表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/217

183.マルスの行方

 研究室に疲れた顔のヴィンスが入ってきよった。


 女子供の避難が終わってもう一週間。未だに見つからへんマルスを探してヴィンスは朝から晩まで王都中を索敵しとる。


「いったい何処に隠れてるんでしょうねぇ~。はぁ~……」

「お疲れ。お前からこんなに逃げ切るとはなかなかだな」



 コリンズ村とレイトン島を始め、各地のウイルスサンプルから検知した魔力の残滓は、学園の協力の下に提出してもろたマルスの魔力の残滓と同じもんやった。


 これは物的証拠に成り得るもんやから、後はマルスを捕縛するだけや。


 それやのに一向に見つかれへん。



 ヴィンスの索敵魔法はかなりの威力やのに、それに引っかかれへんっちゅうことはほんまに居れへんちゅうことや。マジであいつは何処におんねん。


 ナノマシンを量産中のネオが心配そうに口を開く。


「マルスが姿を消してもう一週間半です。ひょっとしてあっちもレトロウイルスを完成し終えたかもしれませんね」


 まぁそうなるよな。俺らも対抗策は万全やけど、あいつも今頃完成させて高笑いしとるかもしれへんな。けっ、アホが。


「ダンとウォルトを見つけられなかったマルスは、一旦王都を出る可能性もあると考えてはおりました。ここまでヴィンセントの索敵にかからないとなると、本当に王都に居ないと考えた方がよいでしょう」


 研究室の端で報告書をまとめとったローランドは、伝書用紙に指示を書きつけて風に乗せる。


「馬で一週間半で行ける範囲もブラッドに捜索してもらいましょう」

「かなり広範囲になるね~。ブラッドも疲れてんだろうなぁ~俺みたいに……」

「お前らは本当によくやってくれてる」


 俺がそう言うた途端、ヴィンスは慌てて姿勢を正して俺に頭を下げた。


「ルイ殿下が一番お疲れだというのに申し訳ありません!」

「俺は大丈夫だ」

「コリンズ村の一件以来ずっとお忙しいというのに、さらにナノマシンなんてものを作って、ベスティアリ王妃様の妊娠管理もして、ルイ殿下こそ働きすぎですよ」

「光魔法をかけてもらってるから全く問題ない」


 今王都に残っとる女はアリスだけや。マルスがアクションを起こした時にすぐに動くため、感染者に光魔法をかけるため。たとえ未知のレトロウイルスに効果が無くても、光魔法はその他のウイルスを完全に凌駕する。ギルモア領といい、レイトン島といい、今回の一連のアリスの働きはやっぱ聖女なんやなと認識を新たにさせる。


「ヴィンセント様おかえりなさーい。見るからにお疲れですね。すぐに光魔法かけますからねー」

「アリス嬢毎日ありがとう。ほんと楽になる……」


 アリスは毎日王城、研究所、騎士団詰所、魔術師団本部を巡回して光魔法をかけて回っとる。王都に未曽有の危機が迫っとるとあって、二十四時間体制で勤務しとる疲労困憊の男どもはかなり感謝しとる。


「王都に私しか女子がいないなんて不思議な気分。街にはいつも通り女性達が歩き回って賑わってるんだよ?」


 魔術師団の中で幻影魔法専門の師団が頑張っとるからやな。


「偽ヴィーナも毎日雑貨店で働いてるし、エミリーちゃんの商会にも窓から偽エミリーちゃんが見えたりするし、ほんと最初はビックリしちゃったよ」


 マルスが接触する可能性のある人物は、魔術師団が変化の魔法で実体を持って張り込んどる。せやけど全く接触なんてしてけぇへん。気付いとるのか、やっぱり王都に居らへんのか。


「私ちょっとだけ思ったんだけど、マルスのあのモテ具合はメインキャラじゃないのに相当だよ。きっと女の家にいるんじゃない? あ、ネオ君はもっと凄かったけどね。でもネオ君は魔性のうえ異国の魔法使いっていうときめきバックグラウンドがあるもんね」

「僕ですか? なんのことだか……?」

「そ、そういうとこだよー!」


 女の家な。王都の女の家やったら流石に幻影に気付くやろうから、異変を察知して逃げとるかも分からんな。それか王都から離れた何処かの女の家か?


「ローランド、馬で一週間半で行ける範囲で、マルスが王都までに立ち寄った地域の女の家を捜索させてくれ」

「承知しました」


 ミラー領ではインフルエンザ。フィルポットでは日本脳炎。ヴィーナは他にヘルペスとノロも持っとった。せやから報告にあがっとる他にも二ヵ所は立ち寄った筈やねん。あいつは創ったら使わずにはいられへんやろうから。せやのにローランドの元にヘルペスとノロの報告は届いてへん。


「ヴィーナが持っていたヘルペスウイルスは水痘・帯状疱疹ウイルスではなく、口唇ヘルペスを引き起こす単純ヘルペスウイルス1型だった。これくらいなら医師にかからない者もいるだろう。しかしノロは食中毒などと勘違いされている可能性はあるが、それでも医師を頼るくらいの強い症状が出る筈だ」

「それなのに私の元に報告が無いということは、医師のいない集落ですか?」

「口の周りに発疹のある村人が複数いる集落、そして医師がいない集落か、集落でさえもない場所に住む人々を洗ってみろ」

「は、直ちに」


 ローランドは急いで研究室を出て行った。王城で対策本部を率いる兄さんのところに向かう筈や。今現在、王都の全ては兄さんの管理の下にある。


 マルスがまだ王都に居るなら今から外に逃げることは出来へん。王都の外に居るなら王都に入ってくることも出来へん。さぁ、どないするマルス?


 なぁ、もうレトロウイルスは出来たんか? 俺もナノマシンは出来てんで。ばら撒くんやったらばら撒けや。望むところやで。





 ◇◇◇





 目覚めると、もう日はとっくに上っている。ベッドの隣はもう冷たく、女は働きに出ていて家には俺一人。


 これ以上ないくらい作業が捗る環境だ。


 王都に来るまでウイルスを放ち続けて来たものの、まだ使っていなかったノロウイルスを何処かで使いたいと思っていた三ヵ月前。危険度の高いウイルスはやはり大きな集落で使いたいと優先的に使ってきたが、使わず手元に残っていたのがノロウイルスだった。


 前世では自分もノロウイルスには罹ったことがある。だから症状も知ってはいるが、創ったからには使いたい。それに自分が創ったウイルスを間近で見るには危険度が低くてちょうどいい。


 王都までの間にもう大きな集落は無く、ポツンと一軒だけ建っているこの家に狙いを定めた。


 こんな場所で一人暮らしをしている家主の女を訪ね、ヴィーナと共に一晩馬小屋に寝かせてもらえるよう頼んでみた。ダメでも適当な理由で中に入ってウイルスを仕込もうと思っていたが、女は警戒もせずに二つ返事で了承した。食事を作ってくれた女は俺達と食卓を囲み、一人じゃない食事は久しぶりだと嬉しそうにしていた。あまりに隙だらけでノロウイルスを仕込むのは簡単過ぎるほどだった。


 次の日には計算通り女に症状が現れ、馬小屋から出た俺達は裏庭で嘔吐したまま気を失っている女を発見した。そのまま放置して観察しようかと思ったが、ヴィーナが通りすがりの馬車から見えて怪しまれると言うのでベッドに運ぶことにした。


 運ぶ途中で目を覚ました女は具合が悪いのに頬を赤らめ、俺をうっとりと見つめてくる。この目は何度も経験して知っている。


 女の具合が回復するのに三日かかり、女は自分だけが症状が出たことに疑問を持つことも無く俺達を見送った。別れの時は俺の目をジッと見つめ、名残惜しそうにする女。ヴィーナが不機嫌になって俺の腕にわざと腕を絡めてきたのは、女の俺への感情に気付いたからだ。あいつはそういうことに敏感だから。


 女のその感情を三ヵ月経ってまた利用することになるとは思わなかったが、今の俺にはあまりに都合のいい環境だ。此処に立ち寄っておいて正解だった。


 女は何も詮索せず、黙って俺の再訪を受け入れた。俺はただ女の作った飯を食い、日中一人の間にウイルス作製作業をし、女が遅くに帰ってきたら多少サービスする。それだけでいい。


 夜も作業したいときは『邪魔するな』と言えば女は従順に言うことを聞く。一部屋を俺に与え、自分は静かにダイニングの椅子で座ったまま眠る。


 ヴィーナと住んでいた頃には考えられない環境だ。


 女のおかげでレトロウイルスも完成した。この女を名誉ある最初の被験者にしてやってもいいが、やはり最初は王都で華々しく幕開けしたい気持ちが勝る。一斉に朽ちていく王国民の姿はどれほどの迫力だろうか。


 ダンとウォルトは恐らくもう日本脳炎を発症しているだろう。王都に入ったらまずは図書館で新聞をチェックしよう。二人の症状が感染症だと判断されていれば、王都が感染対策をとっている可能性がある。その場合、ウイルス拡散の時期は慎重に見定めた方がいいだろう。焦りは禁物だ。


 それに他の地域での感染流行も流石にもう記事になっている頃だ。いくらインフルエンザの薬を作った人間が居たとしても、エボラウイルスにも狂犬病ウイルスにも太刀打ち出来る筈がないのだから。



 唯一治せるかもしれない聖女さえ、俺が作ったレトロウイルスの前ではどうにも出来ない。遺伝病を治せないあの聖女では。




 俺の完全勝利だ。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ