147.世界は日々進んでいる
よく晴れた土曜の昼下がり。私エミリーは仕事という名のほっこり癒しタイムを満喫している。
塁君と私が学生結婚をして一ヵ月と少し。もうすぐ学園生活最後の夏休みに入ろうかという今日この頃、私は開発中の色鉛筆の描き心地を孤児院の子供達に試してもらっている真っ最中だ。
「わぁ上手だねぇ」
「こっちがルイ殿下でーぇ、こっちがエミリー様ぁ」
「私エミリー様に素敵なドレス着せたの。でももっと濃いピンクが良かった」
「そっかそっか、じゃあもう少し柔らかい描き味がいいかな」
丸付けや訂正用の赤鉛筆は既に発売しているのだけど、文字を書くのと絵を描くのでは求める使用感はだいぶ違う。今は十二色の色鉛筆発売に向けてサンプルが出来てきたところで、子供達のおかげで紙にうまく色が載らない四色を発見した。
子供達の色鉛筆の使い方は千差万別で、斜めに倒して薄く広い範囲で塗る子、立てたままグリグリと濃く塗る子、立てて塗っても筆圧が低くて薄い色になる子がいる。どの使い方でも綺麗に色が出るように、今日持ち帰って顔料とタルク、蝋の配合を改良しようと思う。
「皆ありがとうね」
「ううん、僕達エミリー様のお役に立ててる?」
「もうとっても!」
「ほんとに!?」
「本当に本当にとっても!」
「わぁ! 良かったー!」
可愛いなぁ。笑顔は勿論だけど、描いてくれる絵も子供が描く絵は可愛らしくてほっこり癒される。ちょっとしたお花の絵さえも可愛らしいなんて子供って凄い。この絵は持って帰って執務室に飾ろう。お仕事だけど子供に関われるのは癒しであり楽しみでもある。
色鉛筆十二色セットが完成したら、奉仕活動として各地の孤児院に寄贈しに回ろうかな、なんて画策している。小っちゃな子供達が喜ぶ姿はご褒美でしかないよね。そうだ、ネルの子供達や弟妹、アビーの弟妹にも会いに行こう。エミリー様ありがと~なんて抱きついてくれたらどうしよう。てへへ。
私が色鉛筆をダシに子供達と絡む方法を考えていると、イーサンが部屋に入ってきた。
「皆おやつの時間にしようか。エミリー様に頂いたケーキを食べよう」
「うきゃぁー!! ケーキー!!!」
「クリームたっぷりだ! エミリー様ありがとー!!」
早速皆に四方八方から抱きついてもらって『役得! 至福! 楽園! 桃源郷かエルドラドか!』と脳内でだけ悶絶していた私。第二王子妃じゃなかったら現実でも悶絶してた。婚約者のままだったら危なかった。よく耐えた私。
気を取り直してイーサンが淹れてくれた紅茶とともに自分が買ってきたケーキを食べる。子供達が美味しそうに食べている姿を見ながら食べると美味しさも格別だ。
「あのね、マーシャおばさんのケーキもとっても美味しいんだよ」
「先月はチョコレートのケーキだったんだよ。今月はオレンジって言ってた」
「今度一緒に作ったらエミリー様にとっておくね」
「ありがとうね、楽しみだなぁ」
マーシャおばさんとは月に一度孤児院にお菓子作りを教えに来てくれる侍従さんのお母様だ。ゼインのお店で販売しているマーシャさんの焼き菓子やジャムはとても好評らしく、マーシャさんは初めて自分で稼いだお金で安定した生活を送っているのだとか。本当に良かった。
私の商会はというと、ありがたいことに鉛筆と消しゴムの事業がとても順調で、今は色鉛筆の開発に勤しんでいる。後何回か改良して子供達にモニターしてもらい、納得できるものが出来れば遂に遂に念願の色鉛筆発売!
多分夏休み中には販売開始出来そうな見通しで、忙しくなるだろうと今のうちに人員を増やすことにした。ゼインが身元チェックしてくれた新人職員達が、先日から発注や在庫管理、営業職として勤務してくれている。中でも短期バイトとして入ってきた魔法学園一般クラス一年のサラは元気で明るく他の職員からの評判もいい。
「マーシャさんの焼き菓子を売ってるお店ってこの先の緑の屋根のお店だよね?」
「ええそうです。ご購入されるんですか?」
「うん、商会の皆にお土産に」
「それならバターケーキがおすすめです。しっとりしていて日持ちしますし、カットされて個別包装になっているものとホールのものがありますよ」
「個別包装ありがたい!」
イーサンのおすすめ通り、私は個別包装のバターケーキを商会の人数分買って帰ることにした。
◇◇◇
執務室に入るとゼインが壁に飾ってある子供達の手紙や絵を見ながら待っていた。扉を開けた途端視界に入ってくる黒髪長身美丈夫の網膜への衝撃ヤバい。
「エミリー様、おかえりなさいませ」
「ゼイン、来てくれてたんですね。お待たせしてしまって申し訳ありません」
ゼインは定期的に立ち寄っては商会の運営状況をチェックしてくれる。素人の私がこれほど上手く事業展開出来ているのは100%ゼインのおかげで、突き詰めれば塁君のおかげでもある。
「いえ、ロビンから報告を聞いておりました。順調そうで何よりです」
この商会で私の秘書、私が居ない時の会長代理もしてくれている私の右腕ロビンは、元々ゼインの直属の部下で孤児院出身の男性だ。十年以上前、王都外から妹さんと王都の貧民街に流れ着いたところを塁君に助けられたのだと言っていた。なんでも貧民街に施しを与えに来た神官に無下にされたところに、塁君とゼインが出くわしたんだとか。
ちなみに当時衰弱していたロビンの妹さんも塁君が作った半消化態栄養剤ってやつで回復し、今では結婚して旦那様とともにゼインの商会の一つで働いている。
「ロビン、これお土産です」
「ありがとうございます。これはマーシャさんのバターケーキですね」
「イーサンがすすめてくれたの」
「うちの弟がすすめるなら間違いないですよ。ははっ」
ゼインは相変わらず兄バカを発揮しているけれど、この人の懐の深さにはいつも感心させられる。
王都中、いや王都の外にもゼインの部下はいっぱいいて、皆ゼインに救われてゼインを深く敬愛している。皆貧民街出身で学校に行っていないにもかかわらず、字の読み書きは勿論数字にも強い。帳簿なんて基本中の基本で、丁寧なビジネスレターも、事業計画書も報告書も難なく書き上げる。事務仕事だけじゃなく鋭い視点で交渉する術も身に付けている彼らは、一人で何役もこなしてしまう出来る人材ばかりだった。
ゼインによると塁君の部下が孤児院でゼインに叩き込んだのが始まりらしいんだけど、実業家としてのセンスはゼイン独自のものだと思う。ゼインのおかげで貧民街出身者でも働ける場所があり、そこで恩返ししたいと良い仕事をする好循環。
だけどこの出来る社員達の裏の顔は、王家の手足として荒事も得意とするゼインの裏組織の構成員なんだから驚いてしまう。つくづく幼い塁君がゼインを味方にしておいて良かった。
「色鉛筆の方は何種類改良の余地ありでしたか」
「四種類です。もう少し顔料の割合を増やして濃く出るようにしたいです」
ノックと同時に執務室の扉が開くと塁君が入ってきた。大好きな私の旦那様。
「エミリー! 今日は講義も無いし診察も終わったし迎えにきたぞ!!」
「「ルイ殿下、お疲れ様です」」
ゼインとロビンがさっと跪いた。
「おぉ、ゼインもいたか。この間はありがとうな」
「俺などに礼を言ってはなりません」
「何かしてもらったら礼を言うのは当然だ」
私達の結婚はまだ公にはしていないけれど、塁君を慕う人達にだけはこっそり報告させてもらった。そしたら是非お祝いさせて欲しいとゼインの隠れ家の一つで宴会を開いてくれたのがつい先日。この世界では食べたことのない豪快なお料理やお酒が並び、ゼインの部下達が楽器を弾いて歌ったり踊ったりする大宴会だった。
塁君がいかつい部下達と踊る姿は新鮮で可愛くて、いいもの見たと心のシャッターで連写していた私。それに塁君を見るゼインの穏やかな微笑みと優しい瞳に感動して胸がいっぱいになったんだよね。しかもゲームでアリスが誘拐された後に囚われる場所が会場で、感慨もひとしおってものだったんだよ。
プレ新婚旅行で聖地巡礼した私達だけど、まだまだ聖地は残ってるね。
「ルイ殿下、改良が必要な色が四種類あるそうですよ」
「そうか、着色顔料の配合を段階的に増やしたサンプルを一色につき二十種類作ってみるか」
その時執務室のドアをノックする音と『ルイ殿下にお茶をお持ちしました』というサラの声が聞こえてきた。
最終章 バイオテロ・レトロウイルス編を始めたいと思います。
しばらく不定期更新になりますが、よろしくお願い致します。
本日は二話投稿します。




