189.最強逆ハーシチュエーション
王都にとって未曽有の危機だというのに、セリーナの時以上の最強チーム集合にどこか安心しながら見てしまう私がいる。勿論心配でもあるんだけど、あのメンバーに敵う人間がこの世界にいるのかなって。
その最強チームにまだ足りていない攻略対象者があと二人。ネオ君も同じことを思っていたようで、両拳を握り締めて高揚したように呟く。
「そろそろ最後のお二人ですかね!」
「だよねだよね!」
私達の様子をアウレリオ様はニコニコと微笑みながら見つめている。生物のこと以外でこんなに夢中のネオ君を見るのは私も初めてだ。
二人で『緊張する~』とか言いながら見入っていると、満を持してその二人は現れた。
『王都追放者たった一人相手に随分ものものしいね』
来た……!
『クリスティアン殿下がお越しです。皆の者、頭を低くなさい』
『ローランド、いいよ。それで騎士団総長、魔術師団長まで揃って、一体どんな状況かな?』
王家の紋章が刺繍された美しい白いマントを肩にかけ、クリスティアン殿下が鷹揚にお尋ねになる。学園をご卒業されてから益々ご立派になられ、眩いばかりの王子様ぶりを遺憾なく発揮しているその姿。もう其処にいらっしゃるだけで尊い。元々理想の王子様像そのものだったというのに、大人の男性の色気までが加わりだしてしまった。端的に言えばファビュラス。
そしてクリスティアン殿下のすぐ横に控えるローランドは、長めの前髪を斜めに流し、髪色と同じ知性的なダークブルーの瞳が印象的な眼鏡イケメン。冷たそうに見えるその眼差しの奥には、誰よりも優しい内面が隠れている。カッチリとした服を一分の隙もなく着こなすその様からも、ローランドの真面目さが窺える。
以上、メインの攻略対象者五名、隠しルートとFDの攻略対象者二名、単独ルートでしか出てこないお父様達二名の豪華キャスト計九名が揃い踏み。彼らは全員でベサニーさんを囲むように集結していた。
ベサニーさんはまたも増えた美男子に驚いて、頬を赤らめたまま戸惑い、おどおどキョロキョロしている。分かりますよベサニーさん。あれ?夢?みたいな情緒になりますよね! その夢どうぞ見続けて下さい……!
『クリスティアン殿下。ただ今からこの者を騎士団本部に連行し、取り調べを行います』
『元は私の部下です。どうぞお手柔らかに』
騎士団総長の言葉にそっと添えた魔術師団長の一言に、ベサニーさんの瞳がゆらりと揺れる。きっと十年前は一方的な裁定で追放になったのだろうと察してしまう。ベサニーさんは平民で、訴えを起こした相手の中には貴族男性が複数人いたという。徒党を組まれたら、それは敵わないよね。今回王都に戻ってくるのも怖かったに違いない。それでもマルスの望みだからと、自分のことなど考慮せず、迷わず王都に帰還したんだね。転移後すぐにベサニーさんを置いていくようなマルスなんかのために。
一人ぼっちにされて心細い今この瞬間に、魔術師団長ほどの人が十年も会っていなかった元部下の自分に情けをかけてくれる。しかも一度は好きになってしまった相手。想像したら私も胸が詰まる。
騎士団総長と魔術師団長の言葉にクリスティアン殿下は穏やかに返答した。
『とても重要な参考人だ。僕からも協力をお願いしよう』
クリスティアン殿下がベサニーさんに向かって右手を差し出すと、他のメンバーも次々と手を差し出した。
『クリスティアン殿下、いけません。重要な参考人とはいえ追放の禁を破ったのです。連れて行くのなら騎士団にお任せを。もしくは私が手を貸します』
そう言ってローランドはクリスティアン殿下の横から右手を伸ばす。
『兄さん、レディは俺がお連れしよう。恐らく一方的に利用された可能性がある。そうだとしたら気の毒だ。最低限の礼は尽くさねば』
『ルイ殿下、ここは殿下の忠実なる影である俺にお任せを』
『求婚してくれたっていう縁があるし、俺がお連れしますよ』
『これは騎士団の仕事だ。俺が連れて行く』
『ブラッド控えろ。ならば騎士団総長である私が適任だろう』
『十年ぶりの再会だ。元上司である私に任せてもらえないかな』
『彼女は俺達の獲物です』
九名全員がベサニーさん一人に向かって次々と右手を差し出す。な、なんという光景……!
ネオ君と私はお互いの袖をわぁわぁ引っ張り合いながら、その映像を指差して声にならない声を発してバタバタしていた。
「す、すごい! 逆ハールートでもこんな場面ありませんよ!」
「こういうの、あの、『ちょっと待ったぁ!』みたいな感じ、うぅ、見てる私まで胃炎!」
「エミリー大丈夫? ふふっ、ネオもエミリーも大興奮だね」
そりゃあ大興奮もしますって。
レアキャラ美中年まで加わった逆ハールートなんて、公式でも有り得ない超裏技みたいな光景。あぁ、こんなお宝スチル欲しかったー! ベサニーさん目線のスチルを頂きたい!
「エミリーはああいうの憧れないんだっけ? 壁とか木になって見届けたいって言ってたよね?」
アウレリオ様が以前商会の執務室での会話を思い出して笑っている。笑っているけどあの時も今も私は本気だ。
「憧れるなんて畏れ多い! あの画角に私は邪魔でしかないですよ! ベサニーさんの足元の砂粒になって大人しく見守りたい所存です!」
「激しく同意します! 僕もダチョウになって50m先から見守りたいくらいです!」
ネオ君によるとダチョウは最も視力の良い動物らしく、なんと視力20.0~25.0あるらしい。50m先の蟻もハッキリと視えるんだとか。すごいんだねダチョウ! だけど王都にダチョウがいたら、皆気になって気になって仕方ないうえにベサニーさんも皆よりダチョウに釘付けだろうね。
「まぁ私も王女の時にあの状況になっても、自分で立ち上がって『お構いなく』と言って一人で歩いて行くだろうね。ふふっ」
「オーレリア様ならそうですね。目に浮かびます」
二人が微笑みあっていい感じになっているけれど、私は全く気にせず映像に視線を戻した。元プレイヤーとして見逃すわけにはいかない!
さぁ、ベサニーさんは誰を選ぶ? 誰の手を取る? ドキドキ!
べサニーさんは右手を軽く握りしめながら、全員をゆっくりと見回した。男性陣は右手を差し出しながら、全員が真っ直ぐにべサニーさん一人だけを見つめていた。
『あ、あの……』
耳も首もピンク色に染まったべサニーさんは、恋する乙女の瞳で口を開いた。
『ん?』
『どうした?』
九人全員がべサニーさんの声に一斉に反応して柔らかく微笑む。
うわぁ、皆さんカッコいい……。い、今の、ほんと良いです……。はぅぅ……ときめいて息苦しい……。気付けば隣のネオ君も呼吸を忘れて見入っている。アウレリオ様が私達二人の背中をさすり出してもなかなか呼吸が整わない私達。
だって
今まさに
ルート決定の
瞬間が来る――――
『貴方についていきます。よろしくお願いします……』
ベサニーさんが手を載せた男らしい大きな手の平は、我らがゼインのものだった。
『おう。任せろ』
「ネ、ネ、ネオくーん!! あれ見てーー!!」
「えみりさん! 来ましたよ! FD限定新ルートですよ!!」
「二人とも落ち着いて」
お互いの袖口を掴み合いながら立ち上がる私達二人をなだめるアウレリオ様。
『では僕達は先に城へ戻るよ』
『皆さんも逐次連絡と報告をお願いします。では私達は参ります』
『本部までの道中は我々騎士団で警護しよう』
『警護以外の団員は全員引き続き対象の捜索に当たるように』
『あ~十年経って振られちゃったかぁ』
『元部下をよろしくお願いします』
『ゼイン、頼んだぞ』
『お任せを』
『ルイ殿下、俺も配置に戻ります』
九名がそれぞれ言葉を発して次の動作に移ろうとした時だった。
『これはこれは。こんな往来で何かありましたか』
通りの向こうから、不敵に笑うマルスが歩いてきた。
騎士団も魔術師団も大勢整列しているその場面にさえ、臆する事など何も無いと言うように。




