ」
ロビンが何気無く言った言葉にサラは『いやいや私なんて全然……』と急にトーンダウンしていった。何故。
「私もサラの子は幸せだと思うよ?」
「あ、あのですね、子供の前に、結婚とかが難しいというか……、いや、ほんと、無理です……」
思わず私とロビンは業務の手を止め顔を見合わせた。
「何だ、どうした」
「サラは気立ても良くて可愛くて奥さんにしたい男の人はいっぱいいると思うよ? あ、それかお仕事に邁進したいってことかな」
確かに前世の感覚を持った女性だったら、結婚だけが人生じゃないって価値観もあるだろう。私もそれには賛成だ。人それぞれ、仕事だったり、趣味だったり、家族だったり、優先順位は違って当然だから。
「サラは志が高いから結婚よりお仕事を取るのもひとつだよね。それならそれで応援するよ。立派なことだよ」
本当に応援のつもりで言ったけど、サラは顔を赤らめて俯きながら包装を続ける。スピードが落ちないところが素晴らしい……!
「そ、そういうわけではなく、私は、恋愛とか、ほんとに苦手で、かといって、お見合いとかも、違うというか」
「男性が苦手なわけじゃないよね? 普通に接してるもんね?」
「自分が恋愛するわけじゃないなら……普通にノリノリで楽しめるんです。箱推しですしね。でも、自分が、となると……うわぁぁってなると言いますか」
「「うわぁぁ」」
「はい、うわぁぁです……」
真っ赤になりながら、更に速度を上げて包むサラに、私とロビンの口元は綻んだ。だって可愛いから。
「前世で彼氏とかは?」
「い、いません! いたことありません! 学生時代はバイトに明け暮れ、社会人になってからは業務と自主勉強の日々でした! たまに息抜きに友人と遊ぶくらいで!」
そうだよね。私もバイトと大学だけの日々で、息抜きは寝る前の乙女ゲーだけだった。私も喪女だったから気持ちはよぉーく分かるよ……!!
「私も似たようなものだけど、何とかなったからサラだって大丈夫!」
「い、いいえ! ポ、ポテンシャルが違い過ぎます!」
何故か急に自信が無くなるサラに、ロビンが甘いフルーツティーを淹れて横に置いた。
「なるようになるものだ。サラの生きたいように生きていれば、縁がある者と結ばれることもあるだろう。無理する必要も無いし、諦めるにも早い。自信を持て。サラは可愛らしいと思うし、いい妻でいい母親になると思うぞ」
「ロビンさん……」
つい私まで『ロビン~!』とときめいてしまった。当の本人はごく自然に出た励ましだったようで、照れることもなくシレッとしてるけど。
「とにかくこの商会ではサラは必要な人間で、可能な限りいて欲しいと思っている。夢に向かって努力するのも職員一同応援するし、挫折したって戻ってくればいい。いつでもサラの居場所はあるのだと心に留めておきなさい」
そうだそうだとコクコク頷く私の向かいで、サラが突然目に涙をいっぱい溜め始めた。零れて包装紙を濡らさないよう、椅子の背もたれに仰け反ってハンカチで拭い出すサラ。
「ごごごめんなさい! お構いなく!」
そういう訳にはいかない。大事な職員が泣いているんだから。私が席を立つより先に、ロビンが肩を擦りに行った。
「どうした。俺が何か言ってしまったか?」
「ちちち違います! お構いなく!」
必死に目を見開いて両手でパタパタと扇いで目を乾かそうとするサラだけど、乾くどころかどんどん涙が溢れてくるばかり。
「サラ、一旦休憩にしようね」
私がサラの前の商品を退けようとすると、ロビンがサッと片付けて退かしてくれた。そしてフルーツティーの横にマーシャさんのバターケーキをサッと置く。いつ見てもしっとり美味しそう。
「す、すみません。なんか、急に、止まらなくなっちゃって。変ですよね、あはは」
「変じゃないよ」
その後十分くらいそのままハンカチで顔を押さえていたサラは、少し落ち着くとフルーツティーを一口飲み、ぽつりぽつりと思いを言葉にしてくれた。
前世では家にも職場にも居場所は無いと感じることばかりで、必死に自分で自分の居場所を作ろうと努力してきたこと。
結局看護大学進学と同時に実家を出て、その後は全く連絡を取っていなかったこと。職場では救急のスピードに慣れずモタモタしては叱られて、四年かかってだいぶ慣れはしたものの、緊迫した場になればやっぱり未熟だと思い知ることばかりで、居場所と感じるほどの居場所が何処にも無かったのだと話してくれた。
転生した今のサラは温かいご家族に囲まれ、魔法学園にも入学出来て皆に応援されている。それでも前世のその寂しさや焦りは未だに忘れられないのだと言う。
だから塁君のスカウトも、『サラにしか出来ない』という言葉も、何より嬉しいものだったと。そこに来て今のロビンの言葉が決定打となったようで、満たされなかった思いが一気に溢れて止められなくなったと困ったようにサラは笑う。
「こんなに良い世界に生まれてこれて、本当に神様に感謝です。有難いことばかりで、皆さんにも心から感謝しています」
油断するとまたブラウンの瞳がうるうるしてくるサラの口に、ロビンがバターケーキを一口ずつ運んで世話を焼く。ゼインが弟属性に弱いなら、ロビンは妹属性に弱いんだな。私にも過保護だと思うことが多々あるのだけど、商会長だからよりも妹属性のくくりに入ってるのかもしれない。
「美味しいです……マーシャさんのケーキ……じゅわってします」
「うんうん。俺の分も食え」
サラが喉を詰まらせないよう、時々カップを持ち上げフルーツティーまで飲ませるロビンは、もはやお母さん。実の妹さんがとっくに手を離れたからか、久々の世話焼きスイッチが入った気がする。
私はそんな二人をほんわか愛でながら、これでますますサラの『この世界に転生して良かった』『生まれ変わった過去を変えたくない』という気持ちが強くなったなぁと考えていた。




