176.過去と未来の家族
『母上大丈夫? 僕が来たで。安心してや』
キタ━━━━━━━━!!!
本当にすぐに来てくれた。私の寝落ちがマッハならジーン君の出現もマッハだった。息子よ、母上は大歓喜だよ。
『母上えずきそうなん? あずましくなさそうやな。なんや合わへんもん食べたんやろか』
『ジーン君ごめん! 私元気なの!』
『えぇ? あ、ほんまや! 指輪してるやん!』
『ジーン君に会いたくて会いたくて仮病使ったの。ほんとにごめんね』
『僕かて可愛い母上に会うのは嬉しいねん。怒ってへんから謝らんでええよぉ』
ああもう抱き締めたいのに実体じゃないから抱き締められない。うぅ、もどかしい! 生まれてきたら毎日四六時中ギュッギュしなくちゃ気が済まないよこれは。
『あのね、塁君が急ぎでジーン君に会いたいんだって。夢の中なら異世界にでも意識を飛ばせる魔法が必要なの』
本当はもっともっとジーン君と一緒に居たいけど、まずは塁君が優先だ。
『そんなん魔法陣にゆりかごのうたの歌詞古代文字でグルグルッと書いていくねん。ちゃんと黄色い月の四番までやで。ほんで魔力込めたら迷路みたいなんに入んねん。ほんなら真っ直ぐビャ~ッと行ってどんつきでキュッ曲がってスタスタスタ~て行ったら二本目でグワァッと曲がんねん。ドンドーンと扉が出てくるから四つ目バァン開けてズズ~ッと行ったら右にカクン! で、チョイや!』
…………な、なんて? 大阪人オノマトペ多過ぎ問題が発生した。
『分かりやすいやろ?』
『…………ははは。はははは』
道産子は迷路で迷子確定だ。
でっ、でも! 塁君になら正確に伝わるに違いない!
『母上が歌ってくれるゆりかごのうたが僕めっちゃ好きやねん。ほんでな、遊びで古代文字で書いとったらえらい大発見やったわけや!』
『すごいよジーン君! 王国の星! よっ! 大統領!』
褒めて伸ばす教育を試みる私に『再選も張り切って出馬するでー! 投票所にれっつらごーやで! ってうちの国は国王と宰相やないかい!!』というノリツッコミをしてくる幼児。大阪遺伝子おそるべし。バックハンドで私の肩辺りにペシッとツッコんできたものの、実体じゃないからスカッと小さなお手てが通り抜けていった。
『ごめんジーン君、足止めして……。塁君のところに行ってあげて。でも私のところにも絶対また来てね』
『ラジャーや! したっけ行ってくるわ!』
そう言ってジーン君はふわりと消えていなくなった。あぁ、早くまた来てくれるといいな。元々子供好きだけど、ジーン君を見たときにだけ何とも言えない愛しさがこみ上げる。これが親の愛なのかな。
エボラ出血熱の報告を受けてからずっと安眠出来ていなかった私は、久々に心が満たされるのを感じていた。安心して朝までそのまま寝続けてしまうくらいに。
◇◇◇
なるほどなぁ、ゆりかごのうたか。そんなんこの国には無い歌や。転生者だけが知っとって、日本語で堂々と歌える環境やないと子供に歌い継がれへん。しかも魔力が有り余っとって悪戯で魔法陣作り出す子やないと見つけられへん魔法や。そりゃあジーンしか出来へんわけやで。
ゆりかごのうたは俺は歌ってもろた記憶は無い。おかんが歌ってたのはモーツァルトの子守歌や。めちゃめちゃ音痴やったな。途中で親父が参戦してきて天満の子守歌歌い出すんやけど、無駄に上手くてなんやイラッとすんねん。阪神戦で鍛えた喉の成果やろか。何もかも片付いたらおかんのとこにも顔出したろ。
さぁ、実践や。
ゆりかごのうたは北原白秋の作詞や。まさか異世界でこないな力を持つとはな。ほな、四番までグルグルッと古代文字で書いていこか。
ゆりかごのうたをカナリヤがうたうよ……
おっしゃ書いたで。ほんで魔力込めんねんな…………出来たばっかりの魔法陣に魔力を注いだ途端、俺を取り巻く周囲の景色が瞬時に変わった。突然迷路ん中や。おもろいなぁ。
真っ白で高い壁。天井で頭上も塞がれ窓も無い。進むしかないわけやな。今日は正しい道順で行かなあかんけど、今度全部の道制覇したる。
まずは『真っ直ぐビャ~ッと行ってどんつきでキュッ曲がって』やったな。ビャ~は150m位や。うんうん、確かにどんつき、突き当たったわ。キュッと曲がるんは90°に曲がる。
んで、『スタスタスタ~て行ったら二本目でグワァッと曲がんねん』のスタスタスタ~は早歩きやな。二本目の曲がり角でグワァは90°に大きく曲がること。キュッとグワァは同じ90°やねんけどニュアンスがちゃうねん。道幅が変わってくんのや。他にもシュッと曲がる、グッと曲がるもあるんやけど、シュッは30°、グッは45°位やな。
『ドンドーンと扉が出てくるから四つ目バァン開けて』ってほんまに扉が何個も並んで現れたわ。了解、四つ目な。バァンと大胆に開けんねんな。ソッと開けたらあかんのか? まぁええけど。
扉開けてもまだまだ迷路は続いとる。横道もさっき以上にありそうや。『ズズ~ッと行ったら右にカクン! で、チョイや!』のアドバイスが有難い。ズズ~は40m位やねん。ここで十字路。右にカクンやな。カクンは普通に曲がることや。チョイはすぐってこと。
ジーンの案内通りの場所に立った瞬間、目の前に俺に関わる全ての人の映像が現れた。これは凄いな。親父の名前を呼ぶと大勢の中から親父の映像だけが残る。その後は視界の一面に何万種類と動画が並び始めた。親父の寝る前から寝た後の様子が繰り返し再生の動画のように映し出されとる。これは親父が生まれてから死ぬまでの全ての睡眠なんやな。
俺はその中から定年間際くらいの親父を選び出した。俺の頼みを聞いた後、フットワーク軽く動いてもらえて、なおかつあちこち顔が利く位の年齢や。俺が死んで十年位経った頃やな。
ひとつだけ選んだ映像に手を伸ばすと、また視界が瞬時に変化した。
見覚えのある部屋。見覚えのある医学書。見たことのない医学論文。見たことのない無数の表彰盾。そして知ってはいるけど実物は見たことのなかった金のメダル。
『塁やんか。まいど』
死んだ息子が生まれ変わった姿で現れたっちゅうのに、ベッドから緊張感のない挨拶が飛んできよった。
『親父、ノーベル医学生理学賞受賞おめでとう』
『おおきに。ところで自分えらい派手なかっこやな』
あっさり話題を変えてきた親父は俺の銀髪やマリンブルーの瞳、耳のピアスやイヤーカフを見て目を丸くしとる。
『こっちではこれが普通やねん』
『そうなんや。まぁヒョウ柄おばちゃんには敵わへんけどな』
勝ちたないわ。
『塁に言わなあかんことがぎょうさんあるわ。まず梅田は今も工事しとるってことや。あとは塁も好きやったお好みの店が潰れてモータープールになってん。ほんで阪神は今年ええとこいってんのやけど、今日の試合でアホみたいに打たれてもうて』
『親父親父、ちょい待ってや。長話しとる暇あれへんのや。親父が目ぇ覚ましたらやり直しやからな。本題入ってええか』
今の話のどこに俺に言わなあかんことがあったんか疑問や。
『ええで。なんや?』
久々に会うたのに生きてる時と全く変わらんテンションの親父。拍子抜けしつつ、俺はマルスの野望を打ち砕くため、親父にある頼みごとを打ち明けた。




