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187.迫りくる決戦の時

 俺達は昨日レイノルズ魔術師団長の話を聞いてから緊急ミーティングを開いた。


 ベサニーがマルスを匿うとった場合、間違いなくマルスに力添えするやろうと魔術師団長は確信しとった。


 ほなその場合俺達がどう動くか。



 こないな時に頼りになるのはローランド。そのローランドの計画を実行するために抜かりなく駒を動かすのが兄さんや。


 駒として騎士団を計画通り動かすのはバークリー騎士団総長とブラッド。魔術師団を動かすのはレイノルズ魔術師団長とヴィンス。俺はナノマシンの効果を最大限に引き出すために最前線に立たせてもらう。


 兄さんの駒やったら、喜んでなったる。


 それに俺が見てきたエボラと狂犬病の患者達。死亡者達。ポリオの後遺症患者達。ワクチンと治療薬、ナノマシンの開発につぎ込んでえみりに会われへんかった時間。この感情のなんもかもを抱えて後衛になんて居られへん。


 夜中やっちゅうのにマルスの痕跡が見えたことで俺達の目は冴えとった。



 ローランドが眼鏡の位置を直しながら冷たく言葉を発する。


「ルイ殿下のお考え通り、マルスには望んだままの光景を見せて差し上げましょう。そして感動で打ち震えるテロ犯を叩きのめす。そのためにも鍵はベサニーという女魔術師ですね」


 誰一人口を開かんとローランドの次の言葉を待っとった。出てきよった次の言葉は、およそローランドから聞くことになるとは思えへん言葉やった。



「乙女ゲームの世界であることを最大限活用しましょう」





 ◇◇◇





 ミーティングの途中、ゼインから緊急連絡があった。


 ベサニーの元に向かった手下二人が中間地点で烏に姿を変えたベサニーを発見。飛行中のベサニーに捕獲用魔道具を使うたと。


 落下して地上に落ちる寸前に射手の元へ転移してくる筈やのに、してけぇへんかったから保護魔法を使たんやろうと。



 言われるがまま十年間も王都に近付かんと慎ましゅう暮らしとったベサニー。それが急に変化の魔法まで使うて王都に向かってくる。


 兄さんは静かに微笑み、いつも通り穏やかな声を発した。


「間違いなくマルスも一緒だね」


 待ちに待った報告。兄さんは俺達に指示を出していった。


「ではローランドの計画を遂行しよう。ヴィンセント、魔術師団と共にベサニーの魔力検知を頼むよ。検知した後はいいね?」

「了解です」

「ブラッド、王都外壁周辺の巡回を強化してくれ。計画通りに」

「御意」

「ルイ、危険な目に遭うことは無いと信じているけど、よく気を付けるんだよ」

「ああ。俺達の背中は兄さんに預ける」

「僕の隣には優秀なローランドがいるからね。何があっても共に最善を尽くすよ」

「勿体ないお言葉です」



 俺達はそれぞれの居るべき場所で、やるべきことをこなしてその時を待っとった。





 ◇◇◇





 ゼインの手下が落下地点を念入りに探して、ようやく転移魔法陣を見つけたのは朝方だった。


 手下二人は追跡魔法は使えない。その代わりゼインが何種類も魔道具を持たせている。どれもこれもその辺の貴族でさえ買えないような高額な代物。


 ひとつは魔法陣の痕跡に被せれば魔法陣をコピーし、同じ場所まで転移させてくれるスクロール状の魔道具。これを使って手下二人はベサニーを追った。そこで見つけたのは木の陰に隠れるベサニーとマルス。


 やはりマルスを匿っていたのはベサニーだった。



「見つけたぞ!」


 手下二人が大声を出すとベサニーとマルスはビクッと身を強張らせ、大慌てでその場から姿を消した。その跡にはまた転移魔法陣。


「とりあえずお頭に連絡だ」


 空に光を打ち上げる魔道具を使い、二人はゼインに信号を送った。





 ◇◇◇





「来たよ」


 ヴィンスの一声で一斉に魔術師団が配置に着いた。


 俺もそろそろ出番や。


 えみりも今頃この風景を見とるんやろか。気ぃ引き締めな。





 ◇◇◇





 射手と思われる男二人が突然現れた。奴らも転移魔法を使えるのか? 俺は初めて経験したというのに王都では普通なのか?


 とにかくこの場から逃げなければ。


「急げ!」


 女を急かすと何やら女は魔法陣を描いた後に別の魔法を詠唱している。さっき言ってた王都に立ち入れない魔法ってやつか? いじると言ってたからにはどうにかなるのだろうが、さっさとしてくれ!


 男二人はまた別の魔道具らしきものを取り出してこっちに向けている。まずい、まだ女は本調子じゃないのに転移してきたばかりだ。今からまた王都内に転移するというのに、魔力切れにでもなったら俺も捕まってしまう。倒れるならせめて王都の中まで転移してから倒れてくれ。この日のために転生してきたのに、こんなところで終われるか! 


 この俺の考えも全て読まれているのだろうな。俺の身勝手さも、異常さも、何もかも受け入れる上に高度な魔法も使えるこの女は貴重だ。俺の最終兵器披露に必要な協力者だということを認めよう。無能なくせに傲慢なヴィーナよりもよほど俺にとって役に立つ。女は必死に詠唱を終わらせた後、魔法陣に魔力を注いだ。


 男達が魔道具を放ったのが見えた瞬間、浮遊感と共に俺の視界は一瞬で変化した。



 ここは、見慣れた王都の中心街。ヴィーナの働く雑貨店がある通りだ。


「い、行って、マルス。私の魔力は、すぐバレる」

「ああ、世話になった」


 縋ってくることもなく、後腐れもなく、俺の望み通りの働きをする女に別れを告げ、俺は目立たぬよう図書館へ向かった。


 道中貼り紙をチェックしたが、俺を指名手配したなどという貼り紙は無い。女が言うほど切迫した様子では無いのではないか?


 そもそもウイルスの概念が無いのだから、俺がウイルスを創っていると分かってもそれを信用するだろうか? せいぜい危険思想の持ち主くらいの扱いなんじゃないか?


 多少安心して歩いていると、雑貨店の窓からヴィーナが働く様子が見える。あいつは俺が家を出たことで怒り狂っているだろう。見つからないよう気を付けて図書館へ急いだ。


 まずは新聞。新聞だ。



『ギルモア領、成人に続いて小児もエボラ出血熱ワクチン接種完了。治療薬も各地に完備。領民は第二王子ルイ殿下と聖女に深く感謝の意』


『レイトン島の奇病・狂犬病根絶』



「な、何……? エボラのワクチン? 治療薬? 狂犬病根絶?」


 数ヵ月もの間、新聞に記載されるのを心待ちにしていたその地名は、俺の期待していたものと全く正反対の事態が起こった場所として記載されていた。


 何がどうなっている? いや、狂犬病は不活化ワクチンで何かのきっかけで作れたのかもしれないし、症状自体も聖女が治せたのかもしれない。聖女は遺伝病以外は治せそうだったから。


 だけどエボラは…………


 ワクチンは遺伝子組み換えのウイルスベクターワクチンの筈だ。確か水疱性口内炎ウイルスの遺伝子を組み換え、ザイールエボラウイルスの糖タンパクを発現するように遺伝子操作するんだ。


 エボラの治療薬はモノクローナル抗体だ。マウスの脾臓から採取したB細胞と、無限に増え続ける能力を持ったミエローマ細胞を融合したハイブリドーマから作られる。


 そ、そんな操作を誰がしたっていうんだ?


 第二王子? 医学院を創設して、インフルエンザの特効薬を作ったというあの? 俺のポリオを見抜いた第二王子か?


 医学院って言っても、せいぜいこの世界のレベルの医学を学ぶ場所なんじゃないのか? インフルエンザの薬だって、せいぜい薬草でも調合したようなものなんじゃないのか?


 まさか本当に、オセルタミビルやバロキサビルを作ってたのか? ご、五歳の時に……? 転生者なのか? いや、転生者だからってそんなことを出来る人間がいるのか?


 俺は二歳で前世の記憶を取り戻し、三歳で魔法を使えるようになり、毎日練習して六歳でポリオウイルスを創り上げた。RNAとカプシドだけのシンプルなポリオウイルスを。だがそれも転生後のために死ぬ前に必死で暗記したからだ。第二王子も転生前に暗記を? それとも、そんなことをしなくても常に頭に入っていたのか?



『上には上がいる』



 前世で負け知らずだった俺が、受験生になって何度も実感した言葉だ。


 第一志望校は気乗りもしていなかったが、A判定を取ったことが無いのもまた事実だ。まさか転生までして、こんな中世のような遅れた世界で、ここでまで上がいるっていうのか?



「あの……王立医学院の教科書は見れますか?」


 図書館の司書に尋ねてみると、蔵書は無いから医学院の事務室に行くか、医学生に頼むしかないと言われた。図書館にはよく医学生たちが勉強しに来るから頼めば見せてくれるかもしれないと。


「あ、あそこにいるタトゥーの青年と、向かいに座っている青年が医学院の学生さんの筈ですよ」


 司書の視線の方向に目を向けると、そこで黙々と勉強をしている二人のうち一人は確かに見事なタトゥーが入っている。


 前世のイメージのせいで、あまりにタトゥーが入っている人間には話しかけづらい。俺は向かいに座る品の良さそうな青年の方に声をかけた。


「あの、突然すみません。良かったら医学院の教科書を少しだけ見せていただくことは出来ますか」

「ええ、構いませんよ」


 青年の前に積んである重厚な本の一番上を借りて開いてみると、そこには日本の最先端医療の知識が惜しみなく書かれていた。









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