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181.捨てられたヴィーナ

 ヴィーナの零した言葉に、サラは怒りを爆発させて拳を握り締めた。その顔は真っ赤に紅潮し、額には血管が浮き上がっとる。


「こ、この犯罪者め……! 簡単に殺すなんて言うな!」

「やっ、やめ、あぁっ」


 容赦なく振り下ろされる拳にヴィーナの鼻出血が止まらへん。仰向けやからこのままやと咽頭に流れて後で嘔吐するかもしれへんな。まぁええけど。嘔吐ぐらいしたらええやん。死なへん程度に気が済むまでやったれ。


 前世は知らんけど、この世界でヴィーナに報復したんはサラが初めてなんやないか? 人を傷つけておきながら、何でもかんでも思い通りにいく思たら大間違いや。もう逃げられへんで、佐藤ヴィーナス。傷つけた相手にも夢があり、人生があり、家族がおる。その相手を誰よりも大事に想う人間かておる。その怒りと憎しみを加害者は受け止めなあかん。



「お、お前ら、うぐっ、み、皆死ね……! マルスが、っぐ、黙って、ない、から、うっ」

「お前の頼みの綱のマルスは今朝お前を捨てて逃亡したぞ」

「……っえ?」


 しばかれても強気を通しとったヴィーナは、この瞬間初めて泣きそうな表情に変化した。


 信じられへんいう表情ちゃう。どっかで恐れとったことが起こったいう、多少は考えたことあったいう顔やな。


 聞いとる分にはヴィーナはマルスをえらい下に見とったようやから、マルスも腹に据えかねたもんがあるんやろ。そこに来てダンとウォルトの件や。数年かけて準備したウイルスの集大成を邪魔するんやったら、たとえヴィーナかていらんいうことやな。


 ヴィーナかてほんまはどっかで『ここまではええやろ』『こっからはヤバいか?』思いながら偉そうに振る舞ってきたんやないんか?



「佐藤ヴィーナス。光は死んでなんかないから。あんたの勘違いで大変な目にあったけど、死んでなんかない! ざまぁみろ!」

「……死んでない? 嘘、致死率50%って」

「ばーか! Bウイルスだか何だか知らないけどあんた達は失敗したの! 残念だったね!」



 Bウイルスやと? なんでそないなもんが手に入った? 素人がマカク属サルから分離したとは思われへん。せやったらマルスはバイオセーフティレベル3以上の封じ込め実験室のある研究所か大学におったいうことやな。そこで手にいれたBウイルスを佐藤光に感染させたんか。完全なるバイオテロやないか。



「ヴィンス、ヴィーナを魔塔に」

「もういいんですか? もうちょっとサラちゃんのターンでもいいのでは?」

「ヴィンセント、私も気持ち的には理解しますが、これ以上は止めない訳にはいきませんよ」


 おもろがっとるヴィンスをローランドが窘める。ブラッドは無言で拳を握り締めとる。皆ヴィーナを重く罰したい気持ちは同じや。せやけど実際にウイルスで死んだ国民や苦しむ民を転移先で見続けたヴィンスからしたら、サラの拳でも足れへんくらいなんやろう。分かるで。魔塔で更なる重い苦しみがあいつを待っとっても、とりあえず物理でぶん殴りたい気持ち。俺らには許されへんことやけど、サラが代わりにボコってくれて溜飲が下がったとこもあるんや。



「サラ、気は済んだか? このまま殴り続ければこいつは死ぬだろう。だがそう簡単に死なせるわけにはいかない。こいつには被害者達の苦しみを長く味わう人生を送らせるからだ。それにエミリーが可愛がっているお前を殺人犯にさせたくはない」

「はっ、あ……エ、エミリー様……」


 俺の後ろにおるえみりにやっと気付いたサラが狼狽える。正気に戻ったらとんでもない状況やいうことに気付いたやろ。王族と高位貴族達に囲まれた中での暴力沙汰や。普通は問答無用で罰せられる。


「もっ、申し訳ございません!! あぁ、わ、私、大変なことを……!」

「不問に付す」

「えっ」

「不問だ。咎める気は無い。教室に戻って学問に励め」

「……い、いいのですか??」

「いい。拳が痛むだろう。アリス、光魔法を」

「はい! 私の英雄に金色の祝福を!」


 サラの拳にも血が滲んどる。今はアドレナリンで痛みを感じてへんかもしれんけど、このままやと後でえらい痛むはずや。こないな時、光魔法はほんまに役に立つな。それにしてもアリスはウキウキし過ぎやで。


「サラ。辛かった話聞いてしまってごめんね。いつかサラが落ち着いたらゆっくり話をしよう」


 えみりがサラを抱き締めると、サラは大粒の涙を零し始めた。胸が詰まったように何も言えんと、ただ苦しそうに口を開けてえみりを抱き締め返すサラに、俺が少し羨ましい思たのは秘密や。


「ヴィンス」

「はいはい了解。では我々は行ってまいります」

「俺もこの場を収拾したらすぐ後を追う」

「我々の婚約者への説明、お任せしますね」


 そう言うて三人はヴィーナを連れて魔塔へ転移して行った。


 ほな、何でか揃って此処におる婚約者達に話をしよか。


「何故全員で此処に来たんだ? 俺達が今日登校するのはレオにしか伝えてないんだが」


 答えたのはアリスやった。


「薔薇園でヴィーナとレオの会話を聞いてた特別クラスの女生徒達がすっごい怒りながら教えに来てくれたの。聞いたら私もキレちゃって、『ふざけんなー!』って言いながら薔薇園に向かってたらエミリーちゃん達に会っちゃって。よっぽど私の迫力が凄かったのか皆必死に落ち着くよう言ってきたけど、ここで行かなきゃ女が廃ると思ったわけ。だからレオが情報漏らしたとかじゃないから」

「レオは疑ってない」

「気付いてなかったけどこんなに大勢後ろにいたんだね。あは」


 改めて後ろにいる全員を見て苦笑いする聖女に俺も苦笑いや。


「とんだ場面を見せてしまったな。ご令嬢方にはショックな出来事だっただろう。大丈夫か」


 アメリア、フローラ、レジーナの三人は静かに頷く。ずっと婚約者に会えへんかったことで、ある程度何かが起こっとることは推察しとったんやろ。この国を支えとる自分の婚約者の立場をよう分かっとる子らや。


「今捕縛した一般クラス一年のヴィーナはある一連の事件の容疑者だ。俺達はずっと対応に追われていた。三人には第一線で動いてもらっているから婚約者と言えども簡単に会えない日もあるだろう。だが皆ご令嬢方を護るために奔走しているから信じて待っていて欲しい。事件の詳細は後日必ず優先的に説明する。そして今ここで見たことも聞いたことも他言無用だ。国民を動揺させないために、ご令嬢方も普段通りに振る舞うことで協力してもらいたい」


 全員が気ぃ引き締めたんが伝わってくる。セリーナの事件でも第一線で戦うてきた婚約者達を見とった彼女らや。完全に理解してくれたと信じて俺も魔塔へ転移した。



 魔塔の尋問部屋に繋がれたヴィーナは意気消沈しとった。ウイルスを奪われたことよりも、人前で捕縛されたことよりも、サラにボコられたことよりも、傷ついたんはマルスにほかされたことなんやろ。


 ほな尋問の時間やで、佐藤ヴィーナス。


 前世のことも、転生後のことも、包み隠さず嘘偽りなく全部吐かせたるわ。





「佐藤ヴィーナス。まずは日本での話からや」




 鼻出血が凝固して貼り付いたままの顔で、ヴィーナは俺の日本語に驚愕して青ざめた。










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