19.届いた手紙
あれから二年が経ち、トミーはすっかり元気になり、アビーと共にネルの元で手伝いをするようになった。ネルの家の小麦はその後穂発芽を起こすこともなく、元通りの良質な小麦を収穫できるまでに回復した。
あれ以来領民達の塁君への感謝の念は大きく、私と塁君の結婚を領地をあげて楽しみにしてくれている。照れくさいけれど、私ももう塁君以外には考えられないから皆の気持ちがとても嬉しい。
その後セリーナからは三通しか手紙が届いていない。
どれも他国から出されたもので、内容は『見聞を広めている』の一点張りだった。塁君がその都度王家の諜報員に調べさせているけれど、セリーナが他国にいた形跡はなかった。本当は何処にいるのだろう。
私は塁君が作ってくれた保護魔法のかかった指輪にペンダント、ブレスレットに髪飾り、あらゆるアクセサリーに保護魔法をかけられて護られている。
全部マリンブルーの宝石が使われているから誰が見ても『第二王子の婚約者』だ。周りに『すごい独占欲ですね』と揶揄われるのでちょっと恥ずかしい。
そして私と塁君はあと二ヶ月で魔法学園に入学する。いよいよ乙女ゲーム『十字架の国のアリス~王国の光~』の舞台が始まるのだ。
「エミリーお嬢様、窓の外にお手紙があるのですが、如何致しますか?」
専属侍女のリリーが私に確認をとってきた。見ると何の飾りも無いシンプルな封筒が窓枠の外に引っかかっている。
「私が取るわね」
そう言って拾い上げても保護魔法が発動しないから、攻撃魔法はかかっていないようだ。風で飛んできた只の手紙だろう。
だけど封筒を開けて私は息を呑んだ。
そこには女性の筆跡で日本語が書かれていたから。
『お姉様、ご機嫌よう。
お気づきかもしれませんが私は転生者です。
伝えておいた方がよろしいかと思ったので手紙を書きました。
お姉様の婚約者のルイ殿下は来栖塁ですね。
私は前世の彼を知っています。
彼は大切な女性を守るために自分の身を挺して亡くなりました。
彼は知らないまま亡くなったと思いますが、その彼女も亡くなっています。
当時色々と騒がれていたので知ったのです。
その相手の彼女もこちらの世界に転生しているかもしれませんね。
セリーナ』
私は頭の中が真っ白になって思わず手紙を落とし、しばらく呆然と立ち尽くした。
「エミリーお嬢様? どうなさいました? あら、この手紙、何かの暗号でしょうか? おかしな記号ばかりですね。ねぇお嬢様? エミリーお嬢様?」
リリーに呼ばれても意識は違うところにあった。
塁君には命を懸ける程好きだった女の子がいる。しかもこの世界に転生しているかもしれない。メインキャラで日本名をもじったキャラはいないから、モブか平民かもしれない。まだ出会っていないだけで――
――そんなの、出会ってしまったら、その時の気持ちが蘇る。
真実の愛を見つけたって、私から離れていってしまうかもしれない。
私は途方に暮れて、リリーが呼ぶのも耳に入らずへなへなと床に座り込んでいた。
◇◇◇
「えみり、どないしたん?」
いつも通り訪ねてきた塁君は、鋭く見抜いて私に声を掛けてきた。
「なんかおかしいで」
「なんもないよ。元気元気!」
無理に笑って料理を続ける。今日は塁君が食べたがっていたカツ丼を作っている。お肉を揚げ油に入れようとしたら、手元がくるって豪快に油がはねた。
パキッ!
私の指輪にヒビが入った。
「あっ!」
「えみり大丈夫か!?」
「ご、ごめん。火傷しそうになったのを防いでくれたんだよね。こんなことで大事な指輪をダメにしちゃって、本当にごめんなさい」
「そんなんええよ。えみりが火傷せんで良かった」
私の火傷しそうになった右手を握って笑う塁君を見ていると、どうしてもさっきの手紙を思い出してしまう。
セリーナからの手紙だし、塁君に見せた方がいいとは思う。分かってはいる。でも内容が内容で、彼女が転生しているなら探したいって言いだすんじゃないかとか、そういうことなら婚約を解消して欲しいって言うんじゃないかとか、色々な展開を想像して勇気が出ない。怖い。
私は結局言えないまま一ヵ月も過ごしてしまった。
◇◇◇
私は王子妃教育のために今日は王城へ来ている。先生は元気が無い私を見かねて、薔薇の庭園で休憩してきなさいと時間をくれた。
なので私は一番奥の白薔薇の庭園で一人紅茶を頂いている。塁君と初めて日本語で話したこの庭園。あの時は衝撃だったな……。
色々なことがあったけど、いつも全力で、いつも優しくて、いつもストレートに口説いてくる塁君を今では世界一好きになっている。
本当に好きだったら、塁君のためにもセリーナの手紙を見せた方がいいんじゃないか。そう思っては手紙をポケットに入れて王城へ向かうのに、毎回結局取り出せずにポケットに入れたまま屋敷に帰ってくる羽目になる。
私はなんてずるいんだろう。
もし塁君が彼女を探し出してやっぱりその子がいいって言うなら、私は身を退くべきだと思う。分かってる。
でも、離れたくない。もうこんなに好きなのに。
一人で溜め息をついている私に声をかけてきた人がいた。
「エミリーじゃないか。今日は王子妃教育は休みかい?」
後ろで一つに結わえたウェーブのかかった銀髪を風になびかせて、眩しい笑顔で私に向かってきたのは第一王子クリスティアン殿下だった。
「殿下、お久しぶりでございます」
「ああ、畏まった挨拶はいらないよ。義妹になるんだからね」
カーテシーをするために立ち上がろうとした私を制し、にっこりと微笑むクリスティアン殿下は流石塁君と人気を二分するメインキャラクターだ。弱ってるモブの目には厳しいくらい眩しい。
「今ルイは王室図書館でローランドとヴィンセントと共に調べ物をしているよ」
攻略対象者3のローランドは宰相子息で知的なメガネイケメン、攻略対象者4のヴィンセントは魔術師団長子息で右目の泣きぼくろが印象的なセクシーイケメンだ。もう一人、攻略対象者5・ブラッドという騎士団長子息の筋肉イケメンもいるのだが、最近の塁君は魔法の研究でローランドとヴィンセントと共に過ごすことが多い。
「魔法の研究ですよね。熱心で尊敬します」
「ふふ、君とルイは本当に仲が良くて羨ましいよ」
クリスティアン殿下はゲームと違って未だ婚約者が決まっていない。グレイス嬢とユージェニー嬢のクリスティアン殿下争奪戦に決着がついていないのだ。
「二人のように幼馴染で結婚出来るなんて憧れるけど、僕はそうもいかないだろうな」
私はその言葉を訂正した。
「いえ、私とルイ殿下はあのお茶会で初めてお会いしたので幼馴染ではありません」
「あぁ、君は忘れてしまってるんだったかな?」
クリスティアン殿下は私がすっかり忘れてしまっていた幼い頃の思い出話を始めた。




