180.真相を告げる転生者
目覚めたものの、ヴィーナは後ろ手で縛られたうえに仰向けや。状況が分からず起き上がれへんまま、ただ目ぇ見開いとった。
その横でブラッドに肩を押さえられながらアリスが騒いどる。
「この女狐! 私とレオが似合わないって何よ! 奪ってやろうって顔してたの見たからね!」
「アリスさん、奪われるわけがないと何度言えば分かってくれるんですか。暴力なんてやめて下さい。アリスさんの手も心も傷つくだけですよ」
レオには事前に風魔法で伝書用紙を送っといた。『ヴィーナが薔薇園に来たら人のいないところで引き留めておいてくれ』書いてな。
ヴィーナはレオが脈ありやと思うてたらしく、首を上げて表情抜け落ちた顔でレオを見とる。俺からしたら、脈ありや思う時点でレオのことなんも見てへんちゅうことや。レオはアリスにだけ態度も表情もちゃうやんか。職場やからアリスの好き好き攻撃にも塩対応しとるけど、そやかて他の女生徒相手とはちゃう。男の俺が見とっても分かるのに、ヴィーナは何で分からへんねん。
レオにほんまは興味もなんも無いんか、そもそも男に免疫があらへんのか。
「……レオ、何これ? 私を捕まえるのに協力してたの?」
「はい。貴女がどういう人かは知っていますから」
「……信じてたのに! レオは人を騙したりしないって、レオは他の男とは違う、運命の人かもしれないって思ってたのに!」
ごっつ勝手な言い分やな。キセノンで眠らすか? このままここで断罪して絶望させとくか? 想定外にえみり達はおるけど、学園内で生徒が捕縛されるシーンを見せたなかっただけで、いずれは全てを話すつもりやった。
えみりは俺の妻で、婚約者達もこいつらのパートナーなんやから、そう簡単にショックで倒れるようなタマやあらへんやろ。よし、このままここで断罪や。
「ちょっと王子様達? 何で私を捕まえるの? 何の容疑よ?」
「お前がしたことは全て分かっている」
「あははっ! 昨日婚約者様に失礼な態度だった? 不敬罪ってやつですか? それは申し訳ございませんでした」
「ウイルスの件だ」
「!!?」
仰向けで身を捩るヴィーナは分かりやすく体を硬直させた。自分自身とマルス以外でウイルスなんて言葉を使う人間は、この世界に生まれてきて初めてやろ。
「……ベ、ベルト、私の。無い……!?」
ウイルス入れてた腹のベルトが無いことにやっと気付いたようやな。ローランドが手に持ったベルトを持ち上げて見せると、ヴィーナは性懲りも無く魔力を放ってきよった。未熟な魔力や。たかだか後ろ手に縛られとるくらいで満足にコントロールも出来へん底辺の技術。
「そこの眼鏡! 死ね!」
ヴィーナの魔力に反応して容器が開封する加工なんやろうけど、俺の保護魔法が五重にかかっとんねん。ウイルスが漏れ出るどころか肝心の魔力さえ届いてへんわボケ。
「ふふ、どう死ねと?」
ローランドの冷たい微笑にヴィーナが凍り付く。もう打つ手なしやて気付いたか?
こっからっちゅう時にアリスの叫びが割って入る。
「ルイ殿下! お願い! その女に一発ビンタさせてー!」
まだ諦めてへんのかい! ブラッドの羽交い絞めにもめげんと、アリスが腕をバタつかせて俺にビンタの許可をとる。なんでやねん。
「想像して! エミリーちゃんにマルスがずっと言い寄ってたとして、ルイ殿下がいない時にエミリーちゃんとルイ殿下は全然似合わない、自分の方が似合うって言って奪ってやる気満々で二人で話してるとこ! それで運命の人とか言ってんの! もうめちゃくちゃムカつくでしょう!?」
な、なんちゅうこと言うねん! やめといたらええのに、俺は光の速さで想像してしもた……。あかん、ムカつくどころやない。ぶっ殺す。
「ビンタを許可する」
「「「 えっ 」」」
「やった! ブラッド様放して!」
ブラッドがほんまにええのかと俺をジッと見てくるけど、お前も想像してみぃ。レジーナにマルスが同じことやったらぶっ殺すやろ……。
ブラッドが躊躇うたほんの短い時間、えみり達の後ろから一人の女生徒が真っ直ぐこっちに向かってきた。ローランドが立ち止まらせようと声をかけても足は止まらへん。
「サラさん? 危ないので近付いてはいけません。離れて下さい」
「佐藤ヴィーナス!!」
「なっ……!?」
えみりんとこのバイトの子や。
ヴィーナに向かって佐藤ヴィーナス言うたな? サラって名前聞いた時から転生者の可能性も考えた。せやけどこの子は一瞬たりとも俺達に特別な態度をとらへんかった。取り入るでもなく、距離を置くでもなく、ごくありふれたこの世界の子の振る舞いや。
やっぱり転生者やったんやな。しかも、前世のヴィーナを知っとる。
パァァン!!
めっちゃええ音が辺りに響く。アリスやなく、サラがヴィーナに馬乗りんなって見事な平手打ちを炸裂させた。なんやこの状況。
えみりまで心配して走ってきよった。危ないことは無いやろうけど、止めようとしたえみりにサラの手が当たったらあかん。俺の保護魔法かかった指輪しとるからサラが吹っ飛んでまうわ。
「エミリー、こっちに」
「塁君……! サ、サラが、どうしよう」
見る限りサラは危なくない側や。やってる方やからな。
「あんたのせいで! あんたのせいで!!」
馬乗りのサラは両手を拳にしてヴィーナをボコり始めた。目に涙を浮かべながら殴り続けるサラは、商会で茶を用意してくれる明るいサラとは別人のようや。これは前世、ヴィーナのせいで死んだとかやないか?
「誰だか知らないけどやっちゃえやっちゃえ!!」
アリスは満面の笑みでサラの応援をし出しとる。とんだ聖女や。まぁ俺も止めへんけどな。
ローランドも足止めしようとしたわりに黙って見とるし、ブラッドは自業自得やいう顔しとるし、ヴィンスはちょいおもろがっとるわ。まったく、俺達も大概やな。こいつのせいで苦しんで死んだ国民や、今も奔走しとる騎士団や魔術師団を思うと止める気は起これへんねん。
「はぁっ、うぅ、な、何なの、サラ、あんた何なの……」
「あんたのせいで光があんなに苦しんだんでしょ! うっ、うぅぅ、許さない、許さないから」
「光……!?」
ヴィーナの瞳に一気に怒気がこみ上げる。
「……サラ、あんた佐藤光の何?」
「私は光の幼馴染よ!」
「幼馴染風情が何の権利があって私にこんなこと……! どきなさいよ!」
「オンラインゲームのことで光を恨んでるならお門違いだから! あれやってたのは別の幼馴染よ! 光はゲームになんてハマらない!!」
「別のって、誰よ!」
「別の男友達よ! 大学生の時に光の部屋のパソコンでそいつが光のID使って遊び始めたの! 光はそいつに勧められてキャラだけは作ったけど忙しくて放置してた! そいつはゲームばかりしてたヤツで、あんたが知り合ったのもそいつだから! あんたも名前こそ違ったけど、何回かパーティ組んで助けてあげたらボロボロと自分の身の上語り始めたって聞いてる! 私達あんた達双子のこと光から聞いて知ってたの!」
日本語で話し始めたからローランド達は分かってへんけど、俺とえみり、アリスとレオは理解した。
ヴィーナとマルスは双子で佐藤ヴィーナスと佐藤マルスなんやな。ほんで佐藤光っちゅう同じ苗字の男がおって、ヴィーナはネトゲで知り合った男がそいつやと思て、何かの理由で恨んで何か苦しませるようなことしたっちゅうことか。サラは佐藤光の幼馴染で、何かの理由で死んで転生したら幼馴染の仇がおったんや。
「……じゃあそいつは私だって知ってて付き合って、陰で馬鹿にしてたのね」
「してない! 少なくとも私も光も馬鹿にしてるとこなんて聞いてない! 光は子供に罪は無いって言ってあんた達双子も被害者だって言ってた! 光も揶揄い目的であんたとゲームで絡むならやめてくれってそいつに言ったし、そいつだってあんたとは距離を置いたって言ってた! それなのにあんたは光に逆恨みして、あんな酷いことを……うっ、うぅ」
サラは堰を切ったように号泣し始めた。
話を聞く限り人違いで何かした筈のヴィーナは、反省も動揺も見せんと舌打ちをしてから呟いた。
「そいつも殺せばよかった」




