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145/217

145.新しい薔薇の庭園で

 次の週は月曜から馬車の中で塁君がウェディングドレスのデザイン画を見せてきた。だけどこれは今までも定期的にあったことだ。私が結婚式でどんなドレスを着たいか、というリクエストを月に一回は調査してくるのだ。


 婚約してからもうすぐ五年。何十回訊かれても私の答えはいつも同じ。前世でブライダルのお店のウィンドウで見たロールカラーにAラインのクラシカルなドレス。あれを見た時、一人なのに思わず立ち止まって『わぁ……』と言ってしまった。生まれ変わった今でさえ、何十種類ものデザイン画の中から私はいつも同じものを選ぶ。


「ほんまにこれが好きなんやなぁ」

「うん。憧れなの」

「これ着たえみりめっちゃ可愛いやろなぁ」

「そうだといいな」

「断言する。めちゃめちゃ可愛い!」

「あ、ありがと……」



 火曜はベールとアクセサリーのデザイン画を見せてきた。これも毎回ドレスの調査の次の日に訊いてくる。ベールも毎回シンプルなサテンパイピングのロングベールを選んでしまう。縁がレースだったりお花が付いているものも可愛いけれど、私はこのシンプルイズベストなデザインが好きなのだ。


 アクセサリーはデコルテを綺麗に見せるためにネックレスは無し、イヤリングはパール、ここでも私のシンプル好きは変わらない。



 水曜はウェディングシューズのデザイン画を見せてきた。宝石が付いていたり刺繍が豪華だったりするものもあるけれど、私が選ぶのは毎回真っ白なパンプス。やっぱりシンプルなものが好きだから。



 木曜はブーケのデザイン画を見せてきた。これの答えも毎回同じ。中心だけがほんの少しだけ柔らかいピンク色が入った感じの、白い八重咲きの薔薇のラウンドブーケ。薔薇の品評会でも毎年目を奪われるのはいつもこのタイプ。ブーケの形も色々あるけれど、ラウンドブーケのスッキリしてるのに可愛い感じが好き。



 金曜は何も訊いてこなくて、普通にお喋りして過ごした。珍しくお妃教育も無く、商会の仕事も無く、塁君もその日は講義も無く、ベスティアリにも行かず、久々に帰りまで一緒。



「レオが品評会に出品するって言い出した時、塁君『分かる』って言って笑ってたでしょ? あれって何でだったの? 私はあの時レオはアリスに最後の最後に思い残すことなく当たって砕けろみたいな感じかと思って焦ったよ」

「男はな、プロポーズは自分でしたいねん」

「レオがプロポーズするって予想してたの?」

「あんなけったいなヒロインいつまでも見捨てへんのは好きやからやろ。最優秀賞取れば園芸家として一流やから経済基盤も安定するし、この国の法律やと十五歳から結婚出来るしな」

「でももしアリスが最優秀賞だったらどうしてたんだろ。婚約するって約束だったけど」

「自信があったんやろ。あの出来栄えやからな」


 確かにレオの薔薇は今まで見たことが無いくらいのものだった。既に名声は王都貴族を超えて地方貴族にまで届いているらしく、『羽音(はおと)』を自分の庭園にも是非、と希望する貴族が後を絶たないらしい。


「王城の薔薇園の奥も今造園中だよね。あそこは『羽音(はおと)』の庭園になるの?」

「あれが植栽されるのはもうちょい先やな」

「そっか。随分早くから造園って始まるんだね」

「明日一緒に行こか」

「え、いいの? 作業中でしょ?」

「大丈夫やと思うなぁ」


 本当にいいのかな? シャベルとか堆肥とか置かれてたりしないかな? 明日も久々にお互い予定が入っていない休日で、塁君と一日過ごせるのはどれくらいぶりだろう。何故か先週から急にお妃教育が今週末だけお休みになったり、書類仕事が片付いていたり、突然時間が出来たんだよね。


 じゃあ明日は久々にクロックムッシュを作って、白薔薇の庭園で塁君と食べようかな。


「えみり、今夜ははよ寝てな」

「え、なんで」

「ずっと忙しかったやろ。休める時に休んで充電しとき」

「そっか。そうだね」


 リリーまで私の寝支度を早々に済ませて、アロマまで焚いて出て行ってしまった。なんかもう本当に眠くなってきちゃった。たまにはいいかな。


 皆のお気遣いに甘えて、私は幼稚園児が寝るような時間に寝てしまった。



 そして次の日の朝。


 週末だというのにリリーが朝早く起こしてきて、何事かと思う間もなく全身エステが始まって、髪を結われて化粧も施され、訳が分からないまま見覚えのあるドレスを着せられた。


「な、なんでドレス? え?」

「さぁさぁエミリーお嬢様、次はアクセサリーですよ」


 これまた見覚えのあるシンプルなイヤリングを付けられて、シンプルな靴を履かされて、『さぁ参りましょう!』と有無を言わさず薔薇園まで連れて行かれた。


「え? え?」


 白薔薇の庭園の辺りで頭にサテンパイピングのロングベールを付けられて、『はいどうぞ』と白とピンクが混ざった可愛らしい八重咲き薔薇のラウンドブーケを持たされると、何故か涙ぐんだお父様が現れてエスコートするように腕を出してきた。


「な、何なんですか?」


 条件反射で腕に手を置くと、急に奥から控えめな音楽が聞こえ始めた。そう、白薔薇の庭園の奥。今日塁君と一緒に行く筈のところから。


 お父様がゆっくり一歩ずつ踏み出すのに合わせて私も歩を進める。


 あれ? 何かこれって、知ってるものに似ている。




 奥の庭園の入口は透かし彫りの金属の扉になっていて、侍従さんとリリーが左右からその扉を開けてくれた。



 そして見えた光景は―――――




 何色ものバラの花びらが真っ直ぐに敷き詰められた七色のバージンロード。



 その先には真っ白な正装に身を包んだ塁君。



 左右に並べられた美しい透かし彫りの白いベンチには、国王陛下御夫妻、クリスティアン殿下、グレイス、お母様、シンシア、アウレリオ様、ローランド、アメリア、ヴィンセント、フローラ、ブラッド、レジーナ、そしてアリスとレオ。




 ま、まさか、これって、結婚式ですか???




 広々としたこの庭園は壁となる薔薇の木が高く作られていて、周りからは見えないようになっている。そして一面に咲いている薔薇は最優秀賞受賞の薔薇ではなく、私のブーケと同じ白の八重咲きで中心がほんのりとピンク色の、私が大好きなタイプの薔薇だった。まるでここだけ童話の中のような、美しい緑と白とほんのりピンクの空間。


 全然造園作業中なんかじゃない。すっかり出来上がっている。一週間ちょっとで完成させたの?



 お父様とバージンロードを進み、塁君の元まで行くと、お父様が塁君に私を託す。


「ルイ殿下、どうかエミリーを、よろしくお願い致します」

「はい。誰よりも幸せにします」


 突然の結婚式に困惑する私に、塁君が腕を差し出す。


「エミリー、言った通り、凄く可愛い。ところでビックリした?」

「し、したよ! ど、どうしたらいい?」

「俺の奥さんになればいい」

「一年後じゃなかったの?」

「レオのプロポーズを見てて思ったんだ。そういえばうちの国の法律だと男女ともに十五歳になれば結婚出来るなって。普通は学園を卒業してからが暗黙の了解だが、そんなことは俺に関係ないなと」


 相変わらず自由だ。


「学生結婚しよう」

「えっ、い、いいの?」

「嫌?」

「嫌なわけない!」

「じゃあ今日から俺の奥さんになってくれる?」

「……な、なる!」

「エミリー! ありがとう!」


 私の両手をとってギュッと握り、花が綻ぶような笑顔で笑ってくれる。この笑顔で何度キュン死しそうになったことか。


「この庭園の薔薇は99万9999本ある」

「えっ!」


 999本どころじゃなかった! あと一本で100万本!


「何度生まれ変わってもあなたを愛する×1001だ」

「ふっ、ふふっ、凄すぎて、もうどうしよう」

「エミリーのブーケには101本使ってる。意味は『これ以上ないほど愛しています』。そのまま俺の気持ちだ」

「わ、私も、同じ気持ちだからね」


 あまりのことで、足したら100万100本だなぁと足し算なんかしてしまった。



 用意された小さな祭壇の奥から、なんと大神官様まで現れて、私達にニッコリと慈愛の微笑みを向けながら式を執り行って下さった。大神官様の前で誓いの言葉を交わすと、私達は正式に夫婦と認められた。ここまで体感三分。


 なんという用意周到なうえにビッグゲストの面々なんだ。



「それでは誓いの口付けを」



 ベールが上げられると、私を真っ直ぐに見つめる塁君の美しいマリンブルーの瞳と視線がピタリと合う。



「エミリー、愛してる」



 瞳を閉じると、緊張も手伝って余計に感覚が研ぎ澄まされる。私の唇に触れる柔らかくて温かい塁君の唇の感触。


 もう、私の旦那様なんだ。


 私はもう、第二王子の婚約者じゃなく、第二王子妃で、塁君のお嫁さん。


 気付かぬうちに私の閉じたままの瞳から涙が零れ落ちていた。


 十八年間大好きだった人と、やっとやっと結ばれる。



 もう断罪で婚約破棄なんてことは無いんだ。だって卒業パーティーの時には私達はもう夫婦なんだから。これはシナリオ脱出成功? 



 もう、もう、最高の人生だよ。





 私の捨てられる筈だったクロックムッシュを救出してくれたあの日から、私にとって塁君は特別な人になった。


 クロックムッシュに『THANK YOU EVERY TUESDAY』とメッセージを入れた時には、私はもう塁君に恋をしていた。


 火曜日の彼が、私の婚約者になって、最愛の人になって、今私の生涯の伴侶になった。








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