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188.乙女ゲームの本領発揮

「医学院の入学希望者?」


 タトゥーの青年が顔を上げ、立ち尽くす俺に話しかけてきた。


「そういうわけでは……。ただ、新聞を見て、ウイルスやワクチンという言葉が出てきて難しいと感じたものですから……。医学院ではどれほどの内容を扱っているのか興味が湧いたんです……」


 咄嗟に適当な言い訳をすると、タトゥーの青年は『難しいよな』と笑う。


「俺らも去年一年目の時はチンプンカンプンだったけどさ。二年目になって多少は理解出来るようになったんだ。今もこうやって予習復習して、必死に理解しようと努めてる」


 俺に教科書を見せてくれた方の青年は、品よく穏やかに笑いながらその言葉に頷く。


「この教科書の著者は……第二王子殿下ですか」

「ああ、あの方以外にこんなものは作れない。カートライト先生とレイノルズ先生もいるけど、そのお二人もルイ殿下に仕込まれて今があるんだ」


 誇らしげなタトゥーの青年の言葉に、やはりそうかと胸に落ちる。


 俺の邪魔をするであろう人間は第二王子だと。



「ウイルスとは何なんですか?」



 さぁ、第二王子の弟子はどう答える? ちゃんと理解しているのか?


「まずは細胞という生命の最小単位について説明しないといけません」


 穏やかな青年の説明は細胞から始まり、単一細胞である細菌について、そして細胞を持たず単独では増殖できないウイルスについて、一般の人間相手にするように分かりやすく簡潔にまとめられていた。


 そしてその中にはウイルス核酸と殻であるカプシド、カプシドの外側にある膜成分エンベロープの話までが盛り込まれている。



 ――理解している。


 こいつらは、深く正しくウイルスというものを理解している。



 親切に説明する青年の声は途中から遠くなり、俺は頭から足先まで全身の血の気が引いていくのを感じていた。



 邪魔されるのか? 阻止されるのか?


 こんなところまで来て?




「……ワクチンというものも凄いですね。この国にそんなものを作れる場所があったんですね」

「あぁ、ハートリー記念研究所です。あそこは規模も大きく、医学に必要な何もかもが揃っています。あそこで医学院の留学生とルイ殿下がお作りになったんです」

「ハートリー記念研究所?」

「ルイ殿下の婚約者であるハートリー侯爵令嬢が、今年の春にルイ殿下のためにお作りになったんです」


 第二王子の婚約者と言えば、ヴィーナの働く店の向かいにある商会の会長だった筈。色鉛筆だけ作っておけばいいものを、余計なものまで作りやがって。しかも今年の春に完成だと? せめてあと半年、いや三ヵ月後の完成だったなら邪魔されずに済んだのに。なんてタイミングが悪いんだ!


 おかげでとっておきだった狂犬病も、エボラも、俺の知らないところで勝手に終息していた。


 俺がどれだけ苦労して創り上げたと思っているんだ。


 あぁ、イライラする。不愉快だ。



 ヴィーナと暮らしている間は毎日苛つきながらも我慢して抑え込んでいた。だがベサニーという女と二人で暮らしている間は、苛つきも怒りも全く感じずに済んでいた。あの女魔術師は俺の考えを先回りして読み、絶対に俺の邪魔をせず理想の生活を与えてくれていた。俺の全てを知りながら、俺のずるさもしたたかさも、悪意も異常さも受け入れて、俺を静かに欲していたあの女。


 あの甘やかされた生活を知ってしまったせいか、この苛つきを抑えるのは今の俺には無理だ。




 最終兵器を放つ場所は、ヴィーナの店と、第二王子の婚約者の商会の真ん前に決定だ。



 邪魔な女達は真っ先に死んでいけばいい。第二王子は細胞が朽ちて死んでいった婚約者の亡骸を抱いて泣き叫ぶだろうか。どうせすぐにお前も同じ死に方で婚約者の元へ逝けるから安心しろ。


 第二王子も、医学院の生徒であるお前らも、分かっているだろうが改めて教えてやる。お前らの身を(もっ)て学べばいい。


 ワクチンってものは先に病原体が存在してこそのものなんだ。病原体が現れ、それを無毒化・弱毒化して作る不活化ワクチン・生ワクチン。病原体を基に遺伝子配列を合成した遺伝子ワクチン。


 何もかも、まずは病原体から始まるんだ。


 感染者第一号なんて甘いことはしない。最初からアウトブレイクだ。ワクチンを作れる者が皆死んでしまえば、知識なんて意味が無いだろう?


 お前らがどんなに優秀でも、たとえ俺より上だとしても、最強ウイルスの第一手には敵うまい。



「ご親切にありがとうございました」



 俺は心の底からの微笑みをたたえて図書館を後にした。





 ◇◇◇





 ベスティアリ王城の一室で、私はアウレリオ様とネオ君と一緒に、遠く離れたクルス王国王都の映像に釘付けになっている。


 何故かと言うと遂に動きがあったからだ。


 マルスがベサニーさんという魔術師と転移して現れたのは、よりによってうちの商会のある通り。マルスはベサニーさんを置いてコソコソと図書館へ入って行ったんだけど、今私達が凝視しているのはマルスじゃない。ベサニーさんだ。


 マルスが離れてしばらくすると、彼女の元には魔術師団を引き連れたレイノルズ魔術師団長が現れた。黒地に金糸の刺繍のローブから見えるプラチナブロンド。アメジストの瞳。歳を重ねてもなお、衰えるどころか増す色気。美しい唇から発せられる渋い声。


『十年ぶりだな』

『だ、団長……』


 頬を染めるベサニーさん。うんうん分かるよ。素敵だよね、チョイ悪セクシーおじ様。


『父上、この方ですか?』

『ああ』

『坊ちゃま……!?』


 魔術師団長の後ろからヴィンセントが現れると、ベサニーさんは目を見開いて更に頬を染めた。魔術師団長によく似ていながらも、若くやんちゃなオーラを醸し、右目の泣きぼくろが妖しい魅力を放っているヴィンセント。


『十年前に俺に求婚してくれたんでしょ?』

『あ、あ、私、本当に、ごめ……』

『俺と父上は君より魔力が強くて頭の中は読めないだろうけど、別に怒ってなんかないから安心して』

『坊ちゃま……』

『やだなぁ、坊ちゃまなんて。ヴィンセントでいいよ』


 凶悪犯を匿った共犯者に対する態度じゃない。さらっと作戦は聞いているけれど、どれほどのことになるのか不謹慎にも私の胸は高鳴っている。


『おいヴィンス。レディが座り込んでいるのに手も貸さないとは』


 魔術師団がザッと道を開けて跪いて控えると、出来た道の向こうから塁君が颯爽と歩いてきた。何処からどう見ても王子の出で立ち。立ち居振る舞い。サラサラと風に靡く短い銀髪。輝くマリンブルーの瞳。映像で見てもうちの塁君カッコいい。


 あのベサニーさんは危ないことしてこないよね? 塁君は無事だよね?


 塁君が大丈夫と言うんだから大丈夫なのは分かっているものの、やっぱり心配になってしまう。


『どうぞお手を。膝は痛くありませんか?』


 塁君が左手を胸に当て、右手をベサニーさんに差し出した。ベサニーさんは塁君を見て固まってしまっている。分かります分かります。語彙力吹っ飛びますよね。異次元のイケメンですよね。ご紹介します。私の最推しです。



『ルイ殿下、手なら俺が貸します。王都追放の身でありながら、魔法を書き換え戻って来た者です。どうかお気を付け下さい』


 ベサニーさんの後ろから騎士団を引き連れてやってきたブラッドが、塁君とベサニーさんの間に身を割り込ませた。


『女、立てるか?』


 ぶっきらぼうにベサニーさんの腕を掴むブラッドは、大きな体躯に甲冑を纏い、兜は被らず頭部だけが出ている状態だ。ダークブラウンの短髪に琥珀色の瞳が、精悍なブラッドの魅力を引き立てている。


『あ、貴方、私のことを可哀想って……』


 ベサニーさんはブラッドの頭の中を覗いたのか、腕を掴んで自分を立たせたブラッドを真っ直ぐに見つめて驚いている。


『……勝手に心を読むな』

『…………や、優しいのね』


 行動だけで言えば一番ぶっきらぼうなブラッドだけど、恐らく頭の中を読めたのはブラッドだけなのだろう。魔術師団長も、ヴィンセントも、塁君も、その魔力は規格外だから。



『ブラッド。速やかにルイ殿下の護衛を』


 そう言って騎士団の後方から指示を出すのはバークリー騎士団総長。ブラッドのお父様で、魔術師団長と並んでなかなかお目にかかれない偉いお人だ。


 ブラッドよりも明るいブラウンの短髪。金色に近い明るい琥珀色の瞳。今もなお全盛期であることを物語っている鍛え上げられた肉体。百戦錬磨の鋭い視線。


 ブラッドルートでのみチラッと出てくるだけなのに、そのダンディさでコアなファンを獲得していたおじ様だ。


『お嬢さん、自分で歩けるか? 今から騎士団本部まで来てもらうが、無理なら私の馬に乗せよう』

『あ、あの、貴方も、私を、可哀想だと……?』

『私は十年前の事の顛末を知っているからな。お嬢さんだけが悪いわけではない』


 ベサニーさんは瞳を潤ませて騎士団総長を見上げた。



『俺達の獲物だ。捕まえるのは俺達に任せてくれないか』


 部下二人を従え、いつの間にか我らがゼインが騎士団総長の後ろに立っていた。


 黒い髪を靡かせる鋭い眼差しの長身美丈夫。唯一攻略してないFD限定の最苦手キャラだったけど、この世界のゼインは私の大恩人だ。もう塁君の次に推している。



『ルイ殿下、どうぞ後方に。俺の後ろへ』


 そう言って普段は姿を見せない筈の諜報員ジュリアンまでが姿を見せた。口元に黒い布を巻き、黒衣で全身を包み、服装とは対照的な金色の絹糸のような長い髪が揺らめく。口元を隠していてもその美しさは隠しきれていない。



「え、えみりさん。僕すごくドキドキしてきました……!」

「わ、私もー!」


 映像に見入るネオ君と私は思わず日本語が出てしまっている。


 だって、現実では全く起こらなかったイベントの数々。それが形を変えて、というか更に豪華になって、今まさに目の前で繰り広げられているのだ。


 真のヒロイン・アリスでさえも起こせなかったイベントが。









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