表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/217

154.バイオセーフティレベル4

「レイノルズ魔術師団長、ご苦労だった。謁見室で父上と兄上とともに報告を聞こうと思っていたのだが、緊急とは如何に」


 百戦錬磨の魔術師団長でさえ表情が強張っている。陛下を差し置いて真っ先に塁君を探して此処に来たということは、それだけ深刻な事態で、『医学』の知識が一秒でも早く必要だということだ。



「謁見室までの時間さえ惜しいのです。早速ですが、コリンズ村に毒の反応は何処にもありませんでした。村の家畜は死んでおらず、人間だけが死んでいました。吐血だけではなく、鼻からも出血しており、中には目から血の涙を流して死んでいる者もおりました。皮膚に黒い水ぶくれがある者も。危険な流行り病である可能性が高いと考え、村一帯を結界で封鎖し、内部を清浄に保つ魔法を施してきました。調査に関わったギルモア騎士団とギルモア伯にも清浄の魔法をかけてきましたが、先週ギルモア伯に助けを求めてきたこの村出身の者が、今朝から高熱と頭痛、全身の痛みを訴えています。既に罹患している可能性を考え、ルイ殿下に一刻も早くご相談したいと無礼にもエミリー様の居室まで来てしまいました」


 私にも聞こえてきた魔術師団長の言葉。聞いているだけで恐ろしい病であることが分かる。


「潜伏期間一週間前後で高熱、頭痛、全身の痛み、その後出血して死亡だと? そんな馬鹿な。うちの国で発生するわけがない」


 塁君の動きが一瞬止まり、予言のように静かに言葉を紡ぐ。



「その者には数日中に出血を伴う嘔吐、下痢、それによる血圧低下と貧血の症状が現れる。そして来週には出血性ショックと多臓器不全で死亡するだろう」



 魔術師団副団長は顔面蒼白で、レイノルズ魔術師団長は短く息を吸った後に両拳を強く握りしめた。



「この疫病をご存知ですか」



 塁君は一度だけ頷き、はっきりとした声で答えた。






「エボラだ」






 え? エボラって、私でも知っている。アフリカで流行した恐ろしいウイルス。エボラ出血熱。


 でも、この国はアフリカの気候とは全然違うし、生態系も違う。まさかエボラ出血熱がこの王国で発生するなんて何故?


 転生者が現れただけで、ここまでかけ離れた疫病が発生するなんてことあるのだろうか。この世界でアフリカに似ている国は何処? そこから持ち込まれたの? だけど何故コリンズ村? 何もかもおかしい。



「副団長、大規模な封鎖と時間魔法が必要だ。感染者と接触した者、その接触者と接触した者、全員隔離だ。病状と感染拡大が進まないよう、コリンズ村からギルモア邸一帯の時間を止めてきてくれ」

「は、すぐに動きます!」

「レイノルズ魔術師団長、今すぐ本会議室にカートライト宰相、バークリー騎士団総長、あとは必要だと思う人員を呼んでくれ。俺も必要なメンバーを呼んでくる」

「は、直ちに」


 魔術師団長と副団長はすぐに転移で消えていった。


「エミリー、俺も急ぎで行かなくてはならない。大丈夫だから待っててくれ。俺が何とかするから」

「うん、信じてる。けど、どうか、危なくないように、き、気を付けて……」


 不安で、怖くて、胸が押し潰されそうに苦しい。


 エボラなんて言葉を聞いて、それに自分の大事な人が関わると思ったら平常心じゃいられない。


「ほ、本当に、本当に気を付けて……!!」

「大丈夫。俺しか防げないから仕事してくる。けど、絶対すぐに解決してエミリーの元に帰ってくるから」


 おでこに軽くキスをして塁君も転移して消えていった。ローランド達を招集してくるのだろう。



 部屋に一人になった途端、ガクガクと体が震えてきた。前世でニュースやドキュメンタリー番組で見たエボラ出血熱の映像が脳裏に浮かぶ。前世でもあの病気と闘っていた医師団がいた。だけど彼らも感染して何人も亡くなっていた。


 ギルモア領から流行が拡がっていったらどうしよう。調査に行った魔術師団が感染してたらどうしよう。王都でも拡がったらどうしよう。


 ――塁君が感染したらどうしよう。



 誰一人も死んでほしくない。だけど世界で一番大事な人に何かあったらと思うと、自分勝手な私は塁君のことばかり心配してしまう。第二王子妃である私は国のこと、国民のことをもっと思わなければいけないのに。




 次の日の朝になっても塁君は戻ってこなかった。





 ◇◇◇





「それでは緊急対策会議を始めます。レイノルズ魔術師団長、お願いします」


 カートライト宰相の開会の声で、ギルモア領コリンズ村で発生した疫病対策会議が始まった。


 出席者を見渡すと、魔術師団長の人選は適切やと言わざるを得ぇへん。報告を聞いただけでビビりそうな大臣や口の軽い奴らは一人もおらん。現状を受け入れて適切に動ける人間だけがおった。



 村の状況、死亡した村民の状況、俺とエミリーに久々に帰省すると笑顔で話しとった出稼ぎ労働者の現在の病状が報告される。


 本会議室に集まったこの国のブレーン全員が青ざめて息を呑んどる。



「それでルイ殿下の見解によると『エボラ出血熱』という伝染病だということですね?」

「そうだ。これはエボラウイルスという病原体が原因の人畜共通感染症。自然宿主はコウモリと考えられているが、コリンズ村にコウモリの住処は無い。霊長類に強い感染力があるが、我が国にも近隣国にも野生のサルは生息していない。非常に不自然な発生と思わざるを得ない」


 シナリオが変わる時、必ず転生者が関わっとる。


 こないに不自然なエボラの発生、自然発生のわけない。誰かが故意に広めたんやとしたら、自然界の中の野生型エボラウイルスを見つけてコリンズ村まで持ってこなあかん。しかも緩衝材や吸収剤使うて三重の容器に入れな危険や。その運び人かて感染してまう。


 故意やなく広まったとしたら、密輸した感染動物が逃げたんか? この世界でアフリカに似た地域があったとしても、うちの国は交易してへん。誰かが感染しとる動物を密輸したとしても、コリンズ村にそんなもん取引しとる人間がいるとは考えにくい。動物が逃げたとしたら、もっと港に近いところで被害が出とるやろ。コリンズ村は港からはえらい離れた山ん中やで。


 なんもかもがおかしい。



「治療法はあるのですか」


 カートライト宰相が縋るように俺を見る。事態が深刻なことを重々理解しとる表情や。


「モノクローナル抗体というものを使う方法がある。俺が作れるが感染初期でなければ効果は薄い。ギルモアが保護している者には既に効果が無いだろう。感染予防にワクチンも存在する。これも俺が作るから出来上がり次第ギルモア領民から優先的に接種を始める」


 出席者達がホッとした表情を見せよる。まだホッとするのは早いで。


 あの労働者から感染した人間は、今は感染初期やからモノクローナル抗体の効果があるかもしれへんけど、それでも数%の患者は死亡するんや。その数%の人間かて家族がおって夢があって生きとんねん。


 くそっ、まずは感染を広げないことが最重要課題やな。ワクチンは必須。前世で死ぬ何ヵ月か前に、ほぼ100%近い防御効果があるrVSV-ZEBOVっちゅうワクチンの論文を読んでん。水疱性口内炎ウイルスの遺伝子を組み換えて、ザイールエボラウイルスの糖タンパクを発現するよう遺伝子操作したウイルスベクターワクチンや。作ったろうやないか。



「その者の看病をしたメイド達は感染しているでしょうか」

「患者の体液と血液から感染する。ウイルス5個程度で感染が成立するから感染の可能性は高いと見て行動してくれ。今日までそのメイド達が接した者達も感染している可能性がある。先程魔術師団副団長に命じて、ギルモア邸に出入りする者は全員隔離し、病が進行しないよう時間魔法で対象者全員の時間を止めてもらっている。治療薬が出来次第その者達に投与していく」



 宰相の心配も分かるで。せやけどな、メイドからの感染だけやないねん。ほんまに怖いのは、あの労働者がコリンズ村からギルモア邸まで助けを求めて歩き続けた間の感染拡大や。



「ギルモアが保護してる者は一週間かけてコリンズ村からギルモア邸に辿り着いた。その間、道中で出会って感染させた者達がいるかもしれない。その者達は既に穀倉地帯や領都、他領に入っている可能性がある。そしてその者達から感染した者達がまた別の場所へ行く。王都に来る者もいるだろう。本来はあまりに高い毒性と致死率で、感染者が遠くの地に辿り着くまでに死亡してしまうため世界的な大流行にはなりにくい。しかし発生からして不自然で違和感がある今回のケースでは、最悪の状況を想定して対処したい」



 最悪の状況。当然国中に感染が拡がること。この王都にも。本会議室がシンと静まり返った。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ