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178.ウイルス性脳炎

 

「え、マルス君は欠席ですか?」


 一般クラス一年のクラス担任が申し訳なさそうにグレイスと私に謝罪した。


「せっかくお二人が夏期ボランティアにマルス君を誘ってくれたのに申し訳ないです。腹痛ということなので明日は来るかと思うのですが」

「謝らないで下さい。病欠なら仕方ありません」


 昨日ヴィーナに提案した通り、私は今日マルスを理事長室に呼び出すつもりでいた。なのにこのタイミングで欠席とは、仮病の匂いがプンプン漂う。


「エミリー、残念だったわね。私も直接話してみたかったわ」


 夏期ボランティアの統括をしているグレイスは、今朝クリスティアン殿下に久々にお会いできたようでご機嫌だ。塁君と私が昨日やっと会えたことで、皆も気兼ねなく婚約者に会いに行ったのだ。たった10分程だったみたいだけど、されど10分だ。


 私以外に婚約者の中で唯一事情を知っているグレイスは、マルスと会って尻尾を掴んでやるつもりだったらしい。


「物証が無い以上、彼らの自白を引き出すしかないですわね。私そういうのは得意な気がします」


 確かにゲームの中のグレイスはヒロインを正論でぶん殴る系だった。ただ悉く言い方がきつくて断罪されてしまう典型的悪役令嬢だったけどね。でもこの世界のグレイスはクリスティアン殿下と相思相愛。もしもあの正論パンチをマルスに浴びせても、断罪どころか称賛しかされないと私は思う。もう心ゆくまで存分にやっちゃって欲しい。


「グレイスの出番は明日に持ち越しですね」

「ええ、どう攻めるか一晩じっくり考えて参りますわ」


 マルスが居なくなったことをまだ知らない私達は、この時どうマルスから言質を取ろうかということばかり考えていた。


 だけどこの後起こる騒動で、マルスは二度と学園に来ないだろうと私とグレイスは悟ることになる。





 ◇◇◇





 えみりを見送った後、親父からの回答待ちで時間が出来た俺は、久々に城で朝食を食うとった。まともな食事やー思うたのも束の間、ややこしい顔のローランドが近付いてきよった。


「ルイ殿下、感染症の報告が二件と別件の報告が二件あります」


 感染症の報告が二件?


 マルスの野郎が王都に来るまでにばら撒いたウイルスに因るものか、それとも王都で新たにばら撒いたウイルスに因るものか。ゼインの手の者が監視に付いとる筈やから、前者やろな。


「西部から王都までの地域か?」

「はい。二人が王都へ来る途中の経路にある街です。一つは西部ミラー領の領都で、インフルエンザと思わしき患者が七名発生しましたが、地元の医師がルイ殿下がお創りになった薬を用いたためすぐに終息したようです。医師は夏に発生するという違和感を感じたものの、毎年数人発生してはすぐ回復するので軽視してしまい報告が漏れたとのことです。もう一つは王都とミラー領の間にあるフィルポットの街で、脳炎とみられる患者が四名発生、内二名が死亡しております。それ以上の感染者が発生しなかったことで、フィルポットの医師が感染症だと確信が持てず報告が遅れたようです」



 脳炎が四人。


 脳炎の原因には感染症と自己免疫の二種類がある。四人同時いうことは間違いなく感染症や。


 感染症にはウイルス性と細菌性があって、ウイルスは脳炎も髄膜炎も起こす。細菌が起こすのは髄膜炎や。検査機器の無いこの世界で、医師達が脳炎と髄膜炎の違いが分かるかは怪しいとこや。俺が教えとる分、医学院の生徒達の方が分かっとるかもしれへん。脳炎も髄膜炎も頭痛・発熱・嘔吐は共通症状やけど、髄膜炎重症例では項部硬直が起こり、皮膚に発疹・変色が出ることがある。


「ローランド、その脳炎患者達に項部硬直と皮膚症状は?」

「記載がありません。他の症状は細かく書いてありますので、無かったと判断してよろしいかと」

「では間違いなくウイルス性脳炎だな」


 せやったら何のウイルスを使うたか。脳炎を起こすウイルスは数百種類以上あるけど、もう答えは出とるも同然。最大のヒントは家族にも看護した者にも感染者がいなかったことや。


「それ以上の被害が無かったということは、空気感染、接触感染、飛沫感染、経口感染しないウイルスということだ」


 ローランドのややこしかった表情がハッと変化する。気付いたな。


 インフルエンザウイルスは飛沫感染。麻疹ウイルスは空気感染。風疹ウイルスは飛沫感染。ヘルペスウイルスは接触感染・飛沫感染。ロタウイルスは接触感染・経口感染。エンテロウイルスは飛沫感染・経口感染や。それ以外で致死率が高いウイルスいうことやでローランド。


「日本脳炎ウイルスですか?」

「そうだ」


 日本脳炎の感染源は豚や。感染した豚の血を吸った蚊に刺されることで感染すんねん。今回の感染源は豚やなくあいつらが作った日本脳炎ウイルスやから、当然人間に感染させたからには刺した筈や。感染者が人に感染させることはない。ちゅうことは四人の患者全員があいつらに刺されたいうことや。


 王都に近付くにつれて手口が大胆になっとるやないか。


「フィルポットは岩山の合間にあるため牧畜には向いておらず、豚を飼っている農家はありません。つまりヴィーナとマルスが自作の日本脳炎ウイルスを使ったということですね。日本脳炎は蚊による伝播です。まさか注射のようなもので人間を刺したということですか?」

「そうなるな」

「なるほど。それは今からご報告する別件のうちの一件に関連する可能性が高いです」


 どういうことや。ローランドはまた冷めた表情に戻って短い溜息をついた。


「昨日ハートリー商会を後にしたヴィーナ、ダン、ウォルトですが、三名を監視していた諜報員とゼインの部下からそれぞれ報告がありました。ヴィーナがダンとウォルト両名の首に何かをしたと。両名から『痛い』との発言があり、ヴィーナは『爪が引っかかった』と返事をしたようです」

「刺したな」

「間違いないでしょう」


 えみりの話やとダンとウォルトは常識的やったようやし、ヴィーナからしたら邪魔くさい思たんやろな。あの女はそないなことくらいで幼馴染を殺すんか。


「ダンとウォルトの二人を至急保護しろ」

「承知しました」

「あともう一件の別件も聞かせてくれ」

「はい。先程マルスが家から逃走したようです」

「はぁ?」


 何やねん仲間割れか? あー、ヴィーナがダンとウォルトに日本脳炎ウイルス使たん気付いて決裂っちゅうとこやな。二人が王都で倒れて騒ぎんなったらマルスの計画に水を差すことになる。王都には俺達医学院関係者がおるから、脳炎患者が二名同時に発生なんかしたら高度な疫病対策するんちゃうか思てるんやろな。最終兵器で華々しくテロ起こそうとしとんのに、そんなん避けたいことやろ。


 バイオテロ対策なんかとっくにしとるけど、あいつはバレとるの気付いてへんからな。ついでに俺が転生者やいうことも、医学院で日本の最先端レベルの医学を教えとることも。


「で、マルスは今何処に」

「歩き回っているようです。恐らくダンとウォルトを探しているのでしょう」

「二人を王都から急いで離れさせる気だな」


 ゼインの部下が付いとるから見失うことはないやろうけど、学園にも行ってへんいうことやな。ダンとウォルト見つけた後はどっかに身を隠すんか? あかんな、クソウイルス野郎のウイルス作製が捗ってまうやんか。


 せっかくヴィーナとマルスが離れたんを活用せぇへん手は無い。隠し持っとるウイルスに触れる暇もあれへんスピードで捕まえたるわ。



「ブラッドを呼んでくれ。まずは学園でヴィーナを捕縛する」

「先にヴィーナですか」

「焦って軽々しくウイルスを放つのはヴィーナの方だ。マルスにはあいつなりの計画があり、王都でのウイルステロのために無能なふりをし続ける力の入れようだ。今感染症が発生すれば邪魔になる。だからそう簡単にはマルスの方はウイルスを使わないだろう。レトロウイルス未完成で二人が離れている今、ヴィーナの捕縛を優先すべきだ」

「承知しました。では私はダンとウォルト保護の指示を出し、ブラッドを呼び出してまいります」

「頼んだ」



 さて、まずは一手や。


 俺達は三週間近く欠席しとった学園に、全員で昼から登校することにした。










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