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182.避難開始

 ヴィーナの捕縛から四日が経ち、王都の女性と子供達がベスティアリ王国へ避難する日がやって来た。


 魔塔で尋問されたヴィーナは前世のことも今世でのことも何もかもを白状したらしいけど、マルスの逃亡先についてだけは何をしても答えられなかったらしい。当のヴィーナが一番ショックを受けている事実から、マルスは逃げる気配も見せずにヴィーナを捨てたのだと結論付けられた。


 魔塔収監中は魔術師団に頭の中まで監視されるらしいけど、それでもヴィーナの頭の中は『やり過ぎた』『私達は双子なのに捨てるなんて』『何処へ行ったの許さない』のように、後悔と恨みばかりらしい。


 そしてマルスは未だに見つかっていない。


 騎士団が毎日捜索しても、魔術師団がマルスの魔力を索敵しても、何処にも気配すら見せないマルス。ウイルスを創るための微量な魔力では、魔術師団レベルの索敵でも引っかからないらしく、ヴィンセント自らが毎日王都中に出向いて効果の強い索敵魔法を行使している。それでも未だに見つからない。



 ダンとウォルトは塁君が指示を出してすぐにゼインの部下が発見し、無事に保護されアリスに光魔法をかけてもらっていた。二人は首にヴィーナの爪が引っかかっただけだと思っていたから、ヴィーナが自分達にしたこと、捕まったことに大きな衝撃を受けていた。そして二日前、二人は護衛を付けられながらスペンサー商店で無事色鉛筆を手に入れて、やっぱり危険だからと塁君の転移魔法で故郷まで送り届けられていた。




「避難は順調?」

「せやな。ローランドが言ってた通り、魔術師団本部前まではまるで人攫いやで。せやけど本部に着いてから、ベスティアリ王国無料招待で身の回りのもんも食事も何もかも王室が負担する言うた途端、皆めちゃめちゃ嬉しそうにしてくれとる」


 そうだよね。この数年で堂々たる人気観光地トップに躍り出た国だもん。だけどもの凄く遠くて転移魔法陣でしか行けない国。いくら人気ぶりが耳に入って来たって平民には夢のまた夢。その憧れの国に急とは言え全額無料で行けると思ったら、宝くじ一等が当たったくらいの喜びだよね。今さらながらアウレリオ様に感謝だね。


「アウレリオが本部前の超大型魔法陣で八回くらい転移しとるけど、まだまだ魔力は全然余裕やって。魔術師団長さえ驚いて言葉も出ぇへんかったわ」


 さすがアウレリオ様。無尽蔵に湧く魔力を遺憾なく発揮している。



「えみりも用意出来たら俺が連れてくからな。ベスティアリ王妃がえみりが来るの楽しみにしとるで」

「わぁ、もうお腹も大きいよね? 私もお会いするの楽しみ」


 お腹の中の赤ちゃんはアウレリオ様のクローンだから、生まれる前から男の子だって確定している。だから男の子用のベビー服やおもちゃをたくさん持って行こうと準備万端だ。


 私達貴族は王妃様のご厚意でベスティアリ王城に滞在させていただくことになっている。これが避難だなんて誰も分からないくらいの豪華な晩餐会や音楽界を催して下さるらしい。真相を知っている婚約者組は不安な気持ちもあるだろうけど、皆この国を支えている人間の婚約者であるという自負がある。誰よりも優雅にパーティーを楽しむ姿を見せてくれるに違いない。



「塁君はお父さんにお願いしてた件は終わりそう?」

「もうほぼ完成や。我ながら上手くいった思う」


 塁君はジーン君の魔法陣で大阪のお父さんに会いに行った。そこで何かをお願いして、次の日の夢の中でその回答をもらったらしい。マルスの作戦を打破するものだと言っていた。それを作るために今日まで塁君とネオ君はずっと研究室に籠もりきりだった。アリスが今朝二人に光魔法をかけてくれていなかったら、二人の容貌はズタボロだったのだろうと思う。


「塁君、キッチンの冷蔵庫にクロックムッシュたくさん作っておいたの。食べれる時に温めて食べてね」

「マジで! 今すぐ食いたいわ!」

「ふふ、普通バージョンからアルティメットスペシャルまで何種類かあるからね」

「あの黄色い溶岩やな。うわ想像しただけで腹減ってくるわ」


 避難してもベスティアリ王妃様の妊婦検診に訪れる塁君とは毎日会えるし、何だったらこの数週間の方が余程会えなかったんだけど、それでも物理的な距離がこんなにも離れるのは初めてで。


「塁君、お願いだから危ない目に遭わないでね」

「心配してくれんの?」

「当たり前だよ。だって、私のだ、だ、旦那様なんだからね」

「……!!」


 塁君が胸を押さえて蹲る。


「ズキューンや! 心臓のど真ん中ズキューンやで! ヤバい! 今死ぬ!! うぅっ!!」


 苦悶の表情で苦しむ塁君の後ろから侍従さんの容赦ないツッコミが飛んでくる。


「そんなことでご逝去されては困りますね。ルイ殿下のご健康のために今後も別居なされては如何です?」

「侍従……日本語が分からないくせに何故分かった……」

「ジェスチャーで丸わかりでございます」

「くっそぉ……」


 リリーも荷物を持って侍従さんの後ろから現れた。避難だと知らないリリーからはベスティアリに行けるワクワク感が漏れ出ている。


「よし、じゃあ転移するか。ベスティアリ王城のエミリーの部屋は、去年視察の時に用意された部屋と同じだと聞いている。此処にある荷物も全て一緒にその部屋に転移させる。リリーも準備はいいか」

「はい。よろしくお願いします」

「では行くぞ」


 フワッとした浮遊感の後、見覚えのある豪華な部屋の中にいた。塁君と枕投げや怪談話をしたあのコネクティングルームの片方。


「向かいの部屋はグレイスの部屋だ。兄さんから仲良くしてやって欲しいとの伝言だ。誇り高く強いご令嬢だが、兄さんへの愛が強いから内心は心配のあまり弱っているのではないかと俺も思う」


 確かにずっとクリスティアン殿下と会えなかった二週間前、グレイスは私の部屋で泣いていた。こんな一面もあるのだと可愛くて健気で思い切り抱き締めたっけ。


「分かった。未来の義姉だもん。仲良くするから安心して!」

「ふふっ、頼もしいな。兄さんにも伝えておく」

「クリスティアン殿下にもくれぐれも危ない目に遭わないようにお伝えして」

「ああ。エミリーはベスティアリを楽しんで過ごしていてくれ」


 そう言って私に軽くキスをした塁君はあっという間に消えていなくなった。





 ◇◇◇





 親父の夢に行った次の日、また俺は親父に会いに行った。親父は忙しい立場やろうに俺の頼みを聞いてくれとった。


『ほら。岡田先生から教えてもうたで。実体ちゃうさかい論文の束渡しても捲られへんのやろ? ジーン君に聞いたで。床に並べといたらええんやな?』


 床に几帳面に並べられた膨大な論文と資料。俺が見たかったんはこれや。


『親父おおきに』

『ありがたい思うたら母さんのとこにも行ったれ』

『全部片付いたら行くつもりや』

『覚悟しときや。母さん塁に言いたいことようけあるらしいで』


 また梅田とお好み焼き屋と阪神の話ちゃうやろな……。おかんはそんなん言わへんな。なんやろ、何や背筋が寒う感じんねんけど。


『とりあえずこれ作る気なんやったら戻ってええで。全部片付いたらゆっくり話そうや』

『分かった。ほなまたな』

『ほなな~』



 今からまた研究室に缶詰や。せやけどワクワクするわ。医学部の分野とかぶっとんのに習わんもんで、せやけど医療にめちゃめちゃ貢献するもん。



 マルス、お前が天然のナノマシン・レトロウイルスに勝負を賭けとるなら、俺はほんまもんのナノマシンで迎え撃ったるわ。









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