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190.最終バイオテロ発生

 一目見てこの世界のメインキャラだと分かるような顔ぶれが、都合のいいことに俺がウイルスを放つと決めた場所に集合している。


 どうやら俺を匿っていたベサニーという女を連行するところらしい。


 これほどの手勢を集めるとは、俺よりもよほど重罪犯なのではないか? だがそのおかげで、俺の邪魔になりそうな奴らを真っ先に感染させることが出来そうだ。何をしでかしたのか知らないが、本当に最後まであの女は使える。


「お前は……ウイルステロ犯のマルスだな」


 騎士団と思われる若い男が俺を睨みつける。どうやらウイルスの概念は医学生だけじゃなく、ここに居る連中にも共有されているらしい。


 騎士団が一斉に隊列を組み直し、俺を捕縛するかのように全方位を取り囲む。


 だがそれが何だ?


 俺の左手の中には、レトロウイルスがたっぷり充填された容器がある。魔力を流せばすぐに噴出するよう調節済みだ。囲みたければ好きに囲めばいい。真っ先に死ぬだけだ。ウイルスを放つ準備は既に出来ている。


 体液による接触感染が多いレトロウイルス。それを空気感染するよう苦労して作り変えた。乾燥にも湿度にも耐性を持たせる保護魔法も、王都中に拡散出来るように風魔法も習得してある。潜伏期間を調整する時間魔法も完璧だ。俺が習得した魔法の殆どが、この新レトロウイルス拡散のためのもの。この日、この瞬間のために俺の努力の全てはある。


 風に乗って王都の外へ流れて行っても面白いな。あらゆる場所で、俺のウイルスが猛威を振るうなんて最高だ。



「マルス!!」



 聞き慣れた甲高い声。


 取り囲む騎士団を掻き分けるように、ヴィーナが鬼の形相で俺に向かってくる。ちょうどよかった、俺もお前に会いたかったよ。お前には俺の目の前で死んでもらわないとな。


「あんた……! 今まで何処に居たのよ!」


 ヴィーナの目には激しい怒りの感情が溢れている。今までずっと目に宿していた俺への嫉妬、憎悪、そして少しの情が一切無くなっている。余程俺に捨てられたことが許せなかったようだな。あれだけの扱いをしておいて気楽なものだ。俺が何をされても運命共同体だと思っているとでも? 本心はお前など真っ先に殺したいほど嫌いだというのに。


「お前がのうのうと生活しているということは、俺を売ったんだな」


 ウイルステロ犯だというのならヴィーナだってそうだろう。最初にポリオウイルスを故郷の村人に感染させたのはこいつだ。なのに捨てられた腹いせに俺だけを通報したのか。お前も俺を捨て返したってことなんだな。


「全てあんたのせい」

「そうか。まぁいいさ」


 笑いが込み上げてくる。前世でのヴィーナスも、今世でのヴィーナも、平気で自分の都合に家族を巻き込み、勢いで殺すような奴。そしてそれは俺も同様。前世では甥を殺したかもしれず、今世では今まさにヴィーナを殺そうとしている。皮肉なものだ。これほど似ていない双子なのに、魂の根っこの部分が似ているのだ。



「騎士団総長」



 メインキャラらしき一人が声を発した。ウェーブのかかった銀髪を後ろで一つに結わえた美しい男。その服装から二人いる王子の内どちらかだろう。


 そいつの隣にもう一人銀髪の男がいる。髪は短くこいつの方が生意気そうな顔をしている。服装からしてこいつも王子か。



 ――どっちが第二王子だ?




 俺がウイルスを放てば、此処にいる連中は皮膚が細胞死を起こしてぼろぼろになる。そうなる前に、唯一俺の障害に成り得た人間の顔を記念に見ておいてやろう。


 どちらも恐ろしく美しい顔をしているが、長髪の方が落ち着いた雰囲気を醸し出している。順当に考えればこっちが第一王子か。じゃあこの生意気そうな方が第二王子。


 あの医学院の教科書を執筆し、ポリオに気付き、タミフルかゾフルーザを作った男。


 そしてエボラのウイルスベクターワクチンとモノクローナル抗体の治療薬を作った男。


 そうか、お前か。ははっ、いい面構えだ。


 お前は凄い奴だよ。死なせるには惜しいが、婚約者もそこの建物の中にいるんだろう? 同じ日が命日なんて、悪くないと思わないか? うまくいけば転生して何処かで再会出来るかもしれないぞ? はははっ、そうなったら傑作だな。




「何処見てるのマルス! 私に何か言うことは無いの!?」


 ヴィーナが俺の目の前まで来て怒鳴りつける。あぁ相変わらず煩い。お前に今更言うことなど無い。敢えて何か言うとするのなら――――



「ヴィーナ、別れの時だ」

「え?」



 何が何だか分からないという顔をしているヴィーナを見ると、ここまで察しの悪い奴だったのかと苦笑するしかない。お前は本当に馬鹿な奴だな。



「騎士団員! 目標を捕らえよ!!」


 甲冑を着た人間の中で一番偉そうな中年の男が右手を上げると、俺を取り囲んでいる騎士団の奴らが少しずつ俺に近付いてくる。



「クリスティアン殿下、ルイ殿下、こちらへ」


 王子二人が眼鏡をかけた男に退避を促されている。待て待て、メインキャラは居てもらわなくては。俺の最終兵器を華々しく披露する場なのだから、最前列の特等席でご覧いただこう。ただし自分自身も周りと共に死にゆく運命だがな。



 時は来た――――




「両殿下、お待ちを。ご覧にいれたいものがあります」



 俺は笑いを抑えきれないまま左手を差し出しそう言った。そのまま魔力を込めると、容器がカチリと開いた振動が手の平に伝わってくる。



 これは地獄の扉が開く音だ。



 これから起こる惨劇を思うと、その音は実に呆気ない。悲劇というものは存外そんなものなのではないだろうか。いつの間にか、変わらぬ日常の中で、不意に呆気なく起こるんだ。


 あぁ、それにしても、こんなにワクワクするのはいつぶりだ?


 エボラも狂犬病も、せっかくのお楽しみは最悪な形で台無しにされてしまった。だが今日は違う。聖女も治せず、ワクチンも治療薬も存在しない、完璧に新種のレトロウイルス。俺の功績を潰した第二王子の死を目の前で見届ける記念日だ。





 俺は風魔法を使い一気にその場にウイルスを拡散した。円を描くように、周囲の人間の顔の高さを狙って、広く、素早く。さぁ、吸い込め。肺の奥まで。


 気道の細胞に、肺胞の細胞に、細胞膜の受容体に結合したウイルスが細胞内に侵入していく。そしてお前らのDNAに俺が設計した遺伝子が組み込まれ、強制発現されて細胞死を引き起こす。


 血球も死んでいくから肺の防御機構の一種である肺胞マクロファージも機能しなくなる。補充される筈の好中球も死んでしまい感染はどんどん進み、すぐに肺胞でのガス交換も出来なくなる。それはさぞかし苦しいだろう。


 肝細胞も死に肝障害を起こし、消化管上皮が崩れゆく。息苦しさと痛みに悶え、文字通りぼろぼろになって死んでいく。


 時間魔法で潜伏期間は無しだ。レトロウイルスはその作用機序で潜伏期間が長いが、そんなものはこの世界なら何とでもなる。進行度合いも一気に速めてやる。だって待ちきれるわけがないだろう? 俺が生み出すこの世の地獄が出現するのだから。



「あ……あぁぁ……」

「な、なんだ……?」


 周りの人間達に異変が起こり始めた。勿論俺の目の前のヴィーナにも。


「あ、あんた……私に、まで……は、あぁ、んぅ」


 ヴィーナは喉を掻きむしり、その手の指も、顔も、首の皮膚も、全身の皮膚がぼろぼろと崩れ始めた。


「い、息がぁ…………」

「くくっ、素晴らしい光景だ!」



 俺はこの光景を目に焼き付けるためにゆっくりと、ゆっくりと、周りを見渡していった。


 あの美しかった王子二人も、眼鏡の男も、騎士団の連中も、魔術師団の連中も、遠くから見ていた野次馬の人間達も、そしてベサニーという女も、視界に入る全ての人間がその場に蹲り、倒れ、苦し気に体を捩る。必死に酸素を取り込もうと息を吸おうとしても、もう肺は動かない。見る見るうちに皮膚の細胞が萎み、乾いてぼろぼろに朽ちていく。数百人の人間が一斉に同じ症状で最期を迎える。


 メインキャラも、サブキャラも、モブも、同じウイルスで同じように死んでいく。この世界の原作者でもプロデューサーでもない俺が、シナリオの結末全てを変える。俺のウイルスで。



「ははははっ」



 場違いな俺の笑い声が通りに響く。


 もう他の人間の苦しむ声も、荒い息遣いも、悶えて地面と擦れる摩擦の音も、何も聞こえない。



 ――――致死率100%だ。



 俺は歓喜に満たされ天を仰いだ。










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