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160.新たな脅威

「マルス何処行くの~? 私も一緒に行こっかなぁ♡」


 魔法学園一般クラス一学年の教室前。多くの生徒達が朝の挨拶を交わし談笑する中、図書室へ向かおうとしたマルスは同級生の女生徒に声をかけられた。


「悪いけど急いでるから」

「あぁん、マルスってば待ってよ」


 教室内からヴィーナが見ていることにマルスは気付いていた。


「今日は宿題ちゃんとやってきたの? 私の写させてあげよっか?」

「大丈夫だから。じゃあ」


 分かりやすい好意に気付かないふりをして、素っ気なく振る舞うことにも慣れてきた。それ以上話しかけられないよう足早に図書室へ向かうと、目当ての新聞を手に目立たぬ奥の席へ腰かけた。



『そろそろ騒ぎになってもいい筈なのに』



 隅から隅まで探しても期待していた記事は見つけられなかった。





 ◇◇◇





 医学院生は手分けしてギルモア領民達にワクチンを打っていった。領民達の中には生まれて初めて見る注射器と、針を刺して薬を体に入れるという行為に抵抗する者もいた。しかし魔術師団がこの一週間の間に繰り返し説明していたこともあり、最終的には皆が接種に同意した。


「あの、子供達は罹らないんですか? って、あっ!」

「この薬は十八歳以上対象なんだ。十七歳以下の者は引き続き魔術師団が時間を止め、薬剤が出来次第接種開始するからあと一週間待っててくれ」

「わ、わ、分かりました……」


 子供を接種会場に連れてきた母親達が、知らずに声をかけた相手は感染防止のマントを着たルイ王子だった。


「あ、あの方ってルイ殿下よね? ビックリしたぁ」

「そうだと思う。一ヵ月半前にご婚約者様と小麦畑にいらした時に見たもの。綺麗な王子様よねぇ」

「王子様ご自身でお薬をお作りになられるんですってね」

「王都にお医者様になる学校をお作りになってご自分で教えてらっしゃるって聞いたわ」

「うちの村のお医者の息子も入学したの。ルイ殿下が国を回って優秀な子を集めて入れて学費もいらないんだとさ」


 女性達の井戸端会議に医学院生のライガが声をかけた。


「エメルおばさん」

「あれまぁ、ライちゃん!」

「俺もワクチン接種の手伝いに来たんだ。ところで今のって俺の話?」

「いやだわぁ、噂をすればってやつだよ。ライちゃんは立派だってうちの村の自慢なのさ」


 南部にあるライガの部族が住む村は、ギルモア領に近接している。そのため女性でも出稼ぎに来ている者達がいる。


「エメルおばさん孫が生まれたんだって? お袋からの手紙に書いてあった」

「そうなのさ。もうレイトン島に帰っちゃったけどねぇ。里帰り出産の時はライちゃんのお父さんにお世話になったんだよ」

「安産だったってね。おめでとう」

「ありがとさん。今日はレイトン島の男達だけ来てんだ。小麦の仕入れに何度かこの辺りに来たから、ワクチンっていうの打った方がいいって魔術師団様に言われたんだとさ」

「そうか。それなら打った方がいいね。じゃあ俺は戻るよ。エメルおばさん元気で」


 ライガが休憩を終えて打ち手に戻ると、自分の列に手足に傷のある男達が並んでいることに気が付いた。


「こっちの手、怪我してますよね。注射は反対の腕に打ちますか?」

「いや、両方使えなくなると困るから、同じ腕にしてくれ」

「うーん。見るからに噛み傷ですけど、大丈夫ですか?」

「平気平気。小さい犬っころに噛まれただけだ」


 そう言われて希望された腕に注射していき数人目、今度は顔に噛み痕がある男がライガの目の前に座った。


「派手にやられましたね。皆さんひょっとして同じ犬に噛まれたんです?」

「いや二匹いてな、俺は一匹だけだけど、両方に噛まれた奴もいるんだよ」

「ここにいる噛み痕がある皆さんは同じ村なんですか」

「ああ、レイトン島だ」

「あ、エメルおばさんの娘さんがお嫁に行ったとこ」

「ん? 俺の妻のことか?」


 なんとその顔を噛まれた男はエメルの娘婿だった。小麦の仕入れで娘と知り合ったのだという。


「赤ちゃんが噛まれないよう気を付けて下さいよ。随分気性の荒い犬みたいだから」

「まだ子犬の時に二匹で木の板に乗って島に流れ着いてきたんだよ。島の子供達が可愛がってたんだが、最近機嫌が悪いのかやたら噛むんだよ。水も飲まねぇし、子犬の頃水に流されかけた辛い記憶でも思い出したのかね?」


 ライガは何かが引っかかったが、他にも大勢の接種者が並んでいたためそのまま男を広場の待機場へ戻らせた。


 全員の接種を終えたところで、感染疑いの者達に光魔法を施し終えてアリスが広場にやって来た。この後は魔術師団による時間魔法で十日ほど時間を早め、接種者にこの場で免疫を獲得させる。副反応対策にアリスがエリアヒールで治癒すれば終了となる。



「それでは皆さん、今から時間魔法で皆さんの体の時間を十日ほど進めます。接種部位が腫れたり痛んだりする人もいると思いますが、すぐに聖女に光魔法を使って治してもらいますので心配いりません。それではいきますよ」



 ヴィンセントの掛け声で魔術師団団員達が接種完了者に一斉に時間魔法をかけていった。あちこちから『腕が痛い』『体がだるい』などと聞こえてくるが、ひときわ大きな叫び声が聞こえてきた場所があった。


「あぁっ、ううっ、い、痛い! 顔が痛い!!」


 エメルの娘婿が顔を押さえて蹲っている。気付いたライガが人を掻き分け駆けつけた。


「時間魔法で傷は多少塞がったようだけど、熱がありそうだね。旦那さん、水飲む?」


 ライガが自分の腰につけていた水筒を差し出して水を飲ませると、男は喉を押さえて倒れ込んだ。


「い、痛いぃ! あぁぁあ!!」

「咽頭炎かな? 乾燥は良くないから少しだけでも飲めるかな」


 上半身を起こして飲ませようとするライガの腕を払い、口に含んでしまった水を男は藻掻くように吐き出した。


「痛い! 痛い! 嫌だ!」


 こぼれた水さえも嫌がり怯えて距離を取る男を見て、遠くからルイ王子が叫んだ。



「ヴィンス!! 噛み傷がある者全員の時間を止めろ!!」

「了解!!」



 即座にヴィンセントが時間魔法を使い、ルイ王子はキセノン麻酔を使って騒ぐ男の意識を消失させた。


 嚙み傷のある男達全員を移動させ、突然のことに動揺する民衆達を宥めるようにアリスは光魔法をかけた。美しい金色の粒子を初めて見た民衆達は、すっかり体調が回復し、古傷や持病さえも良くなった自分の体に高揚して帰って行った。


 皆が帰る中、ルイ王子はヴィンセントとアリス、医学院生全員を噛み傷のある男達が移動した場所に呼び寄せた。


 目の前に横たわる麻酔管理下の男を見ながらヴィンセントは訝しんだ。


「ルイ殿下、時間は止めましたけど、どういう状況ですか」



 噛み傷のある男達は全員レイトン島から来た者達だった。副反応で痛む接種部位を押さえながら、意識の無い仲間を不安げに見つめている。


 時間魔法で薄くなった全員の噛み傷を見ながらルイ王子は口を開いた。





「信じがたい事態だが、ここにいる者達は狂犬病に罹患している」





 その言葉に、医学院関係者全員が言葉を失った。









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