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151.不穏な報せ

 しばらくすると、先程工房へ行かれた四人が転移して戻ってこられた。ルイ殿下の手には完成した大量のサンプル品が入っているであろう箱がある。


「お前ら待たせたな」

「いえ、こちらこそルイ殿下のお手を煩わせてしまいました」

「前に色鉛筆の芯は普通の鉛筆の芯と違って低温で時間をかけて乾かすって仰ってましたよね。こんな短時間でどうやったんです? 炎と風魔法で乾かしちゃダメですよね?」

「芯の中の水分を感知して、いい具合に抜いてきたんだ。鉛筆の芯は1000℃で焼き固めるが、色鉛筆の芯は50℃でゆっくり70時間乾燥させるから、炎と風は不向きでな。その点、水分子自体を排出させると芯の品質に影響なく一瞬で上手く乾く」


 ルイ殿下がテーブルの上に置いた箱を開けると、出来立ての色鉛筆が大量に入っていた。配合ごとに仕分けされて一色につき二十種類出来ている。昨日命じられたばかりの品が今日出来ているとはなんと便利な。商会の人間としては今後も乾燥業務をお願いしたいくらいだが、王子に頼めるわけがない。エミリー様がお願いすれば二つ返事でしてくれそうではあるが。


「こんなに早く出来上がるなんて便利だねぇ。私にも出来ればいいのにな」

「任せろエミリー。良き夫である俺がいつでもやってやる」


 さすがエミリー商会長。大変素晴らしいです。『それは流石に畏れ多いですよ』なんてことは言わないことにした。



 皆様で出来上がった試作品を試し、満足いくものを選んでいただいた結果、十二色全ての商品が決定した。


「箱はもう出来てるんです。何種類かあるから選んで下さい」


 エミリー様が既に完成している十二色専用のケースを並べると、それぞれお好きなものをお選びになったので中身を入れさせていただいた。これが我が商会の記念すべき最初の色鉛筆完成品となる。


 それとは別にエミリー様が一箱完成させて俺に差し出してきた。


「はい、これはロビンに。留守がちな私に代わっていつも商会を守ってくれて本当にありがとう。これからもお世話になります」


 ……ルイ殿下以外の高貴な方から何かを頂くのは生まれて初めてのことだ。


 エミリー様は何の計算も無くニコニコと色鉛筆の箱を両手で持って微笑んでいる。あぁ、これだからこの商会をますます守りたくなるのだ。


「よろしいのですか」

「勿論!」

「家宝にします」

「えっ! いつかもっとすごいの作るから家宝はそっちにして!」

「それはちゃんと購入させていただきます」

「わー! 困る困る! そっちも贈らせてよ!」


 こんなことを考えるのも不敬なのだが、エミリー様はお可愛らしい。ルイ殿下が溺愛されるのもよく分かる。こうしてエミリー様が真っ直ぐ俺を見ていることさえ、隣のルイ殿下は若干面白くなさそうにしておられる。まったくあの小さな鉄仮面の王子を、ここまで人間味に溢れさせてくれたエミリー様には感謝しかない。


 これが組織の仲間相手ならイジり倒すところだが、俺達の唯一であるルイ殿下相手だ。どうか毎分毎秒お幸せでいていただきたい。


「これはエミリー様のご夫君であり、我々の主でもあるルイ殿下がご協力下さって完成したものですから。何よりも特別で価値あるものなのです」


 分かりやすくルイ殿下の表情が和らいだ。『ご夫君』という言葉が効いたのだろう。まさかこんな風に考えることになるとは思ってもいなかったが、最近のルイ殿下も非常にお可愛らしい。


「そう、俺はエミリーの配偶者だから協力するのは当然のことだ。ふふふ……」

「どれだけ嬉しいんですか」


 ローランド様が冷めた口調で呟いてもルイ殿下は無視している。夫婦と言ってもまだ書類上だけで、生活自体は今までと全く変わらないらしいのだが。本当にどれだけ嬉しいのですか。可愛いですね、もう。



「では皆様が選んだ色鉛筆はサラに包装させましょう。何かご希望はありますか」

「では包装紙は私の髪の色でリボンは瞳の色にして下さい」

「あ、俺も」

「俺もそうして下さい」

「私とネオは自分用なのでそのままで構いません」

「僕は塗分け用に削り方を変えたいので二箱お願いします」


 ご学友の御三方は婚約者のご令嬢にお贈りになられるのだろう。であれば、相手のご令嬢の瞳の色の花を一輪ずつご用意させていただこう。


 高位貴族は我が商会の上客でもある。全ての家門の皆様の髪の色・瞳の色・生年月日・お好きなデザインはお頭の持つ数多の商会で共有している情報だ。記録を見なくても頭に叩き込んである。


「それではすぐに準備致しますのでお待ち下さい」


 執務室を出てサラに伝えると、サラは張り切って包装紙とリボンを選んでいった。こういう時に役立つようにと百種類以上取り揃えている資材から、組み合わせると絶妙にセンスのいいものを選び取っていく。短期雇用とは言えそのセンスは信頼に値する。


「それぞれこの色の花を一輪ずつ用意してくれ」


 ご令嬢達の瞳の色をメモして渡すと、『花言葉も重要ですからね。お任せ下さい!』と胸をドンと拳で叩くサラ。頼もしい限りだ。


 丁寧に包装された商品と花を持って執務室に戻ると、御三方は贈る相手を思い浮かべたのかふわりと表情が和らいだ。冷徹な宰相のご子息であるローランド様さえもこのようなお顔をなさるのだと、思わず微笑ましく思ってしまった。



「さて、今すぐ婚約者の元へ行きたいだろうが、せっかくこのメンバーが集まってるから少し時間をもらうぞ」


 ルイ殿下が執務室に防音の魔法を使った。俺もいるのだがいいのだろうか。



「ロビン、お前もいてくれていい。ただし、今から聞く話はゼイン以外には他言無用だ」

「承知致しました」


 どうやら軽い話ではなさそうだ。



「結婚式の次の日、俺とエミリーは南の町に転移で行ってきた。その町自体はいつも通りのどかで、昔作った灌漑用水も問題なく機能していたし、畑も問題なかった」

「ここ数年の穀物の生産量は安定しておりますね」

「小麦畑をエミリーと見ている時、出稼ぎに来ている者達と言葉を交わした。何か改善したいところはないかと。皆不満も何も無かったが、出稼ぎに来ているから家族に毎日会えないのは寂しいと言っていた。そしてだ、その中の一人が故郷の村に久々に帰るのだという話になった」


 南の町はこの国の一大穀倉地帯で、いつでも仕事はあるし、領主も他領からの民の流入を受け入れている。そのため近隣から多くの出稼ぎ労働者が集まってくる。


「俺達は気を付けて帰省するようその者に声をかけて次の場所へ転移した」


 王族直々にお声掛けしてもらえるなどその労働者もさぞかし感激しただろう。しかしこの話の主要部分は当然そこではない筈だ。防音までしてお話になるのだからこの後何かあるのだ。俺は集中してお言葉を聞いていた。


「その者の故郷が問題だということですか?」

「そうだ」


 どこの村だ? あの辺りは穀倉地帯に出稼ぎに出やすいから、割と豊かに暮らせている村ばかりだと思うのだが。


「その者の故郷は南西にあるコリンズ村。人口200人程の小さな村だ。領主であるギルモアの元に、その者が助けを求めて駆け込んだのが先週のことだ」


 ギルモア伯は穀倉地帯を領地に持つ我が国きっての大富豪。十数年前、深刻な干ばつ問題を解決してくれたルイ殿下に、今も変わらず忠誠を誓っていると有名な方だ。




「コリンズ村の民200人全員が死亡していると、ギルモアから王家に緊急連絡が届いた」









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