表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/217

141.ヒロインはその挑戦を受けて立つ

 デザートのチーズケーキを食べながら、前世の話に花が咲く。


 レオのお仕事の話や羽音ちゃんの大学の話。大阪の商店街の話や名古屋のモーニングの話。何てことない日常の話が出来るこの時間が、とても心地よく安らぎのひと時になる。



「アウレリオ様の婚約者のシンシア様ってえみりちゃんの義理の妹なんだよね? すごい美人だよね!」


 アリスが突如言い出した言葉に塁君とネオ君は凍り付いた。


「そ、そうでしょ。自慢の妹なんだ」

「お似合いだもんなー。そういえばネオ君は結局誰にしたの? クラスの子達が『ネオ君は一生を共にしたい相手がいるらしい』って落ち込んでたけど」


 アリスはシンシア=ネオ君ということを知らない。


 しばらく黙り込んでいたネオ君は、意を決したようにアリスに真実とそこに至るまでの経緯を告げた。オーレリア様の癌を治癒させたアリスに恩を感じているからこそ、包み隠さず全てを話した。


「そ……そうだったの! わ、私、そういうの偏見も無いし、多様性とか尊重する。そっか、そっかぁ……よ、良かったねぇ。グスッ。す、すごいなぁ……てっきりネオ君は失恋したんだと思ってたのに……頑張ったら報われるんだねぇ」


 アリスの瞳に涙が浮かんできた。


「なんか、私まで勇気をもらっちゃったな……」


 袖で涙をグイッと拭ったアリスは、隣に座るレオに顔を向けた。


「じゃあ私とレオも早く婚約しようよ!」


 じゃあの意味が分からないけど驚きもしないレオ。


「何でそうなるんですか」


 突如矛先が向いたのに慣れた様子で返事をしている。さすが前世の羽音ちゃんのかれぴさんだっただけあって、ちょっと猛獣使いみを感じる。


「だって私今年十八歳だよ」

「まだ十八歳じゃないですか。ちなみに僕は今年十五歳ですよ」


 相変わらずアリスは押せ押せだけどレオは距離を縮めない。だけど今の涙と勇気をもらったって言葉からして、アリスだって頑張ってアタックしてるんだ。振られるのはやっぱり怖いに決まってる。


「レオはこの中で唯一社会人経験者やからな。そう簡単に結婚言い出せるような無責任な男やないっちゅうことや」


 塁君の一言でアリスは黙った。


 男性の経済基盤が出来てから結婚するのは前世でも今世でも変わらない。


 しばらくの沈黙の後、アリスにしては珍しく小さな声で呟いた。



「家計なら私が支えるもん」



 それはいつものアリスらしくない弱気な声だった。


「レオが立派な園芸家さんになるのは分かってる。だからそれまでは私が光魔法の治癒術で診療所で働いて大黒柱になるもん。私だって養ってほしくてレオと結婚したいわけじゃないよ。ずっと一緒にいたいだけだもん。一緒にいてもいいって約束が欲しいんだよ……」


 前世ではたくさんのかれぴっぴさん達にたくさん貢いでもらってたというアリス。そのアリスが自分が稼いで支えると言っている。


 二年前は逆ハー目指して攻略対象者全員にアタックしていたアリス。


 モテモテ人生目指してると堂々と言い放ったアリス。


『ハイスぺ男子の逆ハーレムで、思いっきりチヤホヤされたいの! 皆に大事にされて愛されたいの! 満たされたいの!』と言っていたあのアリスが、たった一人と向き合って、そのうえ自分が稼いで支えるからずっと一緒にいたいと弱気になっている。


 なんという成長だろう。そしてなんて可愛いのだろう。


 私がキューンとしていたら、レオは落ち着いた様子で口を開いた。



「来月また薔薇の品評会があります。それで最優秀賞を取って下さい」



 二年生の品評会では出品作品にも選ばれなかったアリスの薔薇。何故かというと、去年の品評会の季節は医学院が始まったばかり。慣れないアリスは毎日宿題にかかりきりで、薔薇のお世話を疎かにしてしまったのだ。


 光魔法を使えば元気にはなるけれど、花自体が立派になるわけではない。やはり手をかけて育てることが大切なのだ。それで残念ながら選考からもれてしまった。


 一年生の時は最優秀賞を取るべく毎日毎日世話に明け暮れていたアリス。好感度を爆上げするチートアイテムに成り得る最優秀賞の薔薇。残念ながらあの時は最優秀賞には選ばれなかったけれど、それはセリーナの一件があったせいで、本来はそれに見合う価値のある薔薇を育てた実績がアリスにはある。


 だからアリスが本気を出せばきっとまたあのレベルの薔薇を咲かせられる筈。


「そ、そしたら婚約してくれるの?」

「そうですね」

「頑張る! 私今年こそ頑張るね!」


 頬を紅潮させてアリスが握り拳を作る。頑張れ頑張れ! 私も思わずテーブルの下で拳を握って応援してしまう。


「僕も今年は出品しますけどね」

「ふぇぇ!!?」


 なんとレオ本人のライバル宣言が飛び出した。


 アリスの悲鳴が響く中、私達三人は呆気に取られてレオを見た。レオはニコニコとアリスに向かって穏やかに微笑む。まさかまさかのドSですか? 話は俺を倒してからだ的な試練か何かですか?


 塁君は口元を押さえてニヤッと笑った。


「まぁそうやな。分かるわ」


 え、何が。どういうこと。言い寄るアリスを納得させつつも諦めさせる手段ってこと? 最後に思い切りぶつかって砕け散れみたいな? いやちょっと待って。レオは決定的にアリスに最後通牒を突き付ける感じなの?


 ど、どうしよう。さっきまでこれはいけると思ってたのに。アリスにとって誰よりも強力なライバルな気がしてきた。私に何か手伝えないかな。宿題で忙しい時に水やりくらいは代われるよ。


「私、頑張る。レオが相手でも負けない」


 アリスは背筋を正して真っ直ぐにレオを見た。売られた喧嘩は買うらしい。レオはその視線を受けても微動だにせず微笑んでいる。


「僕も負ける気はありません」


 二人の間に見えない火花が散っていて、余計な口をはさめないまま『北海道うまいもの祭』は閉会した。




「ちょっと心配だな……」


 キッチンで後片付けをしながら呟く私に、塁君は何の心配もしてない表情で言う。


「おもろいことになるで」

「アリス勝てるかな? 相手は薔薇育成のプロだよ?」

「まぁなるようになる」

「ヒロインだしね。二年前の薔薇は見事だったもんね」

「ふふっ、その時が来れば分かるって」


 塁君はアリスと天敵同士だけど、認めるところは認めてるし、レオとのことも反対はしていない。『なるようになる』って上手くいくって意味だけじゃないから私は心配だよ。


 私も自分の薔薇を育てるために薔薇園に通うことになるから、アリスのことは少し気にして見ておこうと思う。





「塁君研究施設楽しみだね」


 寝る前に本日一番の嬉しいワードを出しておやすみのキスをする。


「ほんまに楽しみや。えみり、おおきにありがとう」

「ううん。私も楽しみだし嬉しい!」

「父上と宰相の許可も取ったし、着工したら早いで」

「そうなの? どれくらい?」


 確かにこの世界には工事現場というものが無い。何故なら土魔法というものがあるからだ。だから建築は土魔法に特化した魔術師の仕事だったりする。ある程度の見取り図で一気に土魔法で作り上げ、依頼主の希望で細部を変化させて修正する。OKが出てからは内装の職人さんの仕事なんだけど、研究施設だから内装はさほどいらないだろう。きっと職員が泊まる時の仮眠室とか応接室くらいで、貴族の屋敷を作るよりよほど工期も少なくて済むはずだ。


「建物の完成まで二日、内装に一週間、機材の準備に一ヵ月、魔法付与に一日ってとこやな」

「一ヵ月半もかからないの?」

「機材の準備はアウレリオにも頼むつもりやから、もっと早くて済むかもな」

「薔薇品評会より早いかも?」

「せやな」


 思っていた以上に早そうだけど、それだけ研究も早く始められるってことだし、それはこの国と国民の健康のために願っても無いことだ。



 ワクワクしながら眠りについて、次の日の朝、久々の馬車での二人の時間。私達は今年もネクタイを交換する。ネクタイの交換はこれが最後。


「何だか感慨深いね」

「あの物置に隠れたんがもう二年も前なんやな」


 三年生のネクタイは男子が紺地に縦一本のゴールドライン。女子はえんじ色にゴールド。最終学年に相応しい落ち着いた色味のネクタイを締めて、私達は校門をくぐる。



 今年も桜が満開で、第二王子とヒロインの出会いイベントが発生する筈だった桜にも淡いピンク色の花が美しく咲き誇っている。



 第二王子である塁君も、ヒロイン・アリスも、来月それぞれ新しい一歩を踏み出す。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ