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169.頭脳戦

 私はヴィーナから引き出した情報を整理してみた。


 ・最終兵器のウイルスはまだ未完成である。

 ・ヴィーナの見込みではウイルス完成は夏休みに入って三週目くらい。

 ・それにはマルスが毎日休みなく作業しなくてはならない。

 ・そのウイルスは『細胞をぼろぼろにする』という症状を引き起こす。


 一刻も早く塁君に伝えなきゃ。



「ロビン、ヴィーナにバレないように王城に今すぐ戻りたいんだけど、馬車じゃバレるしどうしたらいいかな?」

「お安い御用です。俺達のアジトの一つに城の近くへ通じる緊急用の転移魔法陣があります。それを使いましょう。アジトまでは俺が抱えて運びます」

「抱えて?」

「舌を噛まないよう着くまではお話にならないで下さいね」


 私をサッと抱え上げたロビンは、屋根裏部屋の窓から出るや否や、もの凄いスピードで屋根を伝って移動した。そういえばゲームのゼインルートでアリスが誘拐される時もあっという間だった。こんな感じだったのか。


 一瞬で過ぎていく景色を見ていると、うまいこと人の目に触れないようなルートが確保されている。うちの商会の建物の構造も、緊急用魔法陣までのルートも、何もかもゼインの手の平の上、しいては塁君の手の平の上なんだ。



「着きました」


 一見ごく普通の民家。中に入ると普通に六人家族が暮らしているようだけど、ロビンを見ると皆会釈してくる。


「家族に見える構成員を置いています」


 祖父、父親、母親、兄、妹、弟の六人がいて、皆髪色や目の色が同じで雰囲気も似ている。それなのにまさか家族じゃないなんて。二匹飼われている犬もよく訓練されているのか、ロビンを見てビシッとお座りをしてみせている。


 地下に降りると家具を退けた場所に魔法陣があり、私一人だけが中心に立たされた。


「今魔力を注ぎます」


 ロビンと六人家族から魔力を注入された魔法陣が光を放ち、浮遊感を感じた次の瞬間には別の場所に転移していた。王城の近くの練武場らしいけど、全く人の気配がしない。多分騎士団は王都と周辺の警備に奔走していて出払っているのだろう。皆がヴィーナとマルスのせいで緊張状態なのだ。


『よし、一刻も早く王城へ向かおう』とドアに手を伸ばした瞬間、急に目の前に最愛の人が現れた。


「えみり!!!」

「うわぁ! なんで!?」


 塁君が転移魔法で急に現れるのも二週間半ぶり。私はすっかりこの感覚を忘れてしまっていた。だから久々の塁君だというのに、あまりに突然過ぎてかける言葉の第一声が『うわぁ』だなんて泣きたい。


「えみりの指輪にGPS機能付いとんねん! すごいスピードでゼインのアジトと転移先に位置情報が移動するんやもん、何かあったっちゅうことやろ!? なんやどないした!」


 私の両肩を掴んで詰め寄ってくる塁君の表情から『心配』『不安』が溢れ出ている。


「実はね……」


 私はその日あった事全てを報告した。マルスのことも、ヴィーナのことも、ダンとウォレスのことも、一秒でも早く塁君に伝えたかった何もかもを。




「マジか。さすがえみりや、やりよるな。今兄さんとローランドに念送るわ。これは緊急ミーティングせなあかん」


 塁君は攻略対象者全員とネオ君、アウレリオ様に、念を送り合う目的で魔力を分けているらしく、すぐに王城の本会議室に集まるよう手筈を整えた。


「一分だけ遅れていく。一分間でええから、えみりチャージさせて」


 そう言って塁君はギュウゥゥッと私を抱き締めて、顔中にキスの雨あられを降らせてきた。


「めっちゃ会いたかった……」


 私だってずっと会いたくて、心配で、でも邪魔になるから我慢してた。国のために身を粉にして働いてるって知ってるから、会いたいなんて押しかけたり出来なかった。本当は差し入れにクロックムッシュを持って行こうかなとか思ったこともあるけれど、それすら邪魔になる気がして行けなかった。


 だから、思いがけず塁君が駆けつけてくれて、私のことをそんなに心配してくれて、不謹慎だけどとても嬉しい。


「塁君……私も、ほんとにほんとに会いたかったよ」

「マジで」

「うん。マジで」

「一人で学園行かせてかんにんな」

「寂しいけど、頑張って元気なふりしてる」


 抱き締める腕に力が入り、こめかみに当たる唇から溜息が漏れた。


「…………あかん。一分じゃ足りひん」


 私だって、もっともっと一緒にいたいけど、皆を集めてする大事な緊急ミーティングなら行かなきゃいけない。


「全部終わったらデートしようね。だからもう行こう」

「…………せやな」



 塁君が私を抱き締めたまま王城の会議室に転移した。そこには既にクリスティアン殿下、ローランド、ヴィンセント、ブラッド、アウレリオ様、ネオ君、アリスまでいる。


「あぁ、エミリーと会えたんだね。ルイ、良かったね」

「これで我々も罪悪感が薄れます」

「ほんとですよ。俺達も気が引けて婚約者に会えなかったんですよ?」

「だが俺達が今していることが婚約者を守ることに繋がるんだ。そう考えれば耐えられる」

「私は何度かネオに会いに行ったけど、悪かったかな」

「それは僕に魔力を分けて下さるためじゃないですか。それが無ければ僕は倒れてます」


 皆の会話を聞いてるだけで、グレイス、アメリア、フローラ、レジーナの気持ちが報われる気がしてくる。時が来たら教えてあげたい。貴女達の愛する人も本当は会いたくて仕方なかったみたいだよって。



「あの……私が迂闊だったせいで大変なことになってしまって、本当にすみません……」


 アリスが消え入りそうな表情で呟いた。あぁ、『遺伝子は難しい』発言のことかな。だけどその発言を聞く前から最終兵器は創り始めてた筈。アリスに罪は無い。



『みゃぁ』という声が聞こえてきた方向に目を向けると、ネオ君の膝の上に子猫が居た。今日学園でマルスが抱いてたあの弱った子猫。あの時は回復したように見えなかったけど、ちゃんと光魔法で治ってたんだ。


「アリス、子猫治ったんだね」


 嬉しくなって言った言葉にアリスはドバッと涙を溢れさせた。


「違うの! 治せなかったの! マルスが私の弱点を探るために猫ちゃんの遺伝子めちゃくちゃにしたの! うぅぅ、悔しい~。こんなの酷いぃ」


 ど、どういうこと?


 固まった私に塁君が全てを説明してくれた。


 アリスの『遺伝子は難しい』発言を確かめるために、マルスが子猫の遺伝子を適当に何ヵ所も変異させたらしいこと。ヴィンセントもローランドも猫の塩基配列までは知らないから、塁君が作業の手を止めて猫のDNAを修復したこと。



「ほ、ほんとに、良かったぁ。ルイ殿下のおかげで、猫ちゃん死ななくて、良かったぁぁ! うぇぇん!」

「本当ですね。我々では手も足も出ませんでした」

「あの第二王子、人間以外も全生物のゲノム配列覚えてそうで怖いですよ」


 ローランドとヴィンセントが塁君を見て苦笑いしている中、ネオ君は真面目な顔で発言した。


「ルイ殿下は覚えてますよ。全ゲノム解析が完了している約8,000種の生物の塩基配列全て」


 しれっとした顔の塁君を、全員がジッと見た。ネオ君は至極当然といった表情で続ける。


「まだ部分的にしか解明されていない種も入れれば真核生物が29,000、原核生物が52万、ウイルスが6万、プラスミドが47,000、オルガネラが3万あります。多分ルイ殿下なら全部覚えてるんじゃないですかね」


 ほ、ほんとに……?


 私も皆も驚愕の表情で塁君を凝視していると、塁君はめんどくさそうに口を開いた。


「イエネコ、学名フェリス・シルヴェストリス・カトゥスは38本の染色体を持ち、全ゲノムは 2,493,141,643塩基対だ。ネオの膝の上にいるその猫は、そのうちの300の塩基が変異させられていた。エクソンは23,119 個あるにも関わらず、変異が意味を成さないイントロンの部分にも痕跡があった。マルスは少なくとも猫の遺伝子を理解したうえで細工したわけではない。適当に300ヵ所変異させた中に、偶然致命的な症状を起こすエクソンがあったんだ」


 ちょっと凄すぎて全員が引いている中で、ネオ君だけが瞳をキラキラ輝かせて塁君を見つめている。これはまた崇拝レベルが上がったな。


「今回の件で、マルスは聖女が遺伝子疾患を治せないと確信を得た。最終兵器とやらは未知のレトロウイルスだと俺は確信している。HIVを含むレンチウイルス属、猫白血病ウイルスを含むガンマレトロウイルス属のような既存のレトロウイルスでは、聖女が治癒し、俺がワクチンや治療薬を創る可能性がある。その両方を避けるためには未知のゲノムを持つレトロウイルスを創るしかない。あいつは他の動物は眼中にない。人間のゲノムだけに特化しているあいつは、人間に壊滅的な症状をもたらす遺伝子を組み込む筈だ」



 その場にいた私達は、そんなものを創り出せる人間が敵であることに愕然とした。










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