167.探り合い
一階にいる全員の視線が私に集まった。
「エミリー様。俺にお任せを」
「ありがとうロビン。私をお呼びのようだし話を聞かせていただくわ」
困惑しているロビンに目配せをして、私はヴィーナに向き直った。
「ここでお話しするのもなんですから応接室にお通しします」
「ありがとうございます」
『おいおい。俺達本当にさっきの店に並んで買うって』『ヴィーナス、図々しすぎるだろ。やめようよ』と小声でボソボソ言いながらダンとウォルトも付いてくる。
ヴィーナは二人に構うことなく堂々と私の後を付いてきた。
「色鉛筆を二箱融通して欲しいと聞こえてきましたが」
「そうなんです。私達の故郷は遠いのですが、脚の悪い二人がはるばる王都に来たんです。色鉛筆が欲しいとせっかく店に来てくれたのに、入荷は随分先で私もとても残念で。だから無理を承知でお願いに来たわけです」
ヴィーナの立ち居振る舞いに、『やっぱり転生者だね』と苦笑いしそうになった。
この世界で侯爵令嬢であり第二王子の婚約者でもある私に対して、年下の平民であるヴィーナがこれほど緊張も恐れも無く、むしろ『さてどう利用してやろう』という雰囲気まで漂わせている。何も知らなければ、身分を隠した王侯貴族かと勘違いする人もいるかもしれない。
「あ、あの、商会長様。俺達この間までは確かに脚が悪かったんですけど、今は治って歩けるんです。だからどうかお気になさらないで下さい」
「そうなんです。南にある店に行くことも並んで買うことも全く苦ではありませんから」
ダンとウォルトはヴィーナと違って常識人らしく、ロビンの対応で充分納得したようだ。
「まぁ、悪かった脚が治ったんですね。それは良かったですね」
潜入した時に全部聞いていたから知ってるんだけど、私は敢えて反応してみせた。ここで小売り出来ないという話をすれば追い返すことは出来るけど、私はこの傲慢なヴィーナから情報を引き出したい。話を長引かせてやろうって思ってるのは貴女だけじゃないからね。
「エミリー様、二人の脚を治してくれたのは第二王子殿下と聖女様なんですよ。第二王子殿下と言えばエミリー様のご婚約者ですよね? 立派な方なんですね」
「ええ、尊敬申し上げております」
早速探りにきたね。
「王立医学院を創設されたり、聖女様と病人を治したり、この国の医学に貢献されてますよね。そんな方が王族だなんて国民として誇らしいです」
ダンとウォルトが緊張して会話に入れないままなのに、ヴィーナは気にせずペラペラと喋り続けた。
「そうそう、冬に流行る肺炎風邪の薬を創ったのも第二王子殿下だそうですね」
「そうなんですか。私はあまり詳しくないんです」
「でも五歳の時に創ったなんて……さすがに誇張ですよね?」
「分かりませんが、ルイ殿下でしたら有り得ることかもしれませんね」
「……そんなことが有り得ますか?」
「普通は有り得ませんが、ご存知の通りルイ殿下は立派な方ですから」
ここぞとばかりにニッコリ微笑んでみせると、ダンとウォルトは頬を赤らめて下を向き、ヴィーナは一瞬だけ憮然とした表情をしたがすぐに取り繕って笑い返してきた。
「まぁ! 本当だったら天才ですね!」
「そうですね」
「そういえば十年前に故郷の村で流行った胃腸の風邪も、ポリオっていう病気だって仰ったそうですよ。二人の脚もその病気の後遺症だったようです。ポリオなんて病気、皆知りませんよね。エミリー様はご存知ですか?」
「いえ、私は勉強不足で初めて聞きました」
口に手を添え淑女の演技で感心したふりをしてみせる。
ポリオって言葉に反応するか見てるんだね。当然知ってるけど反応なんてしてあげない。私の名前から転生者の可能性を見出したのかもしれないけど、貴女の推測を現実になんてしてあげない。
貴女達は塁君を恐れたらいい。最終兵器とやらの治療薬もワクチンも、塁君に簡単に作られて作戦は失敗するって絶望すればいい。恐れて足掻いて無駄な改良に時間をかけて、その間に証拠を押さえた騎士団に逮捕されればいいんだ。
「この商会は外国とも取引をしてるんですか?」
突然ヴィーナが話題を変えた。塁君を探りたい筈なのに外国の話? ここから変化球で塁君の話題に持って行くのだろうか。
「はい。20ヵ国以上に商品を輸出しています」
「わぁ、そうなんですね。では外国語にもお詳しいのでしょうか。私も昔どこかで聞いた外国の言葉を今も覚えてるんですよ。何処の国の言葉かご存知でしょうか」
そう言った次の瞬間、ダンもウォルトも知らない言葉をヴィーナは話し始めた。この部屋で私しか知らない言葉を。
日本語を。
「あなたてんせいしゃじゃないの? るいおうじのことおしえてほしいんだけど」
私は動じることなく対応してみせた。
「さぁ……初めて聞く言語ですね。営業職の者なら分かるかもしれません。呼びましょうか」
「いえ、お仕事のお邪魔になりますし」
私の仕事を邪魔してるのはいいのか。
ヴィーナはまだまだ企んだような表情をしながら笑っている。何か情報を掴むまで帰らない気だね。いい根性だ。私だって何か情報を掴むまで帰らせないからね。
「うちの店からこの建物の前に王家の馬車が止まるのが見えるんですけど、最近第二王子殿下はいらしてないんですね。お忙しいのですか?」
なるほどね。自分達の撒いてきたウイルスに奔走してるか知りたいのね。悔しいけどその通りだよ。貴女達のせいで塁君も皆も大変な思いをしてるんだ。
だからこそ、今私に訪れたこの機会。無駄にしない。
「ルイ殿下はいつもお忙しいんです。日々研究に身を投じて次々と大きな成果を出される方ですから」
「そうなんですね。もうすぐ夏休みなのに今から研究でお忙しいなんて大変ですね。今はどんなことを研究されてるんですか?」
「ありとあらゆる病気についてだと思います」
「そうですかぁ……」
そろそろ苛ついてきてるのが瞳に現れている。じゃあここからは私のターンだ。
「ヴィーナさんの言う通りもうすぐ夏休みに入りますけど、ヴィーナさんは里帰りされないのですか?」
「私は残る予定です」
「同じ村出身のマルスさんも帰らないのですか?」
「マルスをご存知なんですね」
「ええ、大変な目に遭った新入生ですから、何かあったら私達三年の王室関係者が配慮するようにと学園長に言われています」
「あぁ、そうだったんですね」
ボロなんか出さない。失敗なんか出来ない。一つ一つが王都を救うヒントになるかもしれないんだ。さぁ、ここからだよヴィーナ。
「マルスさんも残るのでしたら、二人で夏期のボランティアに参加しませんか?」
「えっ?」
敢えて関わっていこうとする貴女のスタイル。私も同じことをしてあげる。
「夏休み中に生徒達でボランティア活動をするんです。王都中心街の清掃、独居老人や孤児院への訪問、神殿での奉仕活動、これがほぼ毎日行われます」
ヴィーナは思いもよらない勧誘に言葉を失っている。さぁ、教えてよ。貴女達の今後のスケジュールを。
「あ、あの、私は毎日雑貨店での仕事がありますので」
「マルスさんは如何ですか」
「マルスは……やる事があるので無理かと」
やる事ね。ウイルス作製とか? そのあたり詳しく聞きたいです。
「一般クラスの生徒は、卒業後の人脈づくりのためにも参加するといいですよ」
「……あぁ、そ、そうかもしれませんねぇ……」
「マルスさんはいつだったらお時間ありそうですか? 参加できる日だけでも構わないですし。一度私から話してみましょう」
「えぇ? そんな……わ、私には分かりません」
「学園長も二人が参加したら安心なさると思いますよ。それでは明日にでもマルスさんを学園長室に呼び出しますね。統括をしていらっしゃるグレイス・エインズワース公爵令嬢にも同席していただいて、私からマルスさんに相談することにします」
「えぇ!? あっ! そ、その、えーと、マ、マルスを呼び出しても……り、了承するとは……」
遂に傲慢なヴィーナの表情が崩れた。




